第4話 男同士の内緒話
「私、お手洗い行ってくるね」
「あ、うん」菜々子は席を立ち、部屋を出て行く。
「大人しいね、彼女」孝典は菜々子に聞こえないように出て行ってから一呼吸置いてから話した。
「いつもよりはそうかもね。緊張してるんだと思う、俺の友達に会わせるの初めてだし」そういえば、結婚の報告も一番最初と言っていた。
不思議だった。でもなんだか分かった気がする。
きっと結婚のことを意識させたかったのだろう。
早く結婚して幸せになって欲しい。
彼の願いは間違いなく、伝わってきた。
――まだ、果穂のことが好きなのか?
――お前は、本当にそれでいいのか? 後悔はないのか?
浮かび上がる問いを、口にするのは愚かだと思った。
「俺さ、孝典のこと一番信頼してるから」サニーは言った。
その言葉は重く、頑張って作り笑顔で返すしかできなかった。
「おい、俺のこと信頼してないだろ」
「まあな、酒飲みながら言われてもね」
「シラフでこんなこと言えっかよ」孝典は確かにそうだと思いながら笑った。
「昔よりは信用してるよ」
「本当かよ」
「信用してなかったら、記憶を無くしたことは話してないよ」
「そうか」孝典はグラスのビールを一口、二口と飲む。そして、枝豆を口に運んだ。
いつもより、ハイペースで酒が進む。飲まなくちゃいられなかった。
「あれ、菜々子遅くないか?」サニーは突然言い出した。
「そうか?」
「大丈夫かな?」
「心配しすぎじゃないの」孝典は半笑いでツッコむ。
「実はさ、彼女妊娠してんだよ」サニーは神妙な面持ちで答えた。
「え? マジかよ」
「だから、余計心配っていうか」
「なるほど、そりゃ心配にもなるわな」孝典は納得したように、頷く。
「ここのトイレ、迷いやすいからだと思うけど」
「そうだといいけどさ」孝典は不安を和らげようとしたが、まだ解消されていなさそうだった。
「そうかー、あのサニーがもうすぐパパになるのかあ」
「あのってなんだよ」
「なんか想像できないなって思ってさ」
「俺だってそうだよ、こんなこと初めてだからどうしたらいいか分からない」
「初めはみんなそうじゃないの?」
「そうなんだろうけどね。妊娠するのは俺じゃないから、実感もないし。だけど、菜々子は体調が悪くなる時もあるし。だから、俺もできることはしようと思って、酒もタバコもやめた」
「だから、初めにウーロン茶を注文しようとしてたのか」孝典はそれを知るとサニーと友達で良かったと感心した。
少しすると菜々子は戻ってきた。
「大丈夫?」戻るや否や、サニーは心配そうに声をかける。
「うん、ちょっとトイレ迷っちゃった」
「ほら、言ったじゃん」菜々子は不思議そうに孝典を見つめた。
「サニーが凄く心配してたんだ」慌てて弁明する。
「そうなんだ。ありがとう、大丈夫だよ」彼女は嬉しそうだ。
サニーと見つめ合い、微笑み合う。イチャつくなよと孝典は言いかけてやめた。
とても幸せそうで、邪魔をしてはいけない気がした。
「何の話してた?」
「男同士の話だよ」
「えー知りたい。教えてよ」
「ダーメ」2人はベタベタする。孝典はやっぱり我慢ならなかった。
「イチャイチャすんなよ」ヤキモチ混じりで言う。
彼らは、邪魔者かのようにチラリと見た。
「ごめん」思わず、孝典は謝る。
ハッとして彼らは笑っていた。冗談だよと言わんばかりだ。
菜々子はオレンジジュースを飲み、グラスを置いた。
「孝典さんも、彼女さん連れて来たら良かったのに」
「サニーから彼女を連れて話があるって聞いてたら、連れてきてたよ」
「悪いな、驚かせたかったんだ」
「ああ、十分驚いたよ」
「けど、果穂は会いたくないと思うぜ、振った男になんてさ」孝典は苦笑いを浮かべながら言う。
彼女の本当の気持ちなんて分からない。
けど、会わせたくないのが本音だ。
サニーと会わせてしまったら、取られてしまう気がした。
たとえ、妻や子がいようとも。
疾しい事が無いなら、今日だって呼んでいるはずだ。
――まだ未練がある。
――そうなんだろう?
やはり、本当の意味でまだサニーのことは信用してないみたいだ。
「あーやばい。眠くなってきたわ」サニーは床に寝転がった。久々に飲んだせいか、いつもより酔いが回るのが早かったようだ。
「寝るのかよ」
「ちょっとだけ」そう言うとサニーは気持ちよさそうに目を瞑った。
――な訳ないか。
彼の寝顔を見ると、疑ったことが馬鹿馬鹿しく思えた。
酒の席で、サニーの寝姿を見るのは初めてだった。
今まで知っている彼とは少し違うようだ。
いつも二人で飲んでも、先にダウンするのは決まっていて、サニーが先に潰れる日が来るとは思いもしなかった。
こんなにも弱々しい姿。
サニーを変えてしまったのは、隣に座る菜々子とお腹の子。
愛する家族ができると、人はこんなに変わってしまうのか。恐ろしいものだ。