第28話 破り捨てられた写真
キャラクターが空中に浮遊している隙に、菜々子は聡のほっぺにキスをする。
「え?」聡は動揺して操作していた手が止まる。
キャラクターはそのまま谷底に落ち、菜々子は勝った。
「やったー、聡くんの負け〜」満面の笑みを浮かべながら言った。
「いきなり、何やってるの」
「キス」
「ダメだよ、キスは。好きな人同士でするものだよ」聡は真面目な顔をする。
「じゃあ、聡くんは優希としたの?」菜々子は問い詰めるように聞いた。
「いや、まだだけど……」
「私は聡くんのこと好きだよ」真っ直ぐ目を見つめ、はっきりと言った。
聡は黙って俯いている。
菜々子は彼の手を握った。
「ねぇ、もう一回する?」聡は小さく頷き、唇を重ねようとする。
「ゲームだよ、ゲーム」菜々子は笑いながら言った。
本心はして欲しかったけど、今はお預け。
これで彼は意識するはず。
聡は苦笑いして頭を掻いた。
その後、少し遊んでからその日は何事も無く自宅に帰った。
それから、二人の関係は変わる。
目が合っても不自然に逸らされたり、唯一の楽しみだった放課後のあの時間、彼は水槽前に姿を見せなくなった。
菜々子は一人で餌やりをする。
「失敗だったかな」餌を食べる鯉に聞いてみる。
返事はなく、水槽のエアーポンプだけがブクブクと音を立てる。
金魚の死と菜々子の恋は、水の泡になった。
一筋の涙が菜々子の頬を濡らす。
これで良かったんだと自分に言い聞かせるしかなかった。
しばらくして、聡は学校に来なくなった。
彼の両親が、亡くなったらしい。
学校では、交通事故で亡くなったという噂が飛び交っている。
菜々子は何も知らないふりをして過ごした。
そんな噂も静まった頃、彼は何事も無く元気な様子で登校してきた。
でも誰もが分かってた。
いつも通りではないことに。
けれども、誰も触れられない。
放課後、生物係の菜々子が一人だけで水槽の世話をしていると、彼はやって来た。
水槽の鯉は激しく泳ぐ。それは彼を歓迎するかのよう。
「聡くん……」久しぶりの会話に戸惑う。
聡は何も言わず、水槽の中を眺めている。
その横顔はとても悲しそうに見える。
「どうして……ここに来たの」沈黙に耐えられず、菜々子が先に口を開いた。
「浦原さんがいると思って」
「私のこと好きじゃなかったんじゃないの?」
「うん、好きじゃなかった」
「じゃあ、なんで」
「分からない。でも今僕は君と一緒にいたい」
「おかしな人。自分が何を言ってるか、分かってる?」
「うん、おかしいね」聡は笑顔を見せた。
菜々子もつられて笑う。
彼は一歩、二歩、菜々子に近づいてくる。
「ねぇ、抱きしめてもいい?」
「ダメだよ、誰がくるか分からないじゃない」
「じゃあ、誰も来ないところで」
「もうしょうがないなぁ」二人は教室を出る。
誰もいない理科室に入り鍵を閉めた。
聡は菜々子を優しく抱き寄せる。
初めて抱かれた。
「私、あなたのことを好きでいていい?」そう尋ねると、彼は微笑みながら首を縦に振る。
「いいよ」彼は耳元で言うと、菜々子は嬉しくて泣きそうになる。
その日以来、菜々子と聡の関係は始まった。
二人だけの秘密の関係だ。
彼が求めてくれるから、幸せだった。
聡の家に遊びに行くようになったある日、ベッドの下にアルバムが落ちていた。
見てはいけないと思いつつも、興味本位で中を見る。
そこに写っていた写真を見て不満に思った。
聡の隣には、菜々子のよく知る女の子がいたのだ。
「優希……」菜々子はその写真を破り捨てる。
聡が本当に好きなのは、優希だって。
分かってた、でも許せなかった。
――全部上書きして優希のことを忘れさせてやる。
菜々子はその日、彼に全てを捧げた。
どんなに痛くても我慢した。
一番になりたい。
優希から彼を奪ったという事実が欲しかった。
聡が菜々子の物になった時、同時に彼は彼女を切り裂いていた。
赤い血が流れる。
それは、菜々子の証でもあった。
二人は毎日のように愛を深めていく。
学校でも、聡の家でも。
そして冬休みに入ってからのことだった。
菜々子はいつものように聡の家の玄関前で待っていた。
チャイムを鳴らすとすぐに扉が開く。
聡の姿は悲しそうだった。
「どうしたの?元気無いみたいだけど」
「僕、転校することになったんだ」
「そうなんだ……どこに行くの?」
「遠くだよ、大阪」
「そっか、もう会えなくなるの?」
「いや、きっとまたいつかどこかで……」聡は曖昧な言い方をする。
「いつ戻ってくるの?」
「さあ、わからない」聡は下を向いてしまう。
「やだよ、離れたくない」
「ごめん、菜々子。ずっと一緒にはいられない」
「そうだよね……」菜々子は涙を流す。
聡は菜々子を強く抱きしめた。
彼女の温もりを確かめるように強く。
「さよならは言わない」
「ありがとう、聡くん」菜々子は彼の背中に手を回して言った。
「また連絡するよ」
翌日、聡は祖母のいる大阪に引っ越していった。
菜々子は寂しさを堪えながら見送りをした。
でも菜々子は泣かなかった。
必ず帰ってきてくれると信じていたから。
彼の乗った新幹線が見えなくなっても、彼女はその場から離れられなかった。
――また連絡するよ。
彼は最後に言っていた。
1週間経っても、彼は連絡してこなかった。
菜々子も、彼にも都合があるのだと連絡できなかった。
けれども、冬休みが終わっても連絡一つなかった。




