第14話 場違いな2人
「そろそろ時間か」潤一が左腕につけていた腕時計を見る。式が始まる時間が近づいていた。
「またあとで話そう、滝川くん」
「ああ、そうだな」孝典は果穂の後ろをついて行き、式場の椅子に座る。
少し待つと、新郎の大洋が現れる。
そして、扉が開かれて新婦の菜々子と父親らしき人がバージンロードを歩く。
拍手が巻き起こり、歓声が上がる。
孝典も手を叩きながら祝福の言葉を送った。
「綺麗だね」純白のドレスに包まれた彼女の姿は、本当に美しくて目が離せなかった。
「うん」果穂は涙ぐんでいた。
孝典はハンカチを差し出す。
「ありがとう」彼女はそれを受け取って目に当てる。
新郎新婦は誓いの言葉を述べて、指輪の交換をし、誓いのキスをした。
「幸せになって欲しいね」果穂は涙を拭いながら、呟く。
「きっと大丈夫だよ」二人は微笑み合った。
挙式は幸せに包まれて終わり、新郎と新婦は腕を組み、参列者に感謝しながら深紅の絨毯の上を一緒に歩く。
菜々子と目が合うと、彼女は微笑んだ。
孝典は軽く手を振った。
果穂も手を振って答える。
そして、彼らは祝福を受けながら退場していく。
「次はブーケトスだってさ!」果穂は足を弾ませていた。
独身の女性陣は花壇の前にぞろぞろと移動を始める。
「3! 2! 1!」合図で新婦の菜々子が後ろ向きでブーケを投げる。
歓声が上がる。
「やったー!」ブーケをキャッチしたのは、さっきつかかってきた莉沙だった。
孝典は何故か、ホッとする。
「おめでとう!」機嫌の悪かった彼女は、歓喜の渦に包まれ気が晴れたようだった。
それから披露宴会場に移動する。
席は決まっており、大洋や果穂の同級生たちのテーブルと同じで、孝典と果穂は隣同士だった。
お色直しした新郎新婦が再入場する。
披露宴の始まりだ。
料理はフレンチのコース料理で、素人の孝典にも豪華であることが分かった。
「美味しい!」果穂は目を輝かせて食べていた。
孝典も手をつけるが、慣れない場に緊張してあまり味がしない。
披露宴では余興も行われ、大洋の友人の滝川は歌を披露し、会場は盛り上がりを見せていた。
彼はロックバンドのボーカルをしていて、結構有名らしい。
だから、あんなに派手でゴージャスな雰囲気なんだろうかと孝典は妙に納得した。
手品を披露する者もいた。
同僚の竹岡匠海は筒状の空の箱を見せつけテーブルに置き、どうゆう種や仕掛けなのか、ワインボトルを1本、2本と、見事に出現させた。
そのボトルは本物なのか、用意されたグラスに注ぎ大洋にプレゼントしていた。
大洋も、味を確かめると驚いていた。
まるで魔法のような手品は、人見知りの孝典を、楽しませてくれた。
しかしそれも束の間、果穂らの同級生の話に1人ついて行けず、早く帰りたいと心の中で愚痴をこぼす。
孝典はグラスに残っていたシャンパンをガブ飲みした。
「大丈夫?」果穂が気にかけて、声をかけてくる。
「大丈夫。ちょっとトイレに行ってくる」孝典は言い残して、席を離れた。
明るくて賑やかな場だったが、周りは知らない人ばかりで、自分だけが浮いているような気がして居心地が良くなかった。
「あそこか」男性用トイレを見つけると、駆け込んだ。
手洗い場に男性が一人いた。菜々子の父親だった。
鏡に映った孝典を見て、彼は素早く振り返る。
彼の表情は驚きのあまり、今にも目の玉が飛び出しそうだった。
それは亡霊を見たかのよう。
「どうしたんですか?」孝典は菜々子の父親を不思議そうに見る。
「いえ、何でもないです」菜々子の父親は濡れた手をハンカチで拭い、何事も無かったように立ち去った。
孝典は首を傾げる。
「あ、そうだ。トイレ、トイレ」慌てて用を足す。
しかし、菜々子の父親は、何をあんなに驚いていたのだろうか。
孝典は疑問を抱いたまま、用を足しトイレを出る。
披露宴会場に戻ろうとすると、一人の女性とすれ違う。
「あっ……」孝典は足を止めた。
永田楓だった。彼女も立ち止まる。
「来てたんだ」
「うん。サニーがね、披露宴だけでもいいから来てくれって」
「そうだったんだ」
「ねえ、少し話せる?」
「うん」二人は会場を離れて廊下で話す。
楓とこうやって話すのは、あの日以来初めてだ。
「あの時はごめん」孝典は頭を下げる。
彼女には、謝らなければならなかった。
5年前、突然逃げ出してしまったこと。
「いいよ、もう何とも思ってないから」楓はあの日と違って笑っていた。
けれども、孝典はその言葉を聞いても、彼女の目を見られなかった。
「あのさ、雅のこと覚えてる?」楓は視線を落として、か細い声で話した。
「ああ、君から聞いた事以外は覚えてないけど⋯⋯」
「そっか。それでね、雅とは事件の後も少し連絡取ってて、会ったりもしたんだけど。私が東京に来てちょっとしてから、連絡がつかなくなって」
「そうなんだ」
「こんなところで言うのもあれだけど、つい最近箱根山で渉と一緒に白骨化遺体で見つかっただって」
「ニュースで見たよ、俺も気になってたんだ。渉ってあの渉だろ?」
「うん。どうして何も言ってくれなかったんだろうって」楓の顔が悲痛に歪む。
今にも泣き出してしまいそうだった。
「泣くなよ」孝典は楓の手を上から握る。
「だって……また……」目尻に溜まる涙は一筋流れると、次々と溢れ出ていた。
楓のその姿を見ると自分も悲しくなってきた。
「君はもう永田楓だろ? 忘れなよ、過去の事は」
「忘れられる訳ないでしょ?! あなたとは違うの!」手を振り払い、人目も憚らず涙声で叫んだ。
「別に俺だって……忘れたくて忘れたわけじゃないさ……」孝典は立ち上がり、下唇を噛んだ。
――だから、嫌だったんだ。
似て非なるもの。
最初は、仲良くできると思っていた。
でも彼女と一緒にいると、一緒にいればいるほど、お互いを傷つけ合い苦しめる。
だから、遠ざけていた。
「じゃあ、戻るから……」孝典は目も合わせないで、立ち去る。
「また迷惑をかけるかもしれない。その時はごめんなさい」謝罪の言葉が追いかけてくる。
しかし、立ち止まれなかった。