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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第3章「幼馴染の二人」
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第19話 勝手に出る涙

「え? なんで?」

「だって、6年生になる前に事故で亡くなっちゃったから」


「そうだったのか」孝典は亡くなっていた事は分かっていたが、時期までは覚えていなかった。思惑通りにならず、溜め息をつく。



「菜々子さんは、何組?」

「私は3組だったよ」6年3組のページを開く。


 浦原菜々子、幼い彼女が個人写真の中にいた。


 彼女の姿は、記憶の彼女と一致する。


 やはり、彼女が言っている事は本当なのだろうか。


 しかし、3組を見ても、他の組を見ても菜々子以外の子に見覚えはなかった。


「なんでなんだよ」孝典はもう諦め、ページをめくった。


「あ!」菜々子が声を上げる。

「どうしたの?」


「聡くん、ここにいるじゃん!」それは林間学校の時、5年生の写真だった。孝典は目を見開いた。


「……僕だ」菜々子が指差した彼は孝典に似ている。紛れもなく彼は孝典で、孝典は聡だ。


「嬉しいの? 悲しいの?」記憶を無くしたあの日から6年、やっと辿り着いた過去に孝典は安堵し涙する。



「分からない。勝手に涙が出るんだ」孝典は菜々子の問いに返事した。


 菜々子は孝典を抱きしめ、手に指を絡ませた。


 彼女の手はは細くて柔らかい。


 そして、温かい。


「良かったじゃん」

「うん」孝典は泣きじゃくる。菜々子は身体をモゾモゾと動かし、孝典のほっぺにキスをした。


「え……急に何してるの」孝典は身体をビクッとさせる。


「ごめん、懐かしくて」菜々子は身体を解いた。


「懐かしい?」

「聡くんとは、色々したんだよ」彼女は言った。


 孝典は色々の意味をすぐに理解したが、ある事に気づいて思考が停止する。



「記憶が戻らない」真実に触れたはずなのに、聡の記憶が戻らなかった。


 

 孝典は不安が押し寄せる。



 今までのきっかけは、いつも過去に触れた時だったからだ。


「え? 思い出せない?」菜々子も戸惑っている。


 どうすれば、記憶が戻るというのか。


 孝典は何かを話す気力がなくなった。

「大丈夫、きっと戻るよ」再び菜々子は孝典に抱きつく。


「うん」孝典は頷いた。


「私がいるから、焦らずちょっとずつ思い出していこうね」菜々子が上目遣いで見てくる。


 孝典は自然と彼女の背中に手を回していた。


 二人ともしばらくこのまま動かなくなった。


 鼓動が高まり、背中にじんわり汗が滲む。



 部屋の時計の秒針がチッチッと鳴り響く。



 時計の針は17時半を示していた。



 孝典は正気を取り戻す。


「菜々子さん、そろそろ帰らないと」

「え? もう?」菜々子はは寂しそうな表情をしている。


「夕飯までには、戻らないと」

「いやだ、いやだ」彼女は身体を離さない。


「でも、しょうがないよ」

「ねぇ、お願い。夕飯作るから、もう少しだけ」菜々子は言うことを聞いてくれなかった。


 孝典は、どうしようか迷った。


 もっと話したいし、一緒にいたいのが本音だ。


 彼女の傷ついたハートをこれ以上抉る勇気はなかった。


「分かった、夕飯は食べて帰るよ」

「本当? 嬉しい!」菜々子の笑顔は、孝典の心を癒した。


 彼女の悲しそうな顔は、見てるだけで悲しくなる。


 彼女が笑ってくれるなら偽りでもいい、笑わせたい。


 菜々子はキッチンに行き、料理を始める。


 その間、孝典は果穂に謝罪のメッセージを送る。


「ごめん、夕飯食べて帰る」孝典は、文字を打って送信を躊躇う。


 彼女が怒らないか心配になる。


 孝典は一息ついてから、送信ボタンを押した。



 メッセージはすぐに既読になり、返信が返ってきた。


 ――せっかく準備したのに。

 孝典はすぐ返信が返ってきてホッとする。


「明日食べるから。置いといて」


 ――はーい。早く帰ってくるんだよ。


「できるだけ早く帰ります」


 ――待ってるよ。

 数回やりとりして、画面を消した。



 菜々子はトントンと、野菜を切る。

「いつも通り買い物すると、買いすぎちゃって余るんだよね」


「そうなんだ」

「だから、食べてくれるって言ってくれてすごく助かるよ」


「何か手伝おうか?」

「いいよ、お客さんなんだから。座って待ってて」


「うん。楽しみに待っとくよ」菜々子は切った野菜と牛肉を鍋に入れ、炒める。


 美味しそうな匂いが漂ってきた。匂いが余計に空腹感を刺激する。


「もうちょっと待っててね」菜々子は味見をして火を止めた。


 先に皿に白ご飯をよそい、鍋の物を皿に移す。


 テーブルに運び、スプーンと共に並べる。


 料理はカレーだった。


「いただきます」孝典は一口食べる。


「美味い!」辛すぎず、コクがあってスプーンを持った右手が止まらない。


「良かった」菜々子は孝典の表情を見て、安心してから食べ始める。


「菜々子さんって料理得意?」

「うーん。得意かどうか分からないけど、作るのは好きだよ」


「へー。果穂は料理下手だから、羨ましいな」

「果穂さん、料理下手なんだ。ふーん」孝典はあっと言う間に平らげた。


「おかわりする?」

「まだ残ってるの?」


「ちょっとだけあるよ」

「じゃあ貰おうかな」菜々子は席を立ち上がる。


「自分で入れるよ。菜々子さんは座ってて」

「ありがとう」孝典は台所に行き、鍋に少し残っていたカレーを全部入れた。


 席に戻ると、菜々子が幸せそうな表情をしていた。


 孝典はそれを見ると嬉しくなった。


「聡くんって美味しそうに食べるね」

「だって美味しいもん」


「フフッ、嬉しい。大洋くんは、こんな風に食べてくれなかったよ。おかわりもしなかったし」


「あいつは育ちがいいからな」


「作ってる方は、聡くんみたいに食べてくれた方が嬉しいな」


「そうかもね」二人は食べ終わり、ごちそうさまをする。

 

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