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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
最終章「濡れて黒くなった袖口」
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第42話 胸に広がる虚無感

「珍しいじゃん、会いたいだなんて」彼は玄関で出迎えてくれ、楓を抱きしめようとする。


 しかし、楓はその手を払い除けた。

 

「清水くんに話があって」声を振り絞って切り出す。

「うん? 話?」清水は寂しげな表情で楓を見た。


 彼の表情を見ると胸が痛い。


 でも、気持ちは揺るがない。

 


 部屋の中に案内され、ソファーに腰掛ける。

「どうしたんだ?」清水は楓に目を向けた。

 

 しばらく言葉を探し、目を閉じて深呼吸した。

 

「私たち、もう会うのやめよう」唇の震えが抑えきれない。


 一瞬、彼の顔色が曇った。


「何があった? そんな急に」だが、すぐに穏やかな口調で問いかける。


 楓の言葉を受け入れたくない気持ちが伝わってくる。

 

「急じゃないよ、前から考えてたことだから」


「ひょっとして、まだあいつのこと好きなのか? この間、もう諦めたって言ってたじゃないか」清水の声には、少し苛立ちが混じっていた。

 

「違う。結城のことは関係ない」

「だったらなんで!?」


「もう後ろ向きな関係は嫌なの」それは梅崎と結城を見て思ったことだった。

「俺は本気だよ。本気で一緒にいたいって思ってる」


「それ、果穂さんの前でも同じこと言える?」彼の顔は険しくなり、言葉が詰まった。


「言えないじゃん。良くないよ、これ以上関係を続けるのは」


「前に進みたい」楓は息を深く吸い、意を決したように彼を見つめた。


 彼はしばらく沈黙し、何かを考えている様子だった。

「分かったよ」そして、少し笑って静かに答えた。



 彼の声は少し弱々しかったが、笑顔を保とうとしているのがわかった。

 

「たまには、連絡してこいよ」と冗談めかして言っていたが、その目にはほんの少し寂しさが垣間見えた。


 

 楓はその言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えたが、無理に笑顔を作り、軽く頷いた。

 

「うん、そうだね。ありがとう」


 楓は立ち上がり、もう一度部屋を見回した。


 何度も訪れたこの場所が、今日で最後になるのだと実感し、少しだけ感傷的になった。


 しかし、ここにいることが楓にとっても大洋にとっても良いことではないと分かっていた。


 

「じゃあ、元気でな」ドアに手をかけると彼が静かに言った。その声が後ろから背中に響き渡った。


「うん、元気でね」と振り返らずに答える。


 ドアを閉めた瞬間、楓は深く息を吐いた。



 もう一歩前に進んだ気がしていた。


 

 ドアの向こうに出た瞬間、楓は自由になったはずだった。


 しかし、胸に広がる虚無感が、それを簡単には許してくれない。


 確かに、別れを告げた。


 それは間違いない一歩だった。


 けれども、心の中で湧き上がる感情は、ただ些細な一歩に過ぎなかったことを痛感させた。

 


 歩きながら、彼との思い出が次々と脳裏に浮かんできた。


 笑い合った日々、寄り添った夜。


 全てが今、楓を重く引き止める鎖のように感じられた。


 清水との関係は心地良かった。


 ただそれは、互いの傷口を舐めるような甘えた負の関係。


 いつまでも続けていれば、いずれ抜け出すタイミングを失ってしまう。

 

「今しかなかったんだ」と自分に言い聞かせるものの、その言葉は今はまだ空しく響くだけだった。


 これが正しい選択だったと言えるように、またそう信じて楓は前を向くしかなかった。



 


 それでも過去は楓に強くのしかかる。


 

「来てたんだ」楓は花束を持ち、今は亡き北山家を訪れた。


 先客が来ていた。


 花を供え、手を合わせる彼の姿がそこにはあった。


 知ってるようで知らない。


 こんなにも近くにいるのに遠い存在。



 彼の名は……知らない。


 彼は一人の女性を連れて、二人の左手の薬指にはきらりと指輪が輝いていた。

 

「まあな」孝典は、はにかみながら言った。

「どういう風の吹き回し?」彼が顔を見せるのは、6年ぶりだ。

 

「もう恐れるものが無くなったんだ」

「どういう事?」


「僕さ、もう全部思い出したんだ」孝典は暗いトーンで話した。

 

「全部? 記憶が戻ったの?」

「ああ」

 

「良かったじゃん! おめでとう!」楓が自分のことのように喜んで声を掛けても、彼は表情を変えなかった。


 それは6年前を彷彿とさせる。


「鬼の仮面が見えるの?」楓は言った。

「いや、違うんだ。僕はただ、父親も母親も殺されて加害者が許せなかった。本当にそれだけなんだ」

 

「そっか……やっぱり知ってたんだ」楓は唇を噛み締め、涙をグッと堪える。

 

「雅から聞かされたんだ」

「そう」

 

「今思えば、彼女も北山家をぶち壊そうとしてたのかもしれない」

 

「もういいよ、亡くなった人の話は」

「雅は生きてる」楓は自分の耳を疑った。


 

 彼女は箱根山で渉と共に白骨化遺体で見つかっている。


 

 彼女たちと最後に会ったのも6年前だった。

 

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