変わらない光景
文化祭の日から二か月近くが経っても、栗谷さんはまだ彼氏とよりを戻しそうな気配がない。それが原因で私は、過去を変えることに対して臆病になっていた。
だから今日も過去と同じように、昼間にショッピングモールで純くんとデートをして、夕方から始まるパーティのために純くんの家に向かっている。
「あっ、風馬と海斗だ」
バスを降りて家に向かう途中、角を曲がった先に、楽しそうに話しながら歩く二人の男の子の後ろ姿が見えた。
純くんが少し声を張り上げて呼びかけると、振り向いた二人は私たちの存在に気づき、進んでいた方向からゆっくりこちらへと歩みを戻す。
「よっ、リア充のお二人さん、ナイスタイミング」
「優奈ちゃん、せっかくのイブの夜を邪魔してわるいな」
月田くんが軽く手を振りながら声をかけてきて、隣を歩く日野原くんがちょっと皮肉っぽく謝ってきた。私はそれを笑顔で受け流す。
「全然そんなことないよ。誕生日パーティなんて小学校以来だし、みんなで祝ってもらったほうが純くんもきっと嬉しいと思うよ。ねっ?」
「うん。幼稚園のころから毎年やってるから、風馬と海斗に祝ってもらえないのはちょっと寂しいかな」
「ならよかった。優奈ちゃん、恨むならクリスマスイブなんかに生まれたこいつを恨んでくれよな。いやー、今年もおばちゃんのケーキと手料理にありつけてよかったぜ」
もし栗谷さんの件がなければ、私はきっと過去を変えて、純くんと二人でイブの夜を過ごす計画を実行していた。だけどこれでよかったのかもしれない。
嬉しそうにおどける日野原くんの笑顔を見てそう思った。
「海斗は本当に食い意地が張ってるよな。その割には背が伸びないけど」
「うっせえ! お前と純輝がでかすぎなんだよ! もうさっさと行こうぜ!」
日野原くんがひとりで拗ねて歩き出す姿に、みんなで思わず笑い合う。この瞬間が本当に幸せだと感じた。
純くんの家に着くと、尻尾を元気よく振りながら吠えるシロマルが庭から私たちを歓迎してくれる。
玄関を開けると、お玉を片手に持った純くんのお母さんが優しい笑顔で出迎えてくれ、家の中に漂う料理の香りが私たちの空腹をやんわりと刺激した。
「あら、今年はひとり増えるって聞いてたけど、風馬くんが彼女を連れてきたんだね~。可愛い子じゃない」
お義母さんは過去と同じように、私のことを月田くんの彼女だと勘違いする。
「残念ながら俺の彼女じゃないよ」
「あら、そうなの。じゃあ、バスケ部のマネージャーさんとか? こんなに可愛い子がこの二人の彼女ってことはないだろうしね~」
このくだりもまったく変わっていない。今回も純くんは私のことを事前にお義母さんに何も話してくれていなかったということだ。
「おばちゃん、自分の息子はいいとして、それは俺に対してめちゃくちゃ失礼じゃね?」
「あははっ、ごめんごめん。でも純輝と海斗くんが女の子にモテないのは本当のことじゃない」
「ぐぬぬっ……。その通りだから何も言い返せねぇ。てか純輝、お前何も話してなかったのかよ」
「う、うん。なんか照れくさくて……」
日野原くんをからかって楽しんでいたお義母さんは、的を得ない二人の会話に首をかしげる。
「お前はほんと、そういうとこ昔からだめなやつだよな。ちゃんと話しておかないと困るのは優奈ちゃんだろ」
「ごめん」
「俺に謝ってどうすんだよ、まったくお前は。おばちゃん、この子は風馬の彼女でも俺たちのマネージャーでもなくて、おたくの息子の彼女だよ」
日野原くんが援護をしてくれたタイミングを見計らって、私はお義母さんに挨拶をする。
「あの、はじめまして。倉住優奈と申します。よろしくお願いします」
「じゃ、そういうことで、おじゃましまーす」
「俺もおじゃましまーす。いい匂いだなー」
お玉を手に持ったまま固まるお義母さんの横を通り抜けて、二人は家の中に入っていった。
「……本当なの? 私にドッキリを仕掛けてるとかじゃなくて?」
「はい。純くんとお付き合いさせていただいてます」
私の言葉を聞いたお義母さんは、純くんのことを鋭い目つきで睨みつける。
「純輝、あんたこの子の弱みを握って彼女にしてるんじゃないだろうね?」
「僕がそんなことするわけないだろっ!」
「そうだよねー。あんたにそんなことをする度胸があるわけがないわよね。ってことは、本当にあんたの彼女なんだ……」
「だから最初からそう言ってるじゃないか」
純くんはまだひと言も彼女だと言ってくれてない、という不満は私の心の中だけにしまっておく。
「優奈ちゃん、だっけ?」
「はい」
「今日から私のことはお母さんって呼んでね。さっ、入って入って。いやー、娘を産むのは諦めてたけど、代わりにこんなに可愛い娘ができるなんてね~」
家の中だというのに、小さくスキップをしながらお義母さんは奥に戻っていく。その姿を見ていると、私が純くんの彼女であることを本当に喜んでくれているのだと実感できて、心の奥深くに温かい感情が広がっていった。




