第45話 もう解放されたいんだ
――もう解放されたいんだ。
孝典の心の奥底から出た言葉は、彼を知れば知るほど切なさを感じさせられた。
二度とあんな表情をさせまいと、楓はスマホのロック解除ができたことを孝典に告げず、独自に調査し始める。
だが、スマホに保存されていた写真やメール、メッセージアプリなどを過去を遡って調べてみるも、雅に関する物はなかった。
楓は調査を進める中で一つの疑念を抱く。
――雅と菜々子は本当に知り合いなのか?
雅に繋がるものが無ければ、なぜ菜々子があの遺書を遺したのかも分からない。
彼女が消去してしまったと信じるしか他なかった。
楓はより深く、手掛かりが無いか探し始める。
――七海唯月だけは許さない。
――絶対に殺す。
それはメールボックスの下書きフォルダに残されていた。
日付は6年前。宛名は設定されておらず、彼女のメモ書きみたいなものだろう。
二人の間に何があったのか、強い殺意を込められたメッセージに楓は居ても立っても居られなかった。
電話帳に登録してあった七海唯月の連絡先を見つけると楓は菜々子を装って、彼女にメッセージを送った。
――6年前のことで聞きたいことがある。
送ってから冷静に振り返ると、どうして関係の無いことしてしまったのかと後悔が募る。
――6年前のことって何のこと?
少しすると返事が送られて来る。
七海は気づいていないようだった。
――あなたの秘密の話。忘れたとは言わせないわよ。
楓ははったりをかまし、会話を引き出そうとする。
――会って話しましょう。
七海はメッセージでそのように送って来た。
楓はメガネとマスクで変装して指定された場所に向かうことにした。
七海との待ち合わせは、杉並区にある人気の無い喫茶店だった。
ドアを開けるとカランコロンと、ベルの音が店内に響き渡る。
楓はキョロキョロと見渡しながら奥へと進んだ。
七海を探すが、店内にはコーヒーを嗜むマダムたちと、目深に帽子を被り新聞を読むおじさんがいるだけで、彼女らしき人物はどこにも居ない。
――ピロン。
七海からだった。
菜々子と顔見知りではないのか、窓際に座るようにとメッセージがあった。
楓は指示通り、窓際へと向かい、席に着いた。
すると、またメッセージが届く。
――あなたは誰?
――浦原菜々子じゃないでしょ?
彼女はどこから見ているのか、見透かしたかのように送ってくる。
メッセージを見た瞬間、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
楓は慌てて窓の外を確認する。
けれど、怪しい人はいない。
なぜバレたのか、焦りと緊張で手に汗が滲み始める。
――何を言っているの? 私は浦原菜々子。
楓は平静を装いながら、彼女に返事した。
――だったらメガネとマスク外してみなさいよ。
やはり、七海はどこからか見ているようだ。
命令を無視すれば、逃げられて何の手がかりも掴めないまま詰んでしまう。
素直に応じ、全てを打ち明ければ、何かが変わるかもしれない。
楓はメガネとマスクを外し、辺りを再び見回した。
外には誰も見ている様子はなく、やはり店内と思われる。
マダムかおじさんか。もしくは店員のマスターか、アルバイトの女性か。
疑えば疑うほど、全員が怪しく見えてくる。
「楓……なのか?」弁解のメッセージを入力していると、誰かが近づいてきて、声を発する。
目深に帽子を被ったおじさんだった。
楓は驚きのあまり、声が出なかった。
それは死んだはずの男だったからだ。
「俺だよ、渉だよ」彼は言った。
間違いなく彼なんだと思う。
「ど、どうしてここにいるの?」死んだはずの、いや音信不通だったはずの男が目の前に突然現れて、頭の理解が追いつかない。
「それはこっちのセリフだよ」渉はスマホの画面を見せてきた。
そこには楓と七海がやりとりしているはずのメッセージが表示されていた。
「そんなことどうだっていい!」楓は叫んだ。
渉が生きているということは、婚約者の雅も一緒のはずだ。
「雅も生きてるの?!」
「ああ、生きてるよ」渉は少し間を空けて、答えた。
「良かった……」楓はまた雅に会えると思うと、涙が溢れてきた。
「泣くなよ」
「だって……連絡取れなくなったから、もう死んだかと思って」
「そんなわけないだろ?」
「良かった……!」
「楓、元気にしてたか?」
「うん。まあね」
「ところで、どうして浦原菜々子のスマホを持っているんだ?」
「彼女は亡くなったんだ――」楓はニュースで二人の死を知ったこと、菜々子の遺書やこれまでの経緯を簡単に説明した。
彼女の死を聞いた渉は、無表情でとても冷たいように感じた。
「渉は?」
「俺は……俺は……」渉は言葉を詰まらせる。
何かを我慢しているようにも思えた。
「――何してるの?」楓が気にかけていると女性の声がする。
渉との会話に夢中で、テーブルに近づいて来る彼女に気づかなかった。




