栗谷さんの破局
一年生として過ごす文化祭はこれで三回目のはずなのに、ほんの少し行動を変えるだけで、まるでまったく違う文化祭に参加しているような気分になる。
その気持ちが不思議な感覚を呼び起こし、前回までは興味の欠片も湧かなかった出し物ですら楽しく感じられた。
そんな文化祭もあっという間に終わりが近づき、残るは最後の後片付けだけとなった。
「じゃあ、落書き消すの頑張ってね」
「うん。打ち上げが終わったら連絡するよ」
「わかった」
純くんの教室の前で軽く別れを告げ、二つ隣の自分の教室へ向かう。その途中、廊下の窓辺にもたれかかって外を眺めるクラスメイトの姿が目に入った。
「あっ、栗谷さん! 羊羹ありがとう。びっくりするくらい美味しかったよ」
「そう……。喜んでもらえたならよかった」
ゆっくりとこちらを振り向いた栗谷さんからは、覇気がまったく感じられない。茶屋のシフトを交代したときには、あんなに生き生きとしていたのに。
「どうしたの? なんだか元気がないみたいだけど」
「うん……実は、彼氏と喧嘩して別れちゃったの」
「えっ……」
嘘……私のせいだ。栗谷さんの彼氏が文化祭に来るように私が仕向けたから……。
「ごめんなさい、私が余計なことを言ったせいで……」
「倉住さんのせいじゃないよ。今日別れなかったとしても、きっといつか別れてたんだと思う」
そんなことない。卒業したあとのことはわからないけど、それまでは今の彼氏とずっと付き合ってたはずだ。
「そんな顔しないで。本当に倉住さんのせいじゃないから、気にしなくていいよ」
絶対に私のせいだ。私が栗谷さんの過去を変えたから……。
「ありがとうございましたー!」
「あっ、栗谷さんと倉住さん!」
「おかえりー。ちょうど今、誰もいなくなったところだよ」
タイミングがいいのか悪いのか、最後の来客を見送ったクラスメイトたちが廊下にいる私たちに気づいて声をかけてくる。
「じゃあ、片付け始めようか。教室に入ろう、倉住さん」
栗谷さんはそう言うと、どこか無理のある笑顔を浮かべながら、私の手にそっと触れた。
「う、うん」
どうしよう……。私のせいで別れちゃったのに、逆に気までつかわせちゃってる……。
彼女に手を引かれて教室に入ったあとも、文化祭の後片付けをしている最中も、私の心の中には罪悪感が渦巻き続けていた。
日が沈む頃には後片付けも終わり、担任の先生が少しだけ話をしてから私たちのクラスは解散となった。
「じゃあね、倉住さん」
「……うん、また来週」
まるで何事もなかったかのように別れの挨拶をしてくる栗谷さんに、私はただいつものように返事をすることしかできなかった。
複雑な思いを抱えたまま教室を出て、まだまだ後片付けに忙しい純くんのクラスの前を通り過ぎる。昇降口に向かって階段を下りていると、後ろから私を呼ぶ声がした。
「優奈ちゃ~ん」
「あ、くじらちゃん」
立ち止まって振り返ると、くじらちゃんは急いで階段を下りてきて私の隣に並んだ。
「ふぅ、追いついた。帰るの?」
「うん。くじらちゃんはクラスの子たちと打ち上げとか行かないの?」
前回もくじらちゃんとは一緒に帰ったけど、今回は私が過去を変えたことで予定が変わってるかもしれない。
「行かないよ。私、そういうのは苦手なんだよね。優奈ちゃんこそ志和くんはいいの?」
「純くんはクラスの打ち上げ。私もそういうのは苦手だから、ひとりで帰ろうとしてたとこだよ」
本当は今回、クラスの打ち上げに参加してみようと考えてたけど、栗谷さんのことがあってそういう気分ではなくなってしまった。
「じゃあ、一緒に駅まで行こう」
「うん」
校門を出て駅に向かう道を歩きながら栗谷さんの件について相談すると、くじらちゃんはそれまでの穏やかな笑顔を消し、真剣な顔つきで私の話に耳を傾ける。
「そっかー。たしかに今日、彼氏が文化祭に来なければ別れなかったかもしれないけど、栗谷さんの言う通りなんじゃないかな。喧嘩の原因はわからないけど、楽しいはずの文化祭で別れるくらいだから、そのうち別れていたんじゃない?」
タイムリープしてなければ私も同じ意見なんだけどね。くじらちゃんのことは親友だと思ってるけど、さすがにタイムリープする前は別れてなかったとは言えないし……。
「それにさ、別れてもすぐによりを戻すカップルって多いよね。栗谷さんも案外そうだったりするかもしれないよ」
「えっ?」
「だーかーらー、本当にお互い好きなら、別れてもまたすぐに元サヤに戻るでしょ」
そうだ、その可能性を考えてなかった。栗谷さんは卒業するまで今の彼氏と付き合ってたけど、その間に一度も別れてないとは限らない。
「そうだよね、きっとよりを戻すんだ……。ありがとう! くじらちゃんに話してよかった」
「戻すかどうかはわからないけど、優奈ちゃんが気にすることは何もないと思うよ」
純くんの死の運命だって簡単には変わらないんだもん。栗谷さんと彼氏の運命も、きっとすぐにもとに戻るはずだよね。




