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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第2章「金と名誉と地位」
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第8話 小さく頼りない背中

「菜々子、菜々子!」迫り来る快感に抗うことはできなかった。


「気持ち良かったよ」菜々子は唇を重ねてくる。


「俺も……」大洋は彼女の髪を耳にかけた。


「またしようね?」菜々子は甘えるように、身体ごとすり寄ってくる。


「うん……」興奮も冷め、冷静さを取り戻した。



 どうして彼女の提案に乗ってしまったのだろう。


 もう引き返せない所まで来てしまった。



 ――お前なら、果穂を幸せにできるさ。

 大洋は遠くに行く彼の背中をぼんやりと眺めた。


 改札前で別れた男の背中は、小さく頼りない。そうは見えても、意外に頼もしい男だ。


 特別に顔が整っている訳でもなく、身長が高くてスタイルがいい訳でもない。


 稼ぎも十分とは言えず、実家が太くて、特別裕福でもない。


 どちらかというと一人で生活するのが精一杯だ。


 何一つ負けている所は無い……はずだ。



 ただ彼に嫉妬してしまう。



 独特の雰囲気を持ち、人を惹きつける力がある。



 果穂も、楓も、皆そうだった。



 男女関係なく、心を奪っていく。




「行くよ」菜々子は大洋の袖を引っ張る。

「ああ」2人は手を繋いで、自宅へと帰っていく。



 ずっと一緒にいられると思っていた。



 彼と出会うまでは。



 幸せな日々は突然崩壊する。



 彼と出会って一ヵ月ほど経った頃、果穂から話があると喫茶店のシャローに呼び出された。



 この店は、初めてのデートで果穂に告白した場所だった。


「話ってなんだよ」

「私と別れてほしい」彼女はそう言って頭を下げる。

 大洋は余りにも急で驚いた。


「どうして? 理由を教えてくれないか?」

「他に好きな人ができたの。ごめん」


「他にって、誰だよ」大洋の頭の中にどうしても、気になる男がいた。


「まさか……」大洋は呟く。

「孝典だよ」大洋の予感は的中していた。


「でも、あいつは真理愛と付き合い始めたばかりじゃん」


「分かってるよ。でもこの気持ちを隠したまま、サニーとは付き合えない」果穂の表情は決意に満ち溢れていた。



「そうか、分かったよ」大洋は彼女の意見を受け入れた。



「ありがとう」果穂は微笑む。彼女の笑顔は儚かった。



 離れていく心。追いかけていくこともできた。


 あの時を思い出せば、後悔する。


 もう引き返せないのだ。



 帰宅し、ソファーに寝転がる。

「先に、お風呂入るね」

「あのさ……」大洋は浴室に向かう菜々子を呼び止めた。


「何? どうしたの?」

「いや……何だったっけ。酔ってるのかも」


「もうしっかりしてよね、もうすぐパパになるんだからさ」


 菜々子のお腹の中には、新たな命が芽生えていた。


「分かってる」彼女には少しうんざりしている。


 何かあれば、すぐこうやって、パパになるんだからと諭される。


 言われなくても自分がよく分かってる、分かってるつもりだ。


 あの日のことは、鮮明に思い出せる。



 ――妊娠3ヶ月だって。

 突然、菜々子から告げられた。


「私、産みたい」彼女は責任取ってよねと言わんばかりだ。


 菜々子の事は好きだ。


 それは今も変わらない。


 だが、子供ができたと知って、急に責任の重さを感じ始める。


「うん、いいよ」大洋はそう返事するしかなかった。


 彼女と子。


 共に生きていくしかないと思ったから。


「嬉しい……」菜々子の顔は幸せに満たされたものだった。



 菜々子との結婚がこんなにも早く来るなんて、考え

てもいなかった。



 正直、実感が湧かない。


 結婚し、子供が生まれてくる。


 そうなると生活は一変するだろう。

 自分がちゃんと父親になることはできるだろうか。


 そんな不安ばかりが頭によぎった。


 そんな心情を置いてきぼりにするかのように、刻一刻と時間は過ぎていく。


 解決するのは時間だけだった。



 ご両親に挨拶したり、友だちに紹介する事で徐々に自覚が芽生えていく。


 菜々子は幸せそうだったし、自分も充実感があった。


 一方で寂しさもあった。


 自由な時間が減り、今まで通りの付き合いもできなくなるだろう。


 それでも良かった。菜々子の笑顔が見られるなら。


 同棲が始め、二人での時間がさらに増えた。


 家も職場も同じ。


 朝も夜も、菜々子と一緒にいる。


 それは良いことでもあり、悪いことでもあった。


 彼女がずっと側にいる。常に心が休まることはなかった。


 ――ピコン。

 スマートフォンの通知音が鳴る。大洋はメッセージを開いた。


 ――来週会える? 

 果穂からだった。


「大丈夫だよ、楽しみにしてる」大洋はすぐに返信する。


 それから何となく、保存してあった写真を見返した。


 初デートの写真、消せないでいた。


 果穂との付き合いは、小学校の頃からだ。


 その頃は好きという感情も無く、大して仲も良くなかった。


 付かず離れず、ごく普通のクラスメイトだった。


 仲良くなるきっかけもなく、中等部、そして高等部とエスカレーターを登っていく。



 中等部では同じクラスにならず、疎遠になっていった。


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