変わってしまった過去
目を覚まし、すぐにスマホを手に取って日付を確かめる。そして過去に戻ったままだということを確認して、ほっと胸を撫で下ろす。
あの日から三日間、私はこの世界で過ごしていた。
朝起きて、ごはんを食べて、学校へ行き、授業を受ける。
学校が終わったあとは、友達と過ごしたり、読書をしたり、テレビを見たり。
そして夜寝て、また朝起きる。
つまり、今までの高校生活となんら変わりない、普通の日常を過ごしていたわけである。さすがにもう、これが夢だとは思わない。
「けど、なんで……」
ベッドから起き上がり、机の引き出しにしまってある骸骨の時計を取り出す。
この時計のおかげで過去に戻れたということは間違いない。だけど、なんで私のカバンにこの時計は入っていたんだろう。偶然どこかでカバンに紛れ込んだと考えるには、私にとってあまりに都合が良すぎる。そう考えると、誰かが私のカバンに入れたということだ。
「いったい、誰が何のために?」
リアルな骸骨と目が合う。
この時計の見た目からして、神様や天使ということは考えにくい。どちらかというと、悪魔的な存在の可能性が高いのではないか。
だとしたら、何か代償が必要なのかもしれない。過去に戻るという、通常では考えられない現象だ。小さな代償では済まないだろう。魂を奪われるのかもしれない。
「それでもいい」
もともと捨てようと思っていた命だ。それで純くんの命が助かるのなら、悪魔に魂を捧げてもかまわない。でもなんで事故の直前じゃなくて、二年半も前に戻ったんだろう……。
「う~ん、わかんない」
いくら考えたところで、わからないものはわからない。とにかく二年半後の卒業式前日に、純くんの事故を回避することができればそれでいい。それまでは二度目の高校生活を楽しむことにしよう。明日から夏休みだしね。
学校に向かう途中、電車に揺られながら私は頭を抱えていた。
う~ん、困った。明日から夏休みだというのに、純くんからデートのお誘いがまったくこない。べつに私から誘ってもいいとは思うんだけど、本来の歴史に逆らうようなことはなるべくしたくない。
私の記憶では、夏休み初日が純くんとの初デートの日のはず。それは絶対に間違っていない自信がある。
本来なら、告白が終わってすぐに純くんが一緒に観に行こうって誘ってくれて、夏休み初日に映画を観に行くことになったはず。その誘いが、この間の告白のあとにはなかった。
やっぱりあの日、大泣きしてしまったのがまずかったのかな……。面倒くさい女だと思われてしまったのかもしれない。
「どうしよう……」
「何かあったのか?」
入口すぐ横の座席に座っていた私の頭上から、不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「古海先輩っ! なんでこの電車に乗ってるんですか?」
いや、たしか本来の過去でもこの日、古海先輩はこの駅から乗ってきていたような気がする。
「昨日はこっちのほうに用事があってな。遅くなったから叔母さんの家に泊まったんだ」
「そうなんですね」
この間は夢の住人だと思っていたからほとんど目も合わせなかったけど、相変わらずかっこいい先輩だ。私も女子の中では背が高いほうだけど、古海先輩はクラスの男子たちと同じくらい背が高い。
「それで、何があったんだ少女よ」
う~ん、どうしよう。明日が本来なら純くんとデートの日なのに、とかは言えない。でも、古海先輩がくれた映画のチケットも関係あることだし……。
「ここじゃちょっとあれなんで、駅に着いたあとで歩きながら話してもいいですか?」
「なるほどな、やっぱりそういうことか。問題ない」
人に聞かれない場所でということで、古海先輩はすぐに純くんとのことだとわかったようだ。
学校の最寄駅に着くまでは、久しぶりに古海先輩と他愛ない会話をして、とても懐かしい気持ちになった。