骸骨の時計
遠慮がちにドアをノックする音が聞こえ、まどろみの中からゆっくりと意識が浮かび上がる。
いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまっていたみたい……。
枕に顔をうずめて瞼を固く閉じたままでいると、微かにまたノックの音が聞こえた。
たぶんお母さんだ……。
返事をせずにそのままじっとしていると、ドアを静かに開く音が部屋に溶け込んだ。
「優奈……起きてる?」
「……うん」
どうにか一言だけ返すと、お母さんはゆっくりとベッドまで近づいてきて、壁を向いて横たわる私を後ろから優しく抱き締めてくれた。
「休んでもいいのよ。卒業式だからって無理して行くことないんだからね」
まだ覚醒しきれていない意識の中で、『昨日の出来事はもしかしたら夢かもしれない』と考える私の淡い期待は、お母さんのその言葉で一気に崩れ去った。
「うっ……ひぐっ……純くん……」
泣き出す私の背中を、何も言わずに撫で続けてくれるお母さんの気遣いが胸に沁みて、涙がとめどなくこぼれ落ちる。
人生を共に歩んでいくのなら、最愛の人ともいつかは別れがくるのはわかっている。だけど、こんなの早すぎるよ……純くん。私たち、まだ高校生だよ。
悲しみと寂しさが同時に突き上げてきて、顔をうずめる場所を枕からお母さんの胸に移した。お母さんは私が落ち着くまで何も言わず、ただそっと抱き締め続けてくれた。
「大丈夫? 朝ごはん持ってくるわね。食欲ないだろうけど、お味噌汁だけでもいいからお腹に入れておきなさい」
キッチンに向かうために部屋を出ていくお母さんの背中を見つめながら、『卒業式に出よう』と決意した。
お母さんには申し訳ないけど、私はもう純くんなしでは生きていけない。だけど最後に、高校を卒業する姿くらいは見せてあげたいと思う。
準備を始めるためにベッドから立ち上がり、机の上に置いてあるカバンに目をやると、サイドポケットから何か黒いチェーンのようなものが出ていることに気がついた。
入れた覚えのないそのチェーンを引き抜くと、裏面にリアルな骸骨の意匠が施された、ピンポン玉くらいの大きさの丸い時計が飛び出してきた。
「高そうな時計……。どこで紛れ込んだんだろう」
じっと見つめていると、骸骨のリアルさのせいか、なんだかこの時計には不思議な力があるような気がしてくる。そんなことは起こりえないとは思いつつも……
「純くんが事故に遭う前に戻れ」
と口にしながら、時計の上部についているボタンのようなものを押してみた。その瞬間――
風が耳を打つような速さで吹き、目の前の景色が急速に後退していく――
「えっ……う……うそっ……!?」
ゴーッという轟音が響き渡り、景色が光の帯となって流れ、すぐに消え去る――
一瞬とも、数秒とも感じられる、その現象がおさまった瞬間――
私の目の前には、びっしりと本が敷き詰められた棚がそびえ立っていた。着替える気力もなく、着たまま寝ていた冬用の制服は、いつの間にか夏用の制服に変わっていた。
ここは……高校の図書室、だよね? 何が起こったの? まさか、本当に時間が巻き戻ったとでもいうの?
手に持った骸骨の時計に視線を落とす。だけど、この時計では時間しか確認できない。それならスマホで日付を確認しようと、制服のポケットを探ってみても空っぽだ。ほかに何かないかと周囲をきょろきょろと見回しても、日付を確認できるものは何も見つからない。
あっ、貸し出しカウンターなら、カレンダーもデジタル時計もあるよね。
そう考えて、一歩足を踏み出そうとしたその瞬間――
聞きなれた、それでいて懐かしい声が室内に響き渡った。
「よ~し、倉住もあとは明日の昼当番の仕事にしていいからこっちにおいで~」