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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第2章「金と名誉と地位」
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第6話 厳しい先輩の秘密

 ――おーい。清水! ちょっとこっちこい!

 遠くから、上司の森尾(もりお)課長から怒鳴られる。


 嫌な予感しかしない。

 

 大洋(まさひろ)は、小走りで課長の元に向かう。

「お前、最近弛んでるじゃないのか?」

「いえ、そんなことは……」

 

「どうせ、彼女のことばかり考えて」

「違います!」

「違うなら、仕事に集中しろ!」森尾課長に書類を投げつけられる。


 森尾課長に叱られると、社会人になりたての頃を思い出す。

 大洋は、桜成(おうせい)大学を卒業後、総合商社に就職した。研修が終わると、菜々子の下で働くことになった。


 あの頃は、怒られてばかりだった。

 


「おーい清水くん! 私の話ちゃんと聞いてる?」

「すみません、菜々子……先輩。ボーッとしてました」

「今、菜々子って呼んだ?」

「あ、すみません」思わず下の名前で呼んでしまったことを慌てて謝る。


 菜々子先輩は美人でスタイルも良くて頭も良く、会社では一目置かれていた。

 

 大洋も同じく尊敬していた。

 しかし、彼女に対して一つだけ不満があった。

「あーあ、本当使えないなー」

「すみません」

「これが、(さくら)大卒かー。聞いて呆れる」なぜか、大洋には厳しく当たってきた。

 正直、気に食わなかった。

 でも逆らえない。


「今日中にこれ終わらせてね」

「はい……」毎日仕事に追われ、厳しい菜々子先輩に扱かれていた。


「じゃ、よろしくね」そう言って菜々子は自分のデスクに戻った。

 

「普通にしてれば、可愛いのになあ」大洋はポツリと独り言が漏れる。

 すると、隣の席の同僚の竹岡匠海(たけおかたくみ)が話しかけてきた。

「お前、よくあの人の下で働けるよな」

 

「え? なんでだよ?」

「だってさ、いつも怒られてんじゃん。俺だったら耐えられない」

 

「まあ、仕方ないよ。年上だしね」

「ふーん。俺には理解できねぇな」話していると後ろから気配を感じ、振り返ると、案の定菜々子先輩が鋭い目つきで睨め付けていた。

 

「すげー目つき」竹岡は思わず、そう口にした。

「は、早く仕事しようぜ。な」慌ててパソコンに向き直し、頼まれた仕事をセコセコと取り掛かった。


 そして、定時の時間になると同僚の竹岡は帰宅し、他の社員たちもぞろぞろと帰り始めた。

 

「俺もそろそろ帰るか」仕事を済ませた大洋は、帰宅の準備をする。


 ふと菜々子先輩の姿を確認した。


 先輩は残業するようだ。

 

 大洋は鞄を持った手が止まった。

 

「浦原先輩、手伝いますよ」大洋は、菜々子先輩の机に歩み寄る。

 

「清水くん、さっきの書類はもう済んだの?」

「はい、終わりました」そう言うと、菜々子先輩の表情が綻んだ。とても可愛らしい。先輩の珍しい笑顔に見惚れてしまう。

 

「じゃあ、これやっといてくれるかな?」

「……あ、はい」

 

「何、ぼーっとしてるの?」また、鋭い目つきで睨まれた。

 

「あ……すみません」大洋は書類を受け取ると自分のデスクに戻った。

 そして、仕事に取り掛かる。パソコンの画面を見ながら、手を動かす。

 

 

「出来ました」1時間ほど残業すると、仕事は終わった。

 

「ありがとう、助かったよ」菜々子先輩に書類を渡すと、嬉しそうに受け取った。


 その表情を見てほっとする。

「帰ろっか」

「はい」大洋は帰り支度を済ませ、会社を出た。


 エレベーターの狭い空間に二人きりになる。

「ねぇ、これから暇?」菜々子先輩は、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、聞いてきた。

 

「え?……暇ですけど」

「じゃあさ、飲みに行かない?」突然の誘いに驚く。


 先輩と二人で食事に行くのは初めてである。


 断る理由などないが、緊張する。

 

「い、いいですよ」大洋はドキドキしながら答えた。


 菜々子は嬉しそうに微笑んだ。

「よしっ決まり! じゃあ駅前にある居酒屋でいい?」

 

「はい、構いません」大洋は緊張しながらも、笑顔になる。


 エレベーターが一階に着くと菜々子先輩は先に降りて歩きだした。

 後を追うようについていくと、すぐに居酒屋についた。

 

「ここだよ」着いた先は小洒落た感じのお店だった。


 店内に入ると座敷席に案内された。向かい合わせに座る。

「清水くん、生でいいよね?」

「はい」菜々子先輩は手を挙げて、生二つ注文した。


 店内は少し薄暗い感じで、静かな雰囲気だ。

「じゃあ、お疲れさま」グラスを合わせ乾杯すると一口飲む。

 生ビールが喉を通る感じはたまらない。


 仕事終わりの一杯は特に美味しい。

 ゴクゴクと一気に飲み干すと喉が潤った感じがした。

 

「それにしても今日は何で誘ってくれたんですか?」

「さっき、厳しく言い過ぎたかなって思ってね」菜々子先輩は沈んだ低い声で呟いた。

 

「もしかして、気にしてくれてたんですか?」

「うーん、ちょっとだけ?」

 

「ありがとうございます。俺、全然大丈夫なんで気にしないで下さい」

「本当に? それなら良かった」菜々子先輩は気が晴れたのか、生ビールをグイッと飲んだ。そして、お通しの枝豆に手を伸ばす。


「私ね、清水くんには期待してるの。だからついつい厳しくしちゃうんだ」そう言って微笑む。

 

「そうだったんですか」

「清水くんは私より頭も良いし、これからもっと伸びると思うんだ」菜々子は大洋を褒め、悪い気はしなかった、


「清水くんってさ、すぐ顔に出るよね」

「そうですか?」

 

「良いと思うよ、素直で」

「ありがとうございます」

「私も素直に生きなきゃね」菜々子先輩の目がうっすら潤んだ気がした。

 

「先輩、何かあったんですか?」

「ううん、何でもないよ」彼女は瞼をすっと擦る。

 

「俺じゃ、頼りないですか?」

「そうじゃないけど、何でもかんでも話せない」

「分かりました。じゃあ、話せる時が来たら話してください」

「うん、ありがとう」



 それから二人は仕事の愚痴や学生時代の話で盛り上がった。1時間ぐらい飲んだだろうか。すっかり話し込んでしまった。

 

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