第47話 家族を隔てる壁の象徴
その日は、ほとぼりの冷めぬうちに訪れた。
面会には、結城孝典も同席した。
拘置所の門はずっしりと重く、門をくぐると別世界のような空気感が漂っていた。
季節は秋に差し掛かろうというのにまだ暑く、日差しが強かった。
にも関わらず、手足は震えているのが自分でも分かった。
彼がいなければ、一人では来なかっただろう。
受付で名前を告げると、無機質な声で面会室へ案内される。
歩くたびに、硬い床が靴底を響かせた。
「渉に会うのは最後になるかもしれない」心の中でそう呟く。
家族として、何かが壊れてしまったことを楓は薄々感じていた。
やがて面会室の前にたどり着く。
小さなテーブルと椅子が置かれた狭い部屋。
ガラス越しに会話するために仕切りがまるで家族を隔てる壁の象徴のように見えた。
係員が中に促し、扉が閉まる。
しばらくすると、反対側の扉が開いた。
彼はゆっくりと現れた。
拘置所の服に包まれたその姿は、どこか人間らしさを失い、達観しているように見えた。
「久しぶりだな」渉の声は低く、重かった。
楓は、一瞬言葉を失い、ただ彼を見つめた。
「どうしてあんなことしたの?」声が震えた。
涙が滲みそうになるのを堪えながら、その一言だけを絞り出した。
渉は楓の視線を受け止めるように、ゆっくりと椅子に腰掛けた。
そして、疲れたように目を瞑り、首を横に振った。
「その人は誰だ?」彼は目線を隣に動かした。
楓もそれを追うように隣を見る。
「私が高村聡です」彼は堂々とした態度でそう言った。
二人が対峙する空間は、時が止まったようだった。
渉が黙っていると孝典の表情が険しくなっていくのが分かる。
「まさか、生きているなんて。本当に申し訳ない」渉は手と頭を机につけて謝罪した。
しばらく顔を上げなかった。
「あなたが知っている全てを話してください」孝典は頭を下げ続ける渉に優しい声で話し掛けた。
「事の発端は、6年前。北山家で火災が起きて少ししてからだ」渉は顔を上げ、話し始めた。
「雅と再会した俺は、彼女と一緒に東京のとある女子大生の家を訪れた。俺は用件を知らされずに、ただ雅について行くだけだった」
「女子大生の名は七海唯月と言った。高村聡の事で話があると言い、家の中に入れてもらったんだ」
「そこで雅は彼女の恋人である彼の死を知らせた」
「七海は涙を流し、悲しんでいた。彼がどれだけ愛されていたのか、それを見れば一目瞭然で彼の事を知らない俺でも心が痛かった」
「全ては進が自首していれば、悲劇は起こらなかったのに。あの時ちゃんと説得させていればと後悔しても遅かった」
「これは君があの家に来る前の話だが、俺は彼の悪事にいち早く気づき、進に説得を試みるも失敗し、家を出ることになっていた。雅も一緒に出るはずだったが、彼女は残ったのだ」
「その頃から雅がおかしいと思い始めていた。改めて残った理由を聞けば、彼女は進を殺したかったと言っていたんだ」
「さっきから何を言っているの?」楓は思いもよらないことに自然にそう言っていた。
「雅は、お前にとってどんな人だった?」兄は問いかけるように妹を見つめた。その目には、優しさでも怒りでもない、どこか乾いた光が宿っていた。
「……雅は私にとって本当の姉みたいで頼れる人だったよ。色んなことを知っていて、相談にも乗ってくれたし、勉強も教えてくれた」楓は言葉を詰まらせながらも、思い出を紡ぐように答えた。
渉はかすかに苦笑いした。
「そうだよな。お前にとってはそうだったのかもしれない。でも俺にとっては違っていた」渉の言葉に胸がざわついた。
「雅は……俺たちの家族を壊そうとしていたんだ」渉の声は低く、まるで自分に言い聞かせるかようだった。
楓は、その言葉の意味を測りかねていた。
「壊そうとしていたってどういうこと?」
渉はため息をつき、椅子にもたれかかった。
「お前は気づいていなかったのかもしれない。でもあいつは、知らず知らずのうちに俺たちを支配していたんだ。進を精神的に追い詰めて、俺や楓のことを孤立させようとした」
「あいつは家族を恨んでいた。特に継父や妹を」
「過去の自分と姿を重ね合わせ、受け付けない所があったんだと思う。だから自宅に火をつけるように進を誘導したんだ」
「そして、俺も嵌められた。連続強盗犯としてでっち上げられていた。あの日家に帰ってから明かされたあの絶望ったらないさ」
「雅は『私の命令に従ってくれたら、救ってあげるから』と七海唯月を殺すように要求されたんだ。逃げ道は無かった」




