第43話 二人の最期の姿
――今週末、会える?
雅から突然、メッセージが送られてきた。
進と薫の命日に顔も出さないで、よく平気な顔して連絡して来れるねと怒りを露わにしながらも、いいよと承諾の返信をする。
楓は腕を組み、カフェの奥の席に座っていた。
薄暗い店内で、時計の針はすでに約束の時間を過ぎていた。
机を爪でカチカチと鳴らす。
待ちくたびれていたわけではない。
ただ怒りが楓を突き動かしている。
約束時間の30分を過ぎた頃、ドアが開き、雅はようやく姿を見せる。
「ごめん、遅くなった」その後ろには、男性を連れていた。
誰かに似ている気がする。
楓は目を疑いたくなった。
怒りは一瞬にして戸惑いに変わる。
「渉……」最後に見た風貌とは変わっていたが、確かに彼だった。
雅は焦った様子で楓の前に座り、渉もその隣に腰を下ろした。
楓は微かな動揺を隠しきれなかった。
目の前に座る渉は、かつての彼とはまるで違う。
最後に会った時の面影を探すが、その姿は過去の記憶に霞んでいた。
長く伸びた髪に、痩せこけた頬。
それは別の誰かを見ているよう。
「久しぶりだな」渉の声は低く、硬い。
楓の心に引っかかるような響きがあった。
彼の目は楓を見ていない。
遠く、どこか別の場所を見つめているようだった。
「うん」怖くて、渉を見ていられなかった。
雅が今更彼を連れてきた理由も分からない。
楓は落ち着かせるために、コーヒーで口を濡らす。
「私たち、結婚するの」楓は言葉を失った。
瞬間、カフェの空気が一層重くなり、張り詰めた緊張が3人を包み込んだ。
雅の言葉は、鈍く心の奥底でじわじわと広がっていく。
二人の仲が良かったことは知っている。
だけど、また再会し、交際してるなんて思いもしなかった。
「そうなんだ。おめでとう」楓は感情を表に出さずに、静かに答えた。
2人は禁断の愛を乗り越え、1つになろうとしている。
そこに外から邪魔することなんてできやしなかった。
「そう言ってもらえて嬉しいよ」雅と渉の表情には、戸惑いが見えたが、楓は気にすることなく、そのまま穏やかに2人を見つめた。
「俺たち、本当に言うべきか迷ったんだ」渉が言葉を絞り出した。
「でも、楓にだけはきちんと伝えたかった」楓は軽く微笑んで頷いた。
「話してくれてありがとう。私は二人の事を応援してる」楓はただ優しく二人を見つめ続けた。
新たな道を踏み出し、満足そうな二人。
それが楓が見た二人の最期の姿だった。
――幸せになってね。
楓の願いは、歪んだ形で叶ってしまった。
二人の死を聞いた時、それは衝撃以外の何物でもなかった。
――雅は生きている?
彼が何を言ってるのか分からなかった。
雅は殺されたはず。
にわかには信じがたかった。
「ああ、菜々子がそう遺書に残していたんだって」
「菜々子って、大洋の奥さんの?」
「ああ、そうだ」
「どうして、彼女が関係あるの?」
「分からない。でも僕が知ってる雅は彼女しかいないんだよ」
「他には何か残されていなかった?」孝典は首を横に振った。
「それだけだと思う。警察は誰のことかも気づいてなかったし」
「そっか……」
「楓も、何も知らないんだな」
「知らないよ。もう何年も音信不通なんだから」
「そうだよな……」彼は残念そうな表情で視線を落とした。
「なんで、菜々子さんがそれを残したと思う?」
「そりゃ、僕と雅が知り合いだってこと知ってて」
「私はそれだけじゃないと思う」
「どういう意味?」
「分からないけど、彼女なりにあなたに伝えたいことがあったんじゃないかなって」
「なんだよ、それ」孝典は独り言のように小さく呟く。
憶測の範疇だったが、楓にはそうとしか思えなかった。
「一緒に雅を探さない?」
「ごめん、それはできないよ」
「どうして?」
「僕、結婚したんだ。だから、もう解放されたいんだ」
「そんなの私だって……」自分勝手なと思いながらも、楓は言い返すことができなかった。
「協力してあげたら?」一歩引いて隣で聞いていた果穂が言った。
「……分かったよ」彼は渋々、承諾した。
「でも探すって言ったって、一体どうやって?」
「うーん。もう一度、彼女の遺品の中を探すとか?」
「遺品か……」孝典は、難しい顔をして俯いた。




