認めたくない事実
その場の全員の、『聞く準備はできている』と言わんばかりの視線がメダカちゃんに集まる。張り詰めた空気の中、メダカちゃんは下を向いたまま小さく息をつき、ぽつりと話し始めた。
「私のこの力は、人を不幸にする力なんです……」
言葉が途切れ、わずかな沈黙が漂う。どう説明すべきか迷っているのかもしれない。
「怒りだったり、恨みだったり、いろいろありますけど、私が誰かに対して悪い感情を持つと、私の体から黒い霧のようなものが出てくるんです。それで、その黒い霧は私が悪い感情を持った人にまとわりついて、その人を不幸にするんです」
「なるほどね。どんなふうに不幸にするのか、もう少し詳しくおしえてもらえるかしら?」
優しく問いかける東堂先輩にゆっくりと顔を向けると、無言で頷き、再び下を向いて話を続ける。
「えっと……怪我をしたり、大事なものが壊れたり、失くしたりといった感じです。霧の大きさは、私の感情の度合いによって大きかったり、小さかったり、濃かったり、薄かったりするんですけど、濃くて大きいほど……」
「大きな不幸が訪れるわけね」
「はい、その通りです。東堂先輩、私のこの力はやっぱり……」
「ええ、呪いで間違いないと思うわ」
そうであることは予感していたけれど、心のどこかでそれを認めたくなかった。うなだれるメダカちゃんの姿から、そんな心情がひしひしと伝わってきた。
「優奈、ちょっと手を出して」
「あ、はい」
言われるままにテーブルの上に手を置くと、東堂先輩は私の手を包み込むように握った。その瞬間、冷たい何かが私の体に流れ込んでくる。きっと、メダカちゃんのオーラの色を確認しろということなのだろう。
「白っぽい灰色ですね」
「そう。やっぱり呪術師としての才能があるようね。どう思う?」
握っていた私の手を離すと、後ろを振り返り、壁にもたれかかっている二人に意見を求めた。
「間違いなくそうだろうけど、霊力はたいしたことなさそうだね。あたしが思うに、メダカちゃんは駆け出しの呪術師だ。そんな人間が、人ひとりを死に追いやるほどの呪いを扱えるとは思えないけどね」
瀬名さんの言葉は、『原因はほかにある』と言っているように聞こえる。
「うーん、たしかにな。呪いのコントロールはどうしてるんだ?」
古海先輩はじっとメダカちゃんを見つめ、少し考え込むように問いかけた。
「コントロール……ですか?」
古海先輩を見つめたまま首をかしげるメダカちゃんを見て、東堂先輩が簡単に補足を加える。
「呪いを発動させたり、消したりする方法のことよ」
「あ、そういう……。黒い霧は、私が出そうと思って出しているわけじゃありません。勝手に出てくるんです。現れそうになる瞬間はわかるんですけど……」
そう答えたメダカちゃんの顔に一瞬、苦悶の表情が走り、口元がわずかに震えた。その痛々しい表情から心中を察した東堂先輩が、すぐにフォローを入れる。
「呪いが勝手に発動するのは、駆け出しの呪術師にはよくあることらしいの。メダカちゃんのせいじゃないわ。それじゃあ、自分で消すこともできないのね」
「あ、いえ。それはできます。私も人に怪我とかをさせたくはないので、出るな、出るなって強く思えば、私の体の中に戻ってくるというか、留まるというか……。それで、私の中の悪い感情がなくなれば勝手に消えていきます」
瀬名さんが目を丸くして問いかける。
「そんな方法じゃあ、呪いが消えるまでに相当時間がかかるだろう?」
「そうですね……。小さい呪いが消えるまでに、少なくとも数日はかかります」
「まあ、そうだろうね。ひとつ聞くんだけどさ、メダカちゃんは幽霊を視たことはあるかい?」
「いえ、ありませんけど……?」
瀬名さんの質問の意図が理解できず、メダカちゃんは小首をかしげた。
「そうかい。やっぱりこの子は、呪いの扱い方どころか霊力の扱い方もわかってない。まあ、指導してくれる人間がいないんだ。それも仕方がないことかもしれないね。優奈ちゃんの彼氏に対する呪いは、消せない呪いが抑えきれなくて発動したって感じかい?」
「はい……」
純くんのことを言われた瞬間、申し訳なさそうに顔を曇らせ、気まずそうに私の顔色をうかがってくる。
「そんな顔しなくても大丈夫だよ。今の話を聞く限り、メダカちゃんに非があるようには思えないし」
『嘘をついていなければ』という前提ではあるけど、メダカちゃんが嘘をついているようにも見えない。
「うーん、やっぱりどうにも腑に落ちないね。このレベルの呪術師に、人を殺めるほどの呪術が扱えるとあたしは思わない」
「呪いが消えずに、ずっと溜め込んでから発動したとしたら、それも可能なんじゃないのか?」
「いや、駆け出しレベルじゃあ、そこまで強力な呪いになる前に勝手に発動しちまうさ」
考え込むふたりを尻目に、東堂先輩が核心に迫る問いを投げかける。
「志和くんのときは、どういう経緯で呪いが発動したのかしら? そんなに強力な呪いをかけられるほど、志和くんが酷いことをする人だったとは思えないけど……」
「志和先輩は何もわるくありませんっ!」
強く言い切ったその瞳は、今にも零れそうな大粒の涙を必死に堪えるように震わせていた。そして、俯きながら今にも消えそうな声で、絞り出すように言葉を続ける。
「わるいのは……わるいのは全部私なんです……」
「よしよし、わかったわ。じゃあ、ゆっくりでいいから、どうして志和くんを呪うことになったのかを話してくれる?」
その姿を見かねた東堂先輩が、メダカちゃんの震える肩を優しくさすると、堪えていた涙が溢れ出し、ぽろぽろと頬を伝い落ちていった。
「……はい」




