告げられなかった思い
「実は、私は志和先輩のことが……中学のころからずっと好きだったんです……」
それを聞いても私が驚くことはない。純くんに接する普段の態度から、そうなんだろうとは思っていたから。
「志和先輩が中学を卒業するまでに、この気持ちを伝えようって思ってたんですけど、振られたときのことを考えると勇気が出なくて……。結局、告白できないまま志和先輩は卒業していきました」
「わかるわ、その気持ち。振られてしまったら、今の関係が崩れてしまうかもしれないものね」
東堂先輩は目尻に薄っすらと涙をにじませ、そっと息をついた。くじらちゃんも、うんうんと何度も頷いている。
「それで、志和先輩と同じ高校に入学できたら、今度こそ告白しようって決めたんです。私、成績悪かったんですけど、うちの高校に入るために中三のときは必死に勉強を頑張っていました。だけど、志和先輩に会えるかなと思って文化祭に遊びに行ったとき……」
文化祭? 今回のタイムリープでは、私は一年生のときの文化祭を変えていない。過去を変えなくても、私の知らない何かがあったということだ。
「志和先輩に会うことはできたんですけど、一緒にいた月田先輩から、志和先輩に彼女ができたことを聞いたんです。ショックでした。志和先輩に彼女ができるわけないって思ってたから。志和先輩のよさがわかるのは私だけだって思ってたから」
そっか……。私が過去を変えなくても、純くんとメダカちゃんは文化祭で会ってたんだ。そして、そこでメダカちゃんは私の存在を知ったわけね。
「それで、なんだか志和先輩に裏切られたような気持ちになって……。あの黒い霧が出てくる気配を感じたんです。でも、私は志──」
「待て待て待てっ! そのときに呪いが発動したということだろ!? そのときからずっと呪いを抑えていたということか!?」
続く話を遮り、古海先輩が慌てた様子で詰め寄ると、メダカちゃんは少し怯えた様子でコクコクと頷く。
「二年近くも……。いえ、優奈の話だと志和くんは、最長で卒業式の前日まで生きていたわ。そうなると三年以上も……」
怯えたメダカちゃんをフォローすることを忘れ、東堂先輩も呆然とした表情を浮かべている。
「叔母さん! そんなことありえるのか!?」
「まあ、待ちなよ。話を全部聞いてからじゃないと、なんとも言えないね。あんたのせいでメダカちゃんが続きを話せなくなっちまったじゃないか。メダカちゃん、この馬鹿がすまなかったね。続きを聞かせてくれるかい?」
瀬名さんに叱責を受け、古海先輩は腕を組んで再び壁にもたれかかる。
「あ、はい。えーと、それで、このままだと志和先輩が怪我をしちゃうって考えて、すぐに呪いを抑えたんです。そのときは彼女がどんな人かまでは知らなかったので、私が高校に入るまでには別れてるって思うことにしました」
「それで、呪いは一度消えたのかい?」
「いえ、消えはしませんでしたけど、中学を卒業するまではかなり小さくなっていました。だけど、入学してから倉住先輩が彼女だっていうことを知って、倉住先輩は志和先輩のいいところをちゃんと知ってるし、可愛くて性格もよくて、私じゃ絶対に勝てないなって考えてたら……呪いの力が強くなってしまったんです」
待って。だったら私が純くんにキスをするかしないかで死ぬ時期が変わっていたのって……。メダカちゃんがキスのことを知ってしまって、呪いが抑えきれなくなるのが早くなったから? そう考えたら辻褄が合う。
いや、でもキスのことを内緒にしていたこともあった。だけど、純くんが確実に誰にも話してないとは限らない。日野原くんと月田くんに話して、どっちかがメダカちゃんに話したということも考えられる。
「でも図書委員になって、倉住先輩のこともすぐに好きになったから、倉住先輩なら仕方がないと思って、志和先輩のことを諦めることにしたんです。そうすれば、呪いもそのうち消えるだろうって思って。だけど、志和先輩のことが好きだっていう気持ちは消えなくて、少しずつ呪いの力が強くなっていって……」
「今日、呪いの力を抑えることができなくなった。というわけね」
言葉を詰まらせたメダカちゃんに代わって、東堂先輩がそう続けた。
「はい。昨日、倉住先輩の話を聞いたとき、東堂先輩の霊能力のことも知って、東堂先輩に相談しようと思ったんです。だけど、こんな力を持ってるって知られたら、先輩たちに嫌われちゃうって思って……それが怖くて、言えなくて……。昨日、話しておけば……ごめんなさい、ごめんなさい、ごべんなさい……」
これ以上はもう何も話すことはないとばかりに、涙を流しながら謝罪の言葉を繰り返し続けた。
何をしても卒業式前日に純くんが死んじゃうのは、もう純くんと会えなくなるって考えて、呪いを抑えきれなくなったと考えれば辻褄は合う。そのほかのことも、メダカちゃんの気持ちが抑えきれなくなる原因を考えれば、すべて辻褄が合う。
だけど、ひとつだけ疑問が残る。
「メダカちゃん、話してくれてありがとう。だけど、もう少しだけ聞きたいことがあるんだ」
「はい、何でも聞いてぐだざい……。うっ……ひっく……」
私の質問に応えるために、一生懸命に流れてくる涙を抑えようとする。
「今回のタイムリープでの今までの私の行動と、メダカちゃんが呪いを抑えきれなくなる原因を考えると、今回の純くんはまだ死ぬはずじゃなかったと思うんだ。だから今回のメダカちゃんが、どうして呪いを抑えきれなくなったのかをおしえてくれるかな?」
この返答次第では、純くんの死の原因は別にある可能性が出てくる。
「はい。昨日、倉住先輩の話を聞くまでは、まだまだ呪いを抑えきれなくなる感じはありませんでした」
そうだよね。今回の私はまだ純くんとキスもしていないし、メダカちゃんに関する過去もそれほど変えたようには思えない。
「だけど……帰ってからひとりになって、私のせいで志和先輩が何度も死んでいるかもしれないこととか、倉住先輩が志和先輩のために過去を繰り返していることを考えていたら、どんどん呪いの力が強くなっていって……」
あー、そういうことか。たしかに私のタイムリープの話は、メダカちゃんの感情を大きく刺激してしまったのかもしれない。それなら今回の純くんの死が早まった原因にも辻褄は合う。
「わかった、ありがとう。これできっと、純くんが次のタイムリープで死ぬことはない」
話がひと段落したことで、古海先輩が先ほどの疑問を改めて瀬名さんに問いかけた。
「さっきのことだが、どう思う?」
「御守りや呪術の類は、対象に向けられた思いの強さによって効果が左右される。話を聞く限り、優奈ちゃんの彼氏のことを傷つけたくないって思いが、普通では考えられないようなことを可能にしたんだとあたしは思うね」
「そうか……。だがそれなら逆に言えば、早い段階で呪いが発動していれば……」
「軽い怪我で済んだかもしれないね。だけどメダカちゃんの呪術の腕前で、人を殺めることができるまで呪いを溜め込むってのは、はっきり言って異常だよ。それだけ優奈ちゃんの彼氏のことが好きだったってことなのさ……」
そっか……。メダカちゃんはそんなに純くんのことが……。
「ねえ、メダカちゃん。最後にもうひとつだけ質問させて」
込み上げる嗚咽を必死に抑え込んでいるせいか、メダカちゃんは言葉を発せず、小さく頷いた。
「メダカちゃんは、純くんのどこがそんなに好きだったの?」
まさか、そんなことを聞かれるとは思いもよらなかったのか、目をぱちくりとさせる。けれどその驚きはすぐに消え去り、涙で濡れた瞳の奥に、自信に満ちた何かが宿っているのをはっきりと感じ取れた。
「私は……志和先輩の笑った顔が好きなんです。優しく微笑んでくれる顔とか、困ったように苦笑いする顔とか、悪巧みをしているときのにやけた顔とか……。ほかにもいろいろありますけど、とにかく志和先輩の笑った顔が、本当に大好きなんです」
やっぱり……私と同じだ。純くんの魅力をちゃんとわかってくれてる。
「そっか。おしえてくれてありがとう」
それだけ告げると、私は一呼吸おいてゆっくりと立ち上がり、テーブルに触れていた手をそっと離した。
「じゃあ、行きましょうか」
「いや、優奈、まだ話は終わってないぞ。呪いの対策を考えるためにも、まだ聞いておくべきことがあるからな」
その場から立ち去ろうとする私を、古海先輩が引き止める。
「いえ、もう大丈夫ですよ。次のタイムリープで純くんが死ぬことはありません」
古海先輩はわずかに眉をひそめ、困惑の色を滲ませる瞳で私を見つめた。




