第38話 最後の悪あがき
果穂のいる自宅に戻れず、数日が経った。
聡は、仕方なくネットカフェで寝泊まりしていた。
家に帰る勇気はなかった。
もし帰ってしまえば、彼女との生活が完全に壊れてしまう。
まだ修復可能だと思うことで自尊心を保てていた。
別れを受け入れる心の準備はできていなかったからだ。
果穂との別れを考える度に、自分は弱いや最低だと責め立てた。
しかしいくら後悔しても遅かった。
今さら取り返しがつく問題ではないことは分かっている。
だけど、最後の悪あがきぐらいしたかった。
そんな時、スマホに着信が入る。
相手を確認すると、麗香だった。
「もしもし?」
「もしもし、急に麗香ちゃんどうしたの?」
「元気かなって思ってさ」彼女は心配していた。
聞けば、果穂が泣きながら電話してきたそうだ。
どうせなら会って話そうと言われ、会うことにした。
指定された場所は渋谷にあるバーで、そこで落ち合うことにした。
初めて行く場所で迷ったが、何とか辿り着けた。
落ち着いた雰囲気のバーだった。
近くにラブホテル街があり、二軒目で女を口説く時に男が連れてきそうなエロティックな感じがした。
店内に入ると、すぐに見つけることができた。
そんなバーに彼女がポツンと一人でいたからだ。
「お待たせ」声を掛けると、彼女は顔を上げた。
「もう遅いんですけどー」
「ごめんごめん。迷っちゃって」言い訳をしながら彼女の隣の席に着くと、店員を呼びカクテルを注文した。
「最近どうしてるの?」
「どうって?」
「家に帰ってないんでしょ?」
「ああ、ネカフェに泊まってる」
「へぇー、本当にいるんだ。ネカフェ難民って」馬鹿にした口調で言う。
「しょうがないだろ、戻れないんだもの」
「まったく、あなたってどうしようもないわね」麗香は呆れた様子を見せた。
図星を突かれ、返す言葉がなかった。
暫く沈黙が続く。
やがて、グラスに入った液体が目の前に置かれた。
それを一口飲み、口を潤す。
「菜々子さん、亡くなったんだって」
「え、嘘だろ?」麗香の言葉に驚愕する。
そんなことになっているとは思っても見なかった。
「嘘じゃ無いわよ。あなたが家を出た日にね、亡くなっていたみたいよ。警察は他殺と自殺、まだどっちも疑ってる」彼女はさらに続けた。
「あなたを捜索してる」
「そうか、そうゆうことか」
「どうゆうこと?」
「何度か、電話がかかってきてたんだ。出なかったんだけど」おそらく最後に彼女に会っていたはずだからだ。
警察が本気になれば、毛髪や指紋、体液など残された痕跡から探すのは容易だろう。
「僕じゃない」あの晩、熱い一夜を共に過ごし、目覚めた瞬間から怒りに満ちて彼女に乱暴する事もあった。
でもやってない。これは自信を持って言える。
「家にも警察が来て、居場所を探してるって果穂が言ってたよ」
「弱ったなぁ……」聡は、ため息をついた。
「でも、私は信じて無いよ。分かってる、あなたはそんなことする人じゃない。だから今日会いに来たのよ」
「麗香……ありがとう」あまりの温かさに涙が出てしまいそうだ。
「私はね、果穂とあなたの二人が外から見てて羨ましかった。絆っていうかさ、周りのカップルとは違ってて。どんなことがあっても、いずれ結婚するものだと思ってた。あなたもそうでしょ? だから二人には別れてほしくない」
「僕だって別れたくないさ。でも取り返しのつかないことをしてしまった」
「果穂から話は聞いてるけど、あの時パニックになってていまいちよく分かんなくてさ。だからあの日までに一体あったのか、正直に話してほしい」
「話せば長くなるよ」聡は酒の力もあってか、洗いざらい話した。
記憶が戻り、かつての恋人を菜々子に殺された話。
以前、菜々子と関係を持っていたことや彼女は大洋が死ぬと分かってたことも。
麗香は黙って聞いていた。
「僕が気づいた時、彼女は笑ってた。悔しかったよ。どうして今まで騙されてたんだろうって」
「あなたは異常に執着されてたのね」
「ああ。だからあいつが亡くなって聞いた時、喜んでる自分がいた。やっと解放されたんだって。けど、違ってた。また罠に嵌められたんだ」聡は怖くなっていた。
逮捕されることに怯えていた。
どうにかして、逃れられないものか。手が震えてきた。
「大丈夫、一人じゃないよ」麗香は手を握ってくれた。
その温かい感触が伝わってくる。不思議と気持ちが落ち着いてきた。
「うちに来なよ、ネカフェになんていないでさ」
「でも、それって……」
「気にしないの! あなた、見つかったらもう終わりよ?」
「……ありがとう」聡は麗香に感謝し、世話になる事にした。
また迷惑をかけてしまった。
でもそれしか選択肢がなかった。
転がり込んだ翌日から洗濯、掃除など家事の全般はやらされた。
彼女は友人を助けてやろうというよりは、コキ使いが欲しかっただけのようだった。
「でか……」洗濯カゴに入れられていた黒色のブラジャーを見て、思わず声を漏らす。
無意識に着けている麗香を想像してしまう。
慌てて頭からそれを消した。
他にも彼女は風呂上がりにバスタオル姿でうろついたり、下着姿のまま部屋を歩き回ったりと、聡を誘惑しているようにも思えたが、本人は至って無自覚だった。
見たからと言って興奮するようなことはないが、麗香の自由奔放さは心配になる。
――ピンポーン。
部屋の呼び鈴が鳴った。
麗香がインターホンに出る。
「孝典くん、荷物届いたから受け取ってくれないかな? 重たいんだ」
「分かったよ」いつものようにコキ使われていた。再び呼び鈴が鳴ると、聡は玄関を開けた。
――ガチャッ。
そこには、背広を着た男性が2人立っていた。
明らかに宅配業者ではない。




