表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第2章「金と名誉と地位」
11/48

第11話 軒下で雨宿り

「大洋、起きて」肩を叩かれて、大洋は目覚めた。


 目の前には、菜々子がいた。


「お風呂、上がったよ」いつの間にか眠ってしまっていたようだった。

「さて、入るかー」伸びをして、起き上がる。


「ねぇ」菜々子の声のトーンが変わる。

「ん? なんだ?」


「あのね……」菜々子の表情が曇ったように見えた。

「うん?」大洋は口に手を当て、大欠伸をする。



「やっぱり、何でもない」菜々子は笑った。

「そっか」大洋は浴室に向かった。



 ――ガラガラッ。

 髪と身体を洗い、浴槽に浸かると身体中の力が抜けていくような感覚に襲われる。


「ふぅ……」湯船に顔を沈めると、ブクブクと泡が立つ。



 菜々子は何を言おうとしていたのだろうか。今になって、気になってきた。



「何やってんだよ、俺」大洋はため息をついた。



 ――ザバッ。

 勢いよく立ち上がり、浴槽から出た。



「ふぅ……よし」大洋は脱衣所に戻る。


 そこにはバスタオルとパジャマが用意されており、洗濯機も回っていた。


「ありがとう」菜々子に聞こえないくらいの小声で呟きながら、パジャマに袖を通した。



 そして、ドライヤーを手に取り、髪を乾かす。

 髪を整え、寝室に向かう。菜々子はそこには居なかった。


 大洋はリビングに戻る。


「まだ起きてたのか」

「うん。もうすぐ寝るよ」菜々子は寝室に戻った。


 大洋は寝る前に充電しようとスマートフォンを探す。


「あれ? どこ置いたっけ?」一通りリビングを探してもやっぱり無かった。


 大洋は寝室に戻る。


「菜々子、俺のスマホ知らないか?」

「そこに置いてあるよ」菜々子が指を差した棚の上に置いてあった。


「あ、あった」置いた記憶はないなと疑問に思いながら、スマートフォンに充電器を挿す。


「電気消すぞ」

「いいよ」



 ――パチッ。

 部屋の明かりが消え、暗闇に包まれる。


「おやすみ」

「うん、おやすみ」


「……」

「……」菜々子はガサゴソと大洋の身体に密着してくる。


 大洋は菜々子のお腹を撫でた。

「くすぐったい」菜々子は体をびくつかせる。


「少し大きくなった?」

「なってない」


「なったよ」

「それは太っただけ」菜々子は機嫌を損ねたのか、離れて行ってしまった。


「ごめんって」大洋は菜々子を後ろから抱きかかえ、身体を触る。


 菜々子の身体は柔らかかった。


 細い手足を撫でているうちに寝てしまった。




 燃え盛る心の炎を鎮火させるようにポツポツと雨が降り始める。


 傘を買い、コンビニを出る。


 ――何がしたかったんだろう。

 自問自答しながら、煌びやかな世界を背を向け歩く。


 当然、答えを出せるわけもなく、抜け殻のようになっていた。



 駅に近づくにつれ、冷たくなって行く。



 雨宿りしているのか、ビルの軒下でしゃがんでいる女の子がいた。


 顔を隠していて、分からなかったが、同世代くらいの子に見えた。



 それどころか、よく知っているような既視感があった。


「梅崎?」大洋が呼び掛けると、彼女は顔を上げた。


 学校で会う彼女とは雰囲気が違っていたが、紛れもなく彼女だ。


 数時間前に告白した梅崎が、間違いなくそこにいた。


 彼女もこちらに気がついた。


「あ……」梅崎と目が合うと彼女はすぐに目を逸らし、顔を伏せた。


「ど、どうしたの?」彼女は泣いていた。

 状況が飲み込めなかったが、急いで駆け寄る。



 梅崎は首を横に振った。


 話すつもりはないらしい。



 それでも、どうにかしたかった。


 好きだから。


 放っておけなかった。



 彼女は走って逃げる。


「待って!」大洋は走って追いかけ、梅崎の腕を掴んだ。


「ちょっと離して!」梅崎は叫ぶ。


 周囲の人にジロジロと見られた。


「大きな声出すなよ」

「ごめん」


 二人は少し落ち着きを取り戻して、その場を離れた。


 人目につかない場所にベンチがあったので、そこに座る。

「なんでこんな時間に、こんなところにいるんだよ」


「そっちこそ、なんで」梅崎は不貞腐れた表情で言った。


「俺はいいんだよ、別に」

「なんで、あんたはいいのよ」


「俺は男だから。自分の身は自分で守れるから」

「なにそれ」彼女は深い溜め息をつき、思い詰めたように地面を見つめる。


 二人の間に沈黙が流れた。


「あんただって、見られたらまずいんじゃないの?」しばらくして梅崎が言った。


「どうして?」

「酒臭いよ。顔も赤いし」大洋は、自分の頬を触る。


「別にいいだろ、お前には関係ないし」と言おうとしたら、ふとカスミの言葉が頭の中に過った。


 ――もっと弱いところを見せたほうが好かれるよ。


「一人で遊んでたからな」

「へー、一人で?」少し意外そうに目を大きくした。


「だって俺、友達いねーし」

「え? いつも一緒にいる仲良い子は?」梅崎は言った。


 興味が無いと振った割には、よく知っているみたいだ。


「あいつは友だちじゃねーし」

「何、喧嘩でもしたの?」


「ちげーし、そんなんじゃ……」

「じゃあ、どうしてそんな酷いこと言うの?」彼女の声が、少し強くなる。



「あいつにとって俺はただの金づるで都合の良い奴なんだよ」大洋は胸の内を正直に話した。


「あんたにも色々あるんだね」

「お前にもあるのか? 色々」梅崎は気まずそうに目を逸らし、俯いた。


「うん、まあね……」彼女は何か言いたげに口を開くが、何も言わずに口を閉じる。


 大洋は、顔をじっと見つめ、彼女が話し出すのを待った。



「私のお父さんが経営してた会社が、潰れちゃってさ」梅崎は呟き、下唇を噛む。


「そうだったのか……」大洋は驚き、彼女の横顔を見つめる。

「だから、学費もろくに払えなくて」辛そうな表情で、唇をぎゅっと結んでいた。



「学費……それで――か」梅崎は地面を見つめたまま、頷く。


 彼女の姿は、いつも教室で見ていたものとは全く違っていて、とても小さく見えた。


 これが本当の姿なんだと思わされた。


 弱いのに必死に地面に這いつくばって生きて、汚れた世界を知ってしまった。



 大洋は彼女の手を握る。


 その手はとても小さくて、力を加えれば潰れてしまいそうだった。


「辛い……もう辞めたい」梅崎は背中を震わせながら、泣いていた。


 大洋は、そんな彼女を守ってあげたいと思った。


「もう頑張らなくてもいいんじゃないか」大洋の言葉に、梅崎は顔を上げた。


 彼女は、とても弱々しい表情でこちらを見ていた。


「もう頑張らなくてもいい」もう一度言った。

「でも……」


「金ぐらい俺が貸してやる。だからもう無理するな」大洋は梅崎の目を見つめる。


「俺は梅崎が弱っていく姿を見たくない」自分の正直な気持ちをぶつけた。


 すると彼女は一つ、二つと涙を流し、手を握り返す。


「ありがとう、ありがとう」何度も感謝の言葉を繰り返す彼女が、愛おしく感じ、強く抱きしめた。


 今まで感じたことの無いような高揚感が押し寄せる。



「気にするな、俺を誰だと思ってんだよ」大洋はあの時と同じように歯を見せて笑う。


 あの時、冷たく返した梅崎は、温かく笑ってくれた。


「ありがとう」彼女はもう一度強く手を握った。


 それから、しばらくして2人は付き合いだした。


 そこに愛があったどうかなんて知らない。


 果穂からすれば、いい金づるだったのかも。


 それでも良かった。



 彼女が雨の中1人で傘も差さず座り込んだ姿を見るのはもうごめんだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ