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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
最終章「濡れて黒くなった袖口」
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第46話 グチャグチャに混ざられた感情

「雅……?」彼女はそこに立っていた。


 メガネを掛け、雰囲気も落ち着き、以前の印象とはガラリと変わっており確信が持てない。


 雅らしき女性はハッとした表情で目が泳がせ、動揺を隠せていなかった。

 

「行くよ」少し沈黙した後、気まずいことがあるのか、彼女は見て見ぬふりをするように、渉の腕を引っ張り立ち去ろうとする。


 しかし、どういう訳か、彼は腕を振り切った。


 

「どうしちまったんだよ! 俺たち、家族だったんだよな⁉︎」渉は叫んだ。


「うるさいよ、渉。迷惑でしょ」雅は彼を制止する。

 

「その名前、呼んだの何年ぶりだよ?」

「うるさいって言ってんでしょ!?」雅は声を荒げた。

 

「東京に来てからお前は変わったよ」渉は意味深に語る。

「一体どういうつもり?」雅は彼を睨みつけた。


 初めて見る彼女のきつい表情に、やはり渉の言う通りなのかもしれないと楓は感じた。


 

「ごめん。もう俺は限界だよ」渉は持っていたカバンからナイフを取り出す。

 

 

「ちょっと、渉。あんた何考えてるのよ」雅は後退り、その場に尻もちをついた。


 楓もゾワっと全身に鳥肌が立ち、恐怖で身体が動かせない。ただ見ていることしかできなかった。


 

 渉は雅に跨り、胸部にナイフを刺す。


 グサッと肉が切れる音が聞こえた。


 静かだった店内は騒然とする。



 それは一瞬の出来事だった。


「何やってるの? 渉!」楓は必死に叫ぶ。


 

 でもそれはもう遅かった。


 グッタリとした雅が口元から血を流している。


 渉はナイフを抜き取り、後ろを振り返った。


 彼は笑っていた。それと同時に泣いていた。


 

 それは過去の自分を見ているようだった。


 何かに苦しめられているようで、見ているのが辛くなる。


 最悪の選択をしてしまった彼をもっと早く救えなかったのかと悔やまれる。

 

 渉は楓を見ていた。


 音にならない声で何かを言っている。


 口はありがとうと動いていた気がする。


 

 彼は自らの首元にナイフを当てた。


「やめて!」楓が叫ぼうとすると、何者かがナイフを振るい落とした。


 喫茶店のマスターだった。


 

「あああああ!!」渉は床にうずくまり、泣き叫ぶ。


 抵抗する意思は無さそうだった。


「雅⁈」楓は雅に駆け寄り、意識を確認した。


 残念ながら彼女に反応はなかった。

 自分も刺されたのかと思うほど、胸が抉られた思いが込み上げてきた。

 


「どうして刺したの⁈」感情的に渉にぶつけるが、ただすまないと謝るだけだった。

 

 それから間もなくして、警察がやって来る。


 渉は抵抗する素振りもなく、拘束されて連行された。


 雅は救急隊が到着すると、すぐに処置が施され運ばれる。

 楓は救急車に付き添った。

 


 病院に到着すると、直ちに死亡が確認された。

 


 二人は婚約して仲良く暮らしていたはずなのに、なぜ渉は雅を刺し、自ら命を絶とうとしたのか。疑問が残る。


 

 霊安室で彼女の遺体を見ると泣けてくる。こんなにも惨い再会の仕方があるのかと。


 

 渉は殺人犯になり、雅は殺された。


 

 それはまるで真冬の中、雨に打たれ冷水にどっぷり浸かっているようだった。


 

 悲しみも怒りも、グチャグチャに混ぜられた感情が押し寄せる。


 

 感情の整理ができないままに不可解なことが起きていた。

 

 

 雅の遺留品の中には、七海唯月と記された身分証明書があったのだ。


 どうやら彼女は生前、七海唯月と名乗っていたらしい。


 

 しかし彼女は正真正銘、針谷雅だった。


 

 それは、また謎が謎を呼び楓を悩ませる。


 

 今回の事件は、大々的にメディアで報道された。

 

 ――杉並区の喫茶店で20代女性が胸部をナイフで刺される事件が発生しました。

 

 ――女性は近くの病院に搬送されましたが、すぐに死亡が確認されました。


 ――駆けつけた警察官が殺人の容疑で現行犯逮捕しました。

 

 ――容疑者は会社員の高村聡です。


 ――被害女性は容疑者の婚約者で、直前に言い争いが目撃されています。


 ――また容疑者は過去の事件についても自供しており、複数の事件の犯行に関与していたと見られ、警察は詳しく調べを進めています。


 

 高村聡という名は、世間に殺人犯として悪名を馳せた。


 

「楓、何か知ってる?」本物の高村聡は黙っちゃいなかった。


 ただ真実を知っているのは、偽物の彼だけ。


 坂田渉と面会できる日を待つしかなかった。

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