表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第3章「幼馴染の二人」
17/48

第17話 泣いている姿を見ると

「俺、何かまずいこと言った?」


「いえ、ちょっと昔のことを思い出しただけです」


「昔のこと?」

「友だちにまったく同じことを言った覚えがあるんです」菜々子は表情を変え、嬉しそうに語った。



「奇遇だね、俺も同じようなことを言われたことがあって」

 


 ――泣いている姿見ると、きっと喜んでくれるよ。

 遠い昔、泣いてる自分にそばにいた誰かが言ってくれた。


 その時は、ものすごく励まされた。

 

「誰だったっけ?」いつ、誰に言われたかすぐに思い出せない。



 なんであんなに悲しかったのか、分からないけど泣いていた。



 その時、彼女は温かい手で包み込んでくれた。掴んで離そうとしなかった。



 ――ああ、そうだった。

 あれは確か、小学生の頃だった。

 同級生が亡くなって、葬式に出ていたんだ。


 

 微かな記憶が鮮明に蘇る。だんだん脈拍が上がり、息も上がってくる。



 頭の中にぼんやりと人の姿が見える。


 よく知っているようで知らない、いつも近くにいるのに遠くばかりを見て、寝ていると思いきや起きている男だ。



「目覚めたのか?」彼に問いかける。


 しかし、彼は話そうとしない。



 黙ったまま近づき、孝典の頭に触れた。


 その瞬間、激しい耳鳴りと頭痛が襲う。


 それは何かを呼び起こすようだった。

 


 余りの苦痛に、孝典は叫んだ。


 叫ぶと痛みが嘘のように消えた。



 ――知りたければ、我慢しろ。

 彼はそう言い残してベッドに横になった。



「――大丈夫?」聞き覚えのある声は、現実へと引き戻した。



「浦原さん」あの時の少女がオーバーラップし、横にいた彼女を名前をそう呼んだ。



 ――浦原菜々子は、僕の同級生だった。

 彼女は奥仲優希(おくなかゆうき)の葬儀の時に、隣に座っていた。



「浦原さん……だったんだ」孝典は息を整え、もう一度菜々子を見る。


 そこには大洋の婚約者の浦原菜々子ではなく、同級生としての浦原菜々子がいた。



「あなたは、高村(たかむら)くんなの?」孝典は少し沈黙する。


「……分からないんだ。僕は自分の名前が」冷静になっても思い出せるのは、彼女が浦原菜々子であるということだけだった。


 まるで苦痛と対価が見合っていなかった。


「そういえば……記憶喪失だったね。どうしてもっと早く気づけなかったんだろう」


「僕も今気づいたばかりだったから」おそらく、大洋の彼女と言う先入観が邪魔していたせいだ。


 それが無ければ、出会った時に思い出していたはずだ。



「あなたの名前は高村聡(たかむらさとし)よ、分かる?」


「僕が高村聡?」孝典はどうしてもしっくり来なかった。



「……ごめん、分かんないや」孝典がそう言うと、菜々子は、残念そうに俯いた。



「孝典―? そろそろ準備しないと……」果穂の声が視界の外から聞こえてくる。



「うん、今行くよ!」孝典は大きめな声で返事する。


「ありがとう、また後で」菜々子は孝典の目を見て頷く。


 孝典は、果穂の元に小走りで向かう。



 一度後ろを振り返ると、菜々子は微笑んでいた。



「ごめん、ちょっと話しすぎちゃった」

「何話してたの?」


「内緒」果穂に言えなかった。


 言える訳がなかった。



 浦原菜々子が好きだったなんて。



 二人は、受付の席に座る。


 葬儀の1時間前になると弔問客が次々と訪れ始める。



「この度はご愁傷様でございます」弔問客がお悔やみの言葉とともに香典と芳名カードを差し出す。


「本日はお忙しい中をお越しいただきまして、誠にありがとうございます。お預かりします」香典を両手で受け取り、一礼する。


「こちらお礼の品でございます」弔問客に返礼品をお渡しし、式場の案内をする。


 葬儀は結婚式と同じく、弔問客が多く途切れなかった。


 弔問客は結婚式では見なかった顔がちらほらといた。



 葬儀の30分前になると、受付の仕事は落ち着いた。


 葬儀が始まろうかとする時に、一人の男が遅れてやってくる。



「どうしてお前が……」目の前には、竹岡匠海がいた。


 彼は警察に逮捕されたはずだった。


「証拠不十分で、釈放された。俺は無実だ、何もやっていない!」彼は事情を明らかにした。


 結婚式で大洋にワインを注いだのは事実であったが、それだけでは証拠としては弱かったようだ。


 第一、彼には動機がなかった。


 普段から大洋との関係は良好で、大学時代から交際している彼女がいて、菜々子に対して密かに想いを寄せていた訳でも無く、パワハラを受けていた訳でもなかった。



「俺はただ利用されただけなんだ!」竹岡は必死に訴えかける。


 とても嘘をついてるとは思えなかった。



「信じろとは言わないよ。だけど奴はここにいるはずだ。だからその犯人の面を拝んでやろうと」竹岡は会場に入ろうとする。



 孝典は竹岡を羽交締めにした。


「何をする。俺を止めるな!」


「待て、お前が入ったら会場が騒ぎになる。見つかる前に帰るんだ」孝典は抵抗する竹岡必死に抑える。


「分かった、分かったから離してくれ」孝典は腕を解く。


「代わりに浦原先輩に伝えてくれ。俺はあの事を忘れてないからなと言えば分かるはずだ」彼は、観念すると伝言を頼んできた。



「あの事? 何だよそれ」


「それはお前にいう義理はない」竹岡は言葉を言い残して式場を後にする。


 何だか彼が無罪だとしても、とてもいい気分になれなかった。



「大丈夫?」果穂が駆け寄ってくる。

「うん」孝典は乱れた喪服を直した。


「ネクタイ歪んでるよ」果穂が近づいて、孝典の襟元を直す。

「あ、ありがとう……」孝典は彼女に触れられて、なぜか否定的な感情が湧いてきた。

 


 ――俺には、ナナがいるのに。

 それは孝典が一番危惧していた事だった。



「どうかした?」果穂が心配そうに、聞いてくる。

「ううん。何でもない」


「そう。早く戻ろう」

「うん」孝典は返事をして、受付の席に戻る。


 席に戻ってから、自分が結城孝典であると心に言い聞かせた。 



 無事、葬儀が始まり、粛々と進む。


 故人との別れの儀式が終わると、棺が火葬場へ運ばれていく。



「大洋、許してくれ」孝典は小さく呟く。

「サニー……」隣にいる果穂の目には涙が浮かぶ。



「じゃあな、また会おうぜ」火葬場の点火ボタンが押される。


 ゴーッと音が響く。


 大洋の遺体は、遺骨となり、骨壷に納められた。



 その晩、孝典は菜々子に電話する。

「もしもし?」菜々子はすぐに電話に出る。

「もしもし、夜遅くごめん」


「いいよ。寝られないし」彼女は鼻を啜った。

「そっか」孝典は泣いていただろう菜々子に話すのを躊躇して少し黙る。



「それで、何の用?」

「今日、葬式に竹岡匠海が来てたよ」


「え? なんで?」彼女は泣いていたのが嘘みたいに驚く。


「証拠不十分で釈放されたらしい。彼はやってないんだって」


「え? 聞いてない! そうだったんだ……」菜々子はしばらく黙る。


「大丈夫?」

「うん」


「それでさ、彼から伝言があって」

「伝言?」


「そう。俺はあの事を忘れてないからなって伝えてくれって」


「あの事?」

「言えば分かるって。何か心当たりあるの?」


「ごめん。分かんない」

「そっかー」


「伝えてくれてありがとう」

「うん。じゃあまたね」


「聡くん、待って!」孝典が電話を切ろうとした時、菜々子から呼び止められた。


「うん? どうしたの?」

「今週の休み、会えないかなって思ってね」



「今週か……」今週の土日は、久しぶりに果穂とデートする予定が入っていた。


 孝典は彼女の誘いに迷いが出る。


「昔の話とかもしたいし。聡くんも知りたいでしょ?」


「うん、知りたいよ。来週の日曜日でもいい?」


「うん、いいよ。じゃあうちに来てね」


「うち? 菜々子さんの家に……?」孝典は近くに果穂が居ないか確かめ、声が次第に小さくなる。


「うん、だって二人きりで話したいし。別に何もしないよ」


「分かってる。けど……いいの?」

「うん。じゃあ待ってるね」菜々子は電話を切った。


「あ……」吐息が漏れる。メッセージアプリの通知が来る。


 菜々子が住所を送ってきた。


 もう今更、後戻りできない。



 孝典は覚悟を決め、唾を飲み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ