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リープ彼女 ~死神になった少女~  作者: 現世
第一章 過去を変えてはいけない
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相反する気持ち


「ここでいいのかい?」


「はい」


 マンションの入り口前にタクシーを停車させると、お姉さんは分厚いバッグを取り出してファスナーを開く。その中身を見て、何をしようとしているのかすぐに気がついた。


「お釣りはいいって、お義母さんが言ってませんでしたっけ?」


「バカ、チップならありがたく頂戴するけどさ、これはチップとはちょっと違うだろう? この金を受け取るのは、あたしの矜持(きょうじ)に反する」


 お義母さんがいいって言ったんだから貰っておけばいいのに。律儀な人だなー。


「ねえ、お姉さん」


「あん?」


「もし私が行き先を変更しなかったら、お姉さんはそのまま私を学校まで送ってくれましたか?」


 その場合でも、きっとこの人はどこかのコンビニにでも停まって、私が死ぬのをやめさせようとしてくれただろう。


「さあね」


「それは、そのまま学校には送らなかったってことですね」


 言葉を濁すということは、そういうことなのだろう。


「わかってんなら聞くんじゃないよ。学校の前で降ろしても、そのままどっか別のとこに行っちまうかもしれないだろう? だったらあたしが止めるしかないじゃないか」


「でも、止めなくても誰も何も言いませんよね?」


「目の前に自殺するってわかってるやつがいて、そのまま見過ごすのもあたしの矜持に反するのさ。彼氏の母親にも頼まれたしね」


 最後に照れ隠しでそう言ったお姉さんに、私は反撃の糸口を見つけた。


「じゃあ、そのお釣りはお姉さんが貰っておいてください。お姉さんは、お義母さんに頼まれたことを立派に果たしてくれたんですから」


 お姉さんが止めてくれなかったら、私はここで純くんの命を救うことを諦めていた。


「そのお金は私の自殺を阻止するっていう、お義母さんからの依頼の対価です。それならお姉さんの矜持には反しませんよね?」


「……っち、わかったよ。貰っておけばいいんだろ」


「はい、そうしてください」


 やった! お姉さんに一矢報いることができた気がする。


「じゃあ、最後にひとつだけ約束してくれるかい?」


「何ですか?」


「もしまた死にたくなったときは、死ぬ前にあたしに会いに来な」


「……はい」


 後部座席のドアがひとりでに開く。もう降りてもいいということだろう。


 何だか変な気持ち……。次に会ったときにお姉さんには、私のことを覚えていてほしいけど、覚えていてほしくない。

 覚えているなら、お姉さんにまた相談はできるけど過去に戻れなかったということ。覚えていないなら、もう一度過去に戻れたということだ。

 でも過去に戻ったら、私のことを知らないお姉さんに相談はできない。今日のお姉さんとの出会いが、なかったことになってしまうのがとても悲しい。


「そんな顔するんじゃないよ。大丈夫さ。あたしはきっと、あんたの気持ちを理解してやれる。次に会ったときには、最初から何もかも全部話しちまいな。あたしを信じてさ」


「わかりました」


 車から降り、私は深々と頭を下げる。


「お姉さん、本当にありがとうございました。私、頑張ります」


「ああ、彼氏のこと、絶対に救ってやりなよ」


 お姉さんは最後にそう言い残すと、すぐに後部座席のドアを閉め、勢いよく走り出していった。私は去っていくタクシーの後ろ姿を呆然と眺める。


「……ははっ、次に会ったときに、お姉さんを信じて最初から全部話せっていうのはそういうことですか……」


 普通の人とは違う、勘の鋭いお姉さんは、私が過去に戻れることを見抜いていた。そして確信していたんだ。そうじゃないと、純くんが死んだことを知っているお姉さんが最後にあんなことを言うのはおかしい。


「わかりました。次にお姉さんに会ったときには、お姉さんを信じて最初から何もかも話すことにします」


 あーあ、一矢報いたつもりだったのに、結局また最後にしてやられた気がする。


 お姉さんの車が見えなくなるまで見送ったあと、私はマンションの入り口へと向かった。

 静かなエントランスを通り過ぎ、一階で待機していたエレベーターに乗り込む。ほかに乗ってきそうな人もいないので、すぐに閉じるボタンを押した。


 まずはあの骸骨の時計で、もう一度過去に戻れるか試してみないと……。


「倉住優奈さん、ですね」

「きゃあっ!」


 斜め後ろから突然かけられた声に、全身の毛が逆立ち、胸がギュッと締めつけられる。


 声のほうに振り返ると、まるで映画に出てくる海賊のような衣装を身にまとう、片眼鏡をかけた白髪白髭の男性が(たたず)んでいた。


 このエレベーターに乗っているのは私だけだったはず……なのに、どうして?


「あなたは……もしかして……」


 見覚えのないこの男性の異様な風貌(ふうぼう)に、ある人物が脳裏をよぎった。


「おそらく、あなたが思い浮かべている通りでしょう。『時計の持ち主』と言えば、ご理解いただけますか?」


 やっぱり! どうしよう、逃げなきゃ、魂を奪われる! でもエレベーターの中じゃ……。


「っ!?」


 あるはずもない逃げ道を探すために動かした視線の先に、言葉を失うほどの衝撃が広がっていた。意識が遠のくような感覚に襲われ、エレベーターの扉に背中を押しつける。

 視線の先には、エレベーターの壁に取り付けられた鏡がある。だけどその鏡は、私しか映していなかった。


「な、な、なんで鏡に映ってないんですかっ!?」


「それに関しては、そういう存在だと思っていただくしかありません」


 どうする、どうする? 走って逃げる?


 無理だ。ひと階に四部屋しかないこの狭いマンションじゃ、逃げ場なんてどこにもない。家の中に逃げ込もうにも、私の家はエレベーターを降りてすぐだ。鍵を開けている間に絶対捕まる。


 非常階段から下に逃げる? でも時計は私の机の引き出しの中だし……。あ~もう、どうしよう、どうしよう。


 解決策の見つからないまま目の前の男性と対峙していると突然、体が少しだけ下に押しつけられるような感覚に襲われた。


 何かされたっ!?


 数瞬後、その押しつけられる感覚が消え、背中に感じていた扉の圧力もなくなる。


 あっ、なんだ、エレベーターが止まっただけか。


 最上階であることを瞬時に確認し、男性から視線を外さないように、じりじりと自宅の扉前まで後退する。そんな私を見て男性は何かを言いかけたが、その前にエレベーターの扉が閉じられた。


 何を言おうとしたんだろう?


 エレベーターの扉が閉まっても、男性が降りてくる気配はない。そのまま目をそらさないように、手の感覚のみで鍵を鍵穴に差し込み、ゆっくりと家のドアを開いていく。ドアが開ききったところで、玄関のほうにサッと視線を移した。


 よしっ、いない。


 もう一度エレベーターの中に男性が乗ったままなのを確認してから、私は素早く家の中に入り込んで鍵をかけた。


「ふぅ……」


 映画なんかだとこういうときって、振り向いた瞬間にそこに移動してるパターンが多いんだよね。でもまだ安心はできない。玄関にはいなかったけど……


「たぶん、いるんだろうなぁ……私の部屋に」


 急にエレベーターの中に現れたくらいだし、その可能性は十分考えられる。

 すべてを諦めた私は、それまでの緊張感から解き放たれるように、自分の部屋の前までスタスタと歩を進める。ドアノブに手をかけると、ぎゅっと目をつむってドアを押し開いた。


「どうかいませんように……」


 そう願いながら片目を薄くを開き──膝から崩れ落ちた。私の部屋の中にはやっぱり、エレベーターにいたはずの異様な風貌の男性が佇んでいた。


 終わった……。もう私は魂を奪われてしまうんだ。せっかくもう一度過去に戻ろうって決めたのに、もう諦めないって決めたのに、純くんの命を救うことはもうできない。


 助けてあげられなくてごめんね、純くん――


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