第3話
比良田仙心。
てっきり男だと思っていたが、まさか女だとは。
しかも声からして若い気がする。
たぶん二十代か三十代くらいだろう。
比良田は淡々とした口調で話し続ける。
『この音声は、君の言動を予知してそれに合わせて録音している。だから会話の要領で応答してほしい』
「あ、あー……これでいいか?」
『問題ないよ。ではさっそく本題に入ろう』
録音での会話を平然と成立させつつ、比良田は依頼内容を説明し始める。
『君に頼みたいのは除霊だ。標的の名は忌示子。非常に危険な悪霊で――』
「待て待て、俺はインチキ霊能者だ。除霊なんて専門外だぞ」
『いや、君でなければならない理由があるのだよ』
比良田は自信満々に断言した。
彼女は俺が問う前に解説をする。
『自覚していないだろうが、君は霊感ゼロの特異体質だ』
「それって珍しいのか?」
『一般人でも僅かに霊感はあるものだからね。完全なゼロは稀少さ』
「どうして霊感ゼロが重要なんだ?」
『霊の影響を受けにくいからだ。つまり呪われたり祟り殺されるリスクが低いというわけだね』
なるほど、確かにそれは除霊向きの体質かもしれない。
そもそも霊が実在する前提で話が進んでいるが、そこはスルーでいいだろう。
ここまで完璧な予知ができる人間がいるのだ。
幽霊くらいいても不思議じゃないし、そういうものとして受け入れることにした。
俺が一人で納得する間に、比良田は具体的な計画に触れる。
『除霊の手順だが、まずは攻撃手段と防御手段を揃えてもらう』
「防御? 霊感ゼロでも必要なのか?」
『影響を受けにくいだけで、無敵になれるわけではないからね。死にたくなければ防御手段を用意すべきだろう』
俺は肩を落として顔を歪める。
そして深々とため息を吐き出した。
「悪霊って時点で嫌な予感はしてたが、やっぱり死ぬ可能性もあるのか……」
『一億円の依頼なんだ。それくらいの危険は当然あるとも』
「やめたくなってきたんだが」
『別に棄権しても構わないよ。ただし、その場合は君に不幸が訪れる』
比良田は声音を変えずに述べる。
それはレコーダーを睨みつけて言う。
「脅しか?」
『いや、予言者の忠告だよ。信じるかどうかは君次第だが』
「……ったく、拒否権はないってわけか」
『報酬は必ず支払う。だから頑張ってくれ』
励まされた俺は再び嘆息する。
どうにも不味い案件に首を突っ込んだらしい。
しかし、相手が予知能力者なら最初から逃げられるわけがない。
拒んでも意味がないのだから、素直に従うのが利口だろう。