第10話 俺の弱いところ
「ちょっと、お兄さん」ガタイのいい男性が声をかけてきた。
大洋は足を止める。
「一杯、どうっすか? サービスしますよ」キャバクラかガールズバーか、どちらか分からないが、客引きをしているようだった。
声を掛けられると、羽目を外したくなった。
「いいっすね」大洋はキャッチのお兄さんについていく。
「お兄さん、若いっすね。何歳っすか?」
「二十歳です」
「キャバは初めてっすか?」
「そうですね」少し歩くと店に着いた。
店は、落ち着いた外観で、高級感があった。
一歩、夢の世界に踏み入れた。
黒服に席を案内される。
「お飲みものは何にされますか?」
「ウ、ウイスキーの水割りで」どんな女の子が席に着くかドキドキして待つ。
「カスミです。よろしくね」金髪の胸の大きい若いお姉さんが隣についた。
黄色いドレスを着ていて、谷間が見えていた。
大洋は谷間に釘付けになる。
「よろしくお願いします」
「そんなにおっぱい、ジロジロ見ないでよ」
「すいません」
「名前は何て言うの?」
「大洋です」
「大洋くんか。飲み物作るね」カスミは慣れた手つきで、グラスにウイスキーの水割りを作る。
「おっぱい、好きなの?」
「まあ……はい」
「でも、顔見て話そっか?」
「すいません」大洋は顔見てすぐに目を逸らし、テーブルに置かれたグラスを手に取り、酒を口にする。
緊張からか、味がしなかった。
「可愛い。大洋くんってもしかして」
「はい?」カスミは耳元に顔を近づける。
「童貞?」大洋は一瞬にして耳まで真っ赤になった。
静かに頷く。
「へーそっかー」カスミは笑みを浮かべた。
「恥ずかしがらなくていいんだよ」彼女は大洋の肩を叩く。
「はい、そうですよね」
「今日はなんで来たの?」
「電車で」
「じゃなくて」
「理由よ、理由。何か話したいこととかあるんでしょ」
「あーはい。同級生の女の子に告白してフラれたんです」
「ふーん、そっか。それは残念だね」
「はい……」
「大洋くん、モテそうなのにね」
「モテますよ」
「自信満々だね~」
「だって、ホントですから」
「ふふ」カスミは揶揄うように笑った。
「なんで笑うんですか」
「そういうところじゃない?」
「そういうところ?」
「自信満々なところ」大洋は何も言い返せなかった。
「自信あることはいいことだけど、もっと弱いところ見せた方が好かれるよ」
「なるほど。弱いところか」
「あるでしょ? 格好悪くたっていいんだよ」
大洋は心に引っかかっていた石ころが取れた気がした。
「俺はおっぱいに弱いです」
「もう~」カスミは嬉しそうだった。
「ねえ、大洋くん」
「はい」
「私に隠してることあるよね」
「隠してること?」カスミは再び、耳元に唇を近づけた。
「未成年でしょ?」大洋は店内を見回し、周囲に誰もいないことを確認する。
「本当のこと言ったら、おっぱい触らせてあげるけど、どうする?」カスミはもう一度、耳元で囁いた。
「本当は18歳です」大洋はカスミにしか聞こえないように伝えた。
「本当のこと言えたね。でも、もう結構飲んじゃったね」酒の入ったグラスは空だった。
「もう一杯飲む?」
「いいえ、やめときます」
「そう?」
「はい」大洋が返事すると、黒服がそっと現れる。
「カスミさん、お時間です」
「ごめん、行かなきゃ」カスミは席を立った。
「またね」彼女は1回2回手を振って、別のテーブルに移っていった。
また別の女の子が隣に座る。
「サリです。よろしくお願いします」茶髪の黒いドレスを着た女の子だ。
「すいません!」大洋は黒服に声を掛けた。
「はい、どうされました?」
「さっきの子はもうつかないんでしょうか?」
「そうですね。ただ指名して料金払えば、来てくれますよ」
「じゃあ、指名します!」
「かしこまりました」少しすると、カスミがやってくる。
「指名ありがとう。お金大丈夫?」
「大丈夫。お金はあるから」
「そっか。なんで、指名してくれたの?」
「話しやすかったから。それにさ」
「それに?」
「まだおっぱい触ってないから」
「もうやだ、エッチだね~」カスミはやだと言いながら嬉しそうだった。
「いいよ」大洋は、指一本でツンと控えめに触れる。初めて触るそれは、プニプニとしていて柔らかかった。
「それだけでいいの?」カスミは大洋の手を掴んでガッシリと揉ませる。
「ちょっと!」大洋は慌てふためいた。
「可愛いなもう」
「揶揄わないでくださいよ」
「だって可愛いんだもん」
「だからって」
「でも触りたかったんでしょ?」
「そうですけど……もう一回いいですか?」
「ダメ。もうおしまい」
「えーそんなぁ」
カスミと話しているとあっという間に時間が過ぎていく。それは、それは楽しかった。
「ねぇ、手出して」カスミは大洋に命令する。
「なんですか?」彼女に従い、右手を差し出した。
すると、カスミはバッグから何かを取り出し、大洋に握らせた。
紙みたいな物。手のひらを開いて確認する。
「大洋くんからは、取れないから」彼女は小声で話す。
折り曲げられたものは、数字と人物像が描かれたものだった。
「え、お金はちゃんと払いますって」
「いいから黙って受け取って。ねっ?」カスミは後に引かなそうだ。
こういうこともあるのかと、大洋はこっそりポケットにお金をしまった。
別れの時間がやってくる。大洋は会計を済ませる。
「またね!」カスミはささやかな笑顔で手を小さく振り、見送る。
もう2度と来るんじゃないよと優しく突き返すようだった。
それは冷たくもあり、温かかった。
キャバクラにハマる大人の気持ちが何となく分かった。
あいつらといるよりはるかに満たされる。
でも一人で帰る夜道は空虚感があった。