第26話 6年ぶりのただいま
夜道を手を繋いで歩く。
菜々子の家までは長かった。
いけないことをしている気分で落ち着かなかった。
「ただいま」孝典はふざけて言ってみる。
「おかえりなさい」菜々子はすごく嬉しそうにハグをする。
彼女の抱擁は長かった。
頭の片隅にはまだ理性はあった。
「ひとりにしないで」孝典が帰ろうとすると、寂しそうに見つめてくる。
彼女を放っておけなかった。
もう他のことが考えられない。
孝典は靴を脱ぎ、家の中に入る。
中に入ってからもう一度抱きしめた。
今度は短く。二人は見つめ合う。
菜々子のプルプルとした唇を奪いたくなった。
もう今さら後戻りできない。
前に進むしかなかった。
孝典は、菜々子の唇に触れる。
「今日は積極的だね」
「そうかな?」
「うん」彼女はまんざらそうでもない様子だ。
もう孝典に迷いはない。
「好き」酒のせいにできれば良かった。
でもこれは違う。
孝典は自分でも鼻息が荒くなっているのが分かった。
「いいよ」菜々子をソファーに押し倒す。
彼女が着ているブラウスのボタンを一つずつ外し、スカートを脱がせていく。
菜々子も孝典のシャツに手をかけた。
「菜々子、愛してる」孝典は菜々子の首筋を舐める。
「私もだよ」菜々子の漏れた息から興奮していることがわかった。
「もう私のこと、忘れちゃダメだからね」
「もちろん」菜々子は満足げな表情を浮かべる。
孝典は顔を彼女の胸にうずめる。
ゆっくり時間をかけて互いをいたわりながら肌を重ねた。
時間を忘れ、快楽に酔いしれる。
――これで良かったんだ。
孝典は、菜々子が眠るベッドの横で眠った。
彼女は孝典の腕にくっついて離れない。
可愛い。彼女の寝顔をずっと見ていたかった。
瞬きをし、次に瞼を開いた時だった。
ベッドで寝ていたはずが、いつの間にか何もない床の上で気がつく。
どことなく見覚えのある部屋。
真っ白な壁に、真っ白な床。
相変わらず、散らかったままだ。
部屋のど真ん中にベッドがあり、一人の男が幸せそうに眠っている。
昨夜はそんなに楽しかったのか。呑気な男だ。
意識は、はっきりとある。不思議な感覚だった。
強い意志によって結城孝典はそっと近づき、眠る高村聡の頭に触れた。
――何をするんだ!
聡は叫びながら目覚める。
孝典は気づいてしまった。
覚悟というのは、ただ待ち、受け入れるのでなく、自らの手で攻めなければならないと。
手から腕、肩や首を伝ってドクドクと頭に何かが流れてくるのが分かる。
聡は、孝典の手を掴んで抵抗する。
しかし、彼の力は弱かった。
激しい頭痛と耳鳴りで筋肉が硬直しているのだろう。
その間にも、ドクドクと物は流れ続ける。
――やめろ! やめろ!
聡は下半身をバタバタとさせ、暴れる。
孝典は、絶対に離すまいと両手で押さえつけた。
そのうち、流れてくる何かは止まり、聡の動きはバタッと止まった。
「これで全部か」収まると孝典は手を離した。
男は白目を剥いて倒れている。
呼びかけても、反応はない。
屍のようだ。
男に布団を被せる。
触れ続けることに夢中だった孝典は改めて彼から受け取った物を確かめた。
――あー!!
嬉笑怒罵、複数の感情が同時に蘇る。
胸が、頭が、ギュッと締め付けられるように痛い。
痛さのあまり、のた打ち回る。
視界がぐるぐると回り、上と下が分からなくなった。
助けてと叫んでも声は出ない。
身体は、透明な岩の下敷きになっているように、動けない。
次第に息が吸えなくなって、苦しくなった。
こんな思いをするなら捨てるのも無理はない。
ただ苦痛に耐え忍ぶしかなかった。
もうダメだと諦めかける。
しかし、それは長いようで短かった。
「あー!!」孝典は叫んで、飛び起きた。
心臓が大きく早く鼓動し、呼吸がせわしく乱れる。
「大丈夫?」菜々子は心配そうに顔を覗いてくる。
彼女は、薄いネグリジェを纏っていた。
孝典はひどく後悔する。
性欲に支配され、2度も同じ過ちを犯してしまったことに。
乱れた息を整える。
「すごい汗」菜々子が孝典の額を触る。
孝典は、彼女の腕をそっと振り払った。
「君が悪いんだ。僕を興奮させるから」そして、汗を拭い興奮を抑え込む。
興奮という名の怒りと、汗という名の涙。