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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第3章「幼馴染の二人」
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第16話 泣きたければ泣けばいい

 幸せの絶頂とも言える結婚式、披露宴の最中にそれは起こった。


 忌々しい事件だ。


 今、犯人は大洋の死を聞いてきっと喜んでいるのだろう。


 招待客の所持品検査が終わり、特に怪しいものは見つからず、謎は深まるばかりだ。


 大洋と親しい関係にあった者たちが疑われた。


 妻である菜々子は言うまでもなく、過去に関係があったとされる果穂や楓、会社の同僚や上司などはっきり言ってあげればキリがなかった。



 数日が経ち、司法解剖の結果、体内から致死量を超えるタリウムが検出され、死因はタリウムによる中毒死と診断された。



 そして大洋が飲んでいたワイン、グラスからもタリウムが検出され、間違いなくそれが原因だろうと思われた。


 重金属であるタリウムは、食品や飲料水、空気中にわずかに含まれているが、致死量に達することはまずない。


 何者かが意図して大洋に何らかの形で摂取させて、事故のように見せかけ、毒殺を企てたと警察は疑っているようだ。

 

 大洋が飲んでいたワイン、それは同僚の竹岡匠海が余興のマジックで使用したものだった。


 彼はすぐに逮捕された。容疑はに否認しているみたいだ。


 事件は解決への方向に進んでいき、孝典はひとまずホッとする。


 1週間後、大洋の葬儀が行われる。


 孝典と果穂は喪服に身を包み、参列する。


「まさか、こんなことになるなんてな」孝典は突然のことで、まだ大洋の死を受け入れられなかった。


「えぇ……そうね」果穂の声にも覇気がない。


 葬儀場に着くと、大洋の父親が近づいてくる。


「このたびは誠にご愁傷さまです」2人は会釈した。


「今日は引き受けてくれてありがとう。よろしく頼んだよ」二人は大洋の両親から葬儀の受付を頼まれていた。



「はい。お任せください」

「時間も余りないだろうから、先に見ておきなよ」大洋の父親に葬儀ホールを案内される。


 祭壇には、既に大洋の写真が飾られており、棺も置かれていた。


 二人は、先に焼香を済ませる。


「顔も見てやってくれ」父親は棺の小窓を開ける。


 そこには大洋が幸せそうに眠っていた。


 これが菜々子を悲しませて、この世を去った哀れな男の姿。

 

 今にも、起き上がって話しかけてきそうだ。


 二人は手を合わせる。

「サニー……」隣にいる果穂の目には涙が浮かぶ。


 孝典は泣けなかった。


 別れが悲しいのに、目は枯れていた。


 何故だろう。


 まだ大洋との約束を果たせてないからか。


 ――果穂のこと、幸せにしてやれよ。

 大洋の言葉が蘇る。


 馬鹿な男だ。


 自分の決断力の無さを悔やんだ。


 こんなにも早いなんて考えもしなかった。


 想いを知りながら言い訳ばかりして、自分が情けなかった。


 どんなに無言の対話を繰り返しても、そこに涙はなかった。


「そろそろいいか?」

「はい。大丈夫です」大洋の父親は小窓を閉じた。


 葬儀ホールを出ようと後ろを向くと、菜々子がいた。


「孝典さん、果穂さん来てくれたんですね」彼女は声を掛けて来た。


 菜々子の瞼は、パンパンに腫れ、目は真っ赤に充血していた。


「菜々子さん、大丈夫?」孝典は心配になり、声を掛ける。


 彼女は正直に首を横に振った。


「まだ……辛いです。大洋がいないと悲しくて、寂しくてたまりません」当然だ。


 本来なら、今頃幸せな新婚生活が始まっていたはずだった。


 さらに、傷心の身に追い打ちをかけるように、警察に有りもしない疑いを掛けられて、気の毒だ。


 大洋の妻でも、彼女の隣にいて優しく包み込んであげたくなった。


「私、ちょっとトイレ行ってくるね」果穂は、その場を離れた。


 孝典は菜々子と二人きりになる。


「あそこに座ろうか」孝典は近くにあった椅子を指差した。


「はい。すいません」菜々子はハンカチで涙を拭き、椅子に座る。

 孝典も隣に座った。



「犯人、捕まって良かったね」孝典は泣いてる彼女を慰めようと、話しかける。


「はい。ですけど、犯人が捕まっても、大洋は戻って来ません」


「分かってる。だから俺も、犯人が憎いよ」


「竹岡は会社の後輩で、大洋とは同期で仲も良かったはずなのに。なんでこんなことしたのか、私は知りたいです。きっと理由があるはずなので」


「菜々子さんが犯人の気持ちなんて、知らなくてもいいのに。辛いだけじゃん。だいたい理由は、一方的で理不尽だよ」


「それでも知りたいです。どうしてこんな目に遭わなくちゃいけなかったのか。まさか竹岡が人殺しなんて恐ろしいことをする人間だと思ってもみなかったので。どんな理由であれ、裏切られたのはショックでした」



「そうだよね……」よく知る同僚が、夫を殺した犯人だと現実を受け入れられない気持ちもよく分かった。



「孝典さんは後悔しませんか?」

「うん?」


「あの時、隣にいた私が止めていられれば、もう少し早く気づいてあげていたら、結果が変わっていたかもしれない。そんなことばかり考えてしまいます」菜々子の頬に涙が伝う。



 こんなに優しくて美しい涙はあるだろうか。



「菜々子さんは悪くないよ。全てあいつが悪いんだ」孝典は横で励ますことしかできないでいた。


「分かってますよ。だけど、そう思わないとやっていけない自分がいます」彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。


 孝典は、ポケットからティッシュを取り出して彼女に渡す。


「ありがとうございます」

「いいんだよ」


「泣いてばかりではいけませんよね。強くならないと」


「そんなことないよ」



「泣きたければ、泣けばいい。サニーが菜々子さんの泣いてる姿を見ると、きっと喜んでくれるさ」孝典の言葉を聞いた菜々子は、ピタリと泣き止む。


 大きな瞳で孝典をジッと見つめる。

 

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