猜疑心
「優奈ちゃん、言っておきたいことがある」
「なんですか?」
まるで二人が戻ってくるのを警戒するかのように、瀬名さんは歩き去った方向に視線を向けながら言葉を続ける。
「言うべきか迷ってたんだけどさ。ちょうどいいタイミングだから言っておこうと思ってね」
「どうしたいきなり。このタイミングってことは、梨々花と貴船には聞かれたくない話ってことか?」
「ああ、くじらちゃんに関することだ。優奈ちゃんがさっきオーラの色を見たとき、くじらちゃんのオーラの色が黒だって言ってただろう? それはどんな黒だったんだい?」
もしかして、くじらちゃんは何か悪いものに取り憑かれているんだろうか。本人に話せないくらいだし。
「どんな黒と言われても……真っ黒としか……」
「灰色っぽい黒とかじゃなくて?」
「そうですね。これ以上ないくらいに黒としか言いようがありません」
「そうかい……」
そうつぶやいたあと、眉間にしわを寄せ、目を細める。苦々しさが滲む沈黙が、車内の空気を張り詰めさせた。
「なんだその顔は。もしかして……叔母さんは貴船のことを何か疑ってるのか?」
「えっ、そんなっ! くじらちゃんが純くんの死に関わってるとかありえません!」
くじらちゃんが私を裏切ってるとかありえない。
「優奈ちゃん、可能性の話だから落ち着いて聞いてくれないかい。さっきは職業病って言って話を流したけどさ、正直、あたしはまだくじらちゃんのことを疑ってる。すべての可能性を考えるのが、あたしたち霊能者だからさ」
そう言って、古海先輩に同意を求めるように首を動かす。
「まあ、それはそうだが……。私はその可能性はないと思っている。何か根拠があって言っているのか?」
「ああ。あたしの昔の知り合いにヒーラーと親交が深かったっていう人がいてさ、その人がこう言ってたんだよ。『呪術師のオーラの色は能力が高いほど黒に近く、低いほど白に近い灰色らしい』ってさ。あんたはそういう話を聞いたことはないかい?」
記憶の糸を手繰るように、古海先輩はじっと考え込む。
「……いや、ないな。だがもしその話が本当だとしても、呪術師として目覚めてないだけじゃないのか? 霊力じゃなくて能力なんだろ?」
「ああ。だけど真っ黒っていうのは、言うなれば呪術師の頂点だ。戦ったらきっと、あたしでも手も足も出ない。そんな凄い呪術師が霊能者として目覚めてないってのが、どうにも納得いかなくてね……」
「あの……ちょっと話についていけないんですけど、霊力と能力って何が違うんですか?」
真剣な表情で議論を交わす二人の間に、遠慮がちに疑問を差し込んだ。
「まあ、わかりやすく言えば、霊力が呪術を使うためのエネルギーで、能力が呪術の種類と霊力の総合力って感じだな。ようするに、貴船が霊能力に目覚めたら凄い霊能者になるってことだ」
「なるほど。でも私は今まで、くじらちゃんに霊能力があるっていう話を聞いたことがありませんよ。こんなにタイムリープを繰り返しているのに。きっと凄い才能が眠ってるだけですよ。私だって今回で初めて、自分にヒーラーの才能があるって知ったわけですし」
「そうだといいんだけどね。ただ、もし目覚めてるのに隠している場合、優奈ちゃんの彼氏の死に何か関わってる可能性があるって思ったのさ」
いや、まさかそんなこと……。でも純くんが死んでしまったほうが、私に対して恋愛感情を持っているくじらちゃんにとっては都合がいい……?
いやいやいや、くじらちゃんは私と純くんのデートのために、遊園地のチケットとか自腹で買ってプレゼントしてくれてたよね。アルバイトまでして、お父さんに貰ったって嘘までついて。
それにタイムリープする前までは、私に対する気持ちを隠してたし。何回目かのタイムリープで告白されたとき、墓場まで持っていく秘密みたいなことも言ってたよね。それなら、純くんが死んでもどうこうなるわけじゃないし……。
うーん、やっぱりそれはないな。くじらちゃん、ちょっとでも疑ってごめん。
「何か心当たりがありそうな顔をしてるね」
うっ……。そういえば瀬名さんは、人の心を見透かすのが得意だったんだ。
私の瞳を見つめる真剣な表情に、遠い過去、タクシーの運転手だった瀬名さんにすべてを見透かされていたことを思い出した。嘘をついても、きっとバレてしまうのだろう。
「正直……ないこともないです。だけど、それはありえないなーって考えてました」
私がくじらちゃんを疑ったことが意外だったのか、古海先輩がわずかに目を見開く。
「どうしてそう思ったんだ?」
「それは……言えません」
そのことを私の口からバラしてしまうわけにはいかない。
「そうか。まあ、誰にでも人に言えない秘密のひとつやふたつはあるからな」
それ以上追及するつもりはない、というように古海先輩はすぐに表情を和らげる。
「すみません。それに、メダカちゃんの不思議な力っていうのが原因っぽいですし……」
「そうだね。まあ、これで彼氏が死ぬことがなくなるなら、あたしの取り越し苦労だったってことさ。すまなかったね、気分が悪くなるような話をして」
「いえ、大丈夫です」
「あっ、ちょうど戻ってきたみたいだね」
瀬名さんの視線の先には、こちらへ戻ってくるくじらちゃんの姿があった。こんな話をしていたことを悟られないようにしなければならない。
「あれ? くじらちゃんだけ?」
車の窓を下げ、少しだけ目を見開きながら、近づいてきたくじらちゃんにそう尋ねた。何も不自然ではないと思う。タイムリープで散々鍛えてきたから演技力には自信がある。
「うん、東堂先輩はメダカちゃんと話してるよ。車はあそこの四番のところに駐めていいって。今日は夜まで誰も帰ってこないみたいだから」
指定された場所に車を駐車させると、すぐにくじらちゃんが乗り込んでくる。どうやらくじらちゃんは、ガイド役として一緒に連れて行かれただけだったみたいだ。
それから五分も経たないうちに、東堂先輩から着信があった。
「もう平気よ。話す場所はここで大丈夫だそうだから、貴船さんに案内してもらって来てちょうだい。瀬名さんのこともちゃんと説明してあるから」
電話を切った私たちは、すぐにメダカちゃんの家に向かった。東堂先輩と一緒に出迎えてくれたメダカちゃんは、さっきまで電話の向こうで泣きじゃくっていたのが嘘のように引き締まった表情をしていた。
どんな魔法を使ったのかはわからないけど、さすが東堂先輩だ……。
「じゃあ、こっちで話しましょう。椅子が足りないから、わるいんだけど瀬名さんと空ちゃんは立っておくか、適当な場所に座っておいてね」
まるで自分の家かのように、東堂先輩は手際よく私たちを迎え入れる。その姿に、メダカちゃん以外の全員が、呆れ顔を浮かべつつ尊敬の眼差しを向けた。
招き入れられたダイニングはそれほど広くなく、食卓の周りに椅子が四脚あるのみ。東堂先輩の指示に従って、入口側に東堂先輩とメダカちゃんが座り、その向かいに私とくじらちゃんは腰を下ろした。
「まあ、顔なじみの梨々花と貴船が一緒に座ってるほうが、メダカちゃんも話しやすいだろうしな」
そう言って、古海先輩が腕を組んで背中を壁にあずけると、瀬名さんも隣で同じように壁にもたれかかる。
「すみません。うち、これだけしか椅子がなくて……」
申し訳なさそうな表情をして後ろを振り返るメダカちゃんに、東堂先輩が優雅に微笑みながらフォローを入れる。
「気にしなくていいのよ。この二人は、こんな風にかっこをつけたポーズで立ってるのが好きなんだから」
その言葉に、古海先輩が何かを言い返したそうな顔をし、瀬名さんは一瞬キョトンとしたかと思うと、口元を隠し、下を向いて小刻みに震え出した。
古海先輩に関してはその通りだと思うけど、瀬名さんに関してはきっとあれだ。さっき“漫画の読み過ぎ“と言われたことに対する仕返しだ。東堂先輩の満足そうな表情がそれを物語っていた。
それに気がついたから、瀬名さんは笑いを堪えきれなくなったんだろう。こんな状況でも仕返しを忘れない東堂先輩が怖い……。
「それじゃあ、メダカちゃんの話を聞きましょうか」




