二カ月遅れの花火大会
空に広がるオレンジ色のグラデーションが夜の帳をそっと引き寄せ、深い藍色へと変わり始める時間帯。
私たちの周囲には賑やかな音楽と笑い声が響き渡り、風に乗って香ばしい焼きそばや甘い綿あめの香りが漂ってくる。そんな香りに誘われて屋台の間を歩きながら、目を輝かせてお互いに美味しそうなものを見つけては手を伸ばす。
「これも美味しいよ。純くんもひと口食べる?」
チョコで包まれた食べかけのバナナを差し出すと、純くんは金縛りにあったかのようにその動きを一瞬止めた。
しまった! お祭りに浮かれてタイムリープしてること忘れてた。
まだ手も繋いでないのに、いきなり間接キスだなんて。しかも、ジュースならまだしも食べ物でなんて。私ったら何やってるんだろう……。
「……いいの?」
少し照れた様子で遠慮がちに聞いてくる純くんを見て、結果的に良かったのかもしれないと思ってしまった。だってこんなに可愛い純くんの姿なんて、二年後には絶対に見られないだろうから。
でもだめだ。過去を変えるわけにはいかない。このまま食べさせてあげたらどんな反応をしてくれるのか見てみたい気持ちはあるけど、今ならまだなかったことにできるはず。
「やっぱり恥ずかしいからだめ」
私が視線をそらしながらそう言うと、純くんはプッと吹き出し「なんだよそれ~」と笑った。その直後――少し離れた場所から、聞きなれた声が私たちの会話に割り込んできた。
「おいおい志和~、そこは何も言わずにかぶりつくとこだろう」
「惜しかったわね。もうちょっとで間接キスだったのに」
声のしたほうへ視線を向けると、案の定そこにいたのは先輩たち。
「せ、先輩、いつから見てたんですかっ!?」
純くんが頬を少し赤らめる。
「うーんと、ヨーヨー釣りしてるあたりからだっけ?」
「そうね」
「だいぶ前じゃないですか!」
声を荒げる私に、古海先輩は飄々とした態度で答える。
「いや、梨々花がどうしても尾行しようっていうからさ」
「だって私たちには見届ける義務があるじゃない? まあ、もうバレちゃったから尾行はおしまいね」
「そうだな。じゃあ、お前ら頑張れよー」
そう言い残して、二人は手を繋つないで仲良く歩き去っていった。
タイムリープする前の今日、先輩たちに会った記憶はない。でもそのときも実はずっと尾行されてたのかな……。
「尾行されてたなんて全然気づかなかったね。花火が始まるまであと三十分くらいだけど、優奈はどこか行きたいところある?」
そろそろ私から切り出そうと思っていたけど、ちょうどいいタイミングで聞いてきてくれた。
「うん。実は純くんを連れていきたい場所があるんだ」
「えっ、どこに連れて行ってくれるの?」
「えへへ、まだ内緒。ついてきて」
そう言って歩き出す私の隣を、純くんは何も聞かずに黙って歩く。
出口付近まできても周囲は賑やかで、花火を見ようと訪れた人々が次々と会場に入り込んでくる。そんな中、私たちはその流れに逆らうように歩を進めていく。
「ねえ優奈、そっちは出口だよ」
「うん、そうだよ。私の連れていきたい場所はこの会場の外にあるんだ」
首をかしげて困惑の表情を浮かべる純くんに構うことなく、出口を通り過ぎてからさらに五分ほど歩き続ける。
「そろそろどこに行くのかおしえてほしいな」
「大丈夫だ。何も心配することはない。純くんは私を信じてついてくればいいのだよ」
「なにその話し方。古海先輩の真似?」
何か違うといって二人で笑い合い、お互いに特徴がある先生や友達の真似をしながら歩き続ける。
信じてという言葉が効いたのか、そのあとはもうどこに向かっているのかと聞かれることもなく、目的地である八階建てのスリムなマンションの前に到着した。
入口のオートロックを解錠したところで、初めて訪れるこの場所がどこだか純くんは気づいたようだ。
「ここってもしかして……」
「うん、私が住んでるマンションだよ」
「わかった! 優奈の部屋から花火が見えるんだ」
「ブッブー、私の部屋は花火が上がる方向と逆側なんだよね」
ちょうど一階で待機していたエレベーターに乗り込み、八階のボタンを押す。
「最上階の廊下から花火を見るってこと?」
「残念ながら、うちのマンションの廊下は内廊下なので外は見れませーん」
このやり取りで答えにたどりついたであろう純くんは、輝きを灯した瞳で私を見つめる。
「もしかして……もしかして、優奈の住んでるマンションって屋上に入れるのっ!?」
私が頷くことで肯定の意を告げると同時に、エレベーターが八階に到着した。
「あそこの非常階段からいけるよ」とおしえてあげると純くんは、はやる気持ちを抑えきれない様子で、私よりも先に防火扉へと向かって足早に歩き出す。
扉を抜けて、最上階よりもさらに上に続く階段を見つけると、我慢できないとばかりにひとりで駆け上がっていった。
そして、屋上に繋がる扉に手をかけた純くんの期待に満ちた表情が──瞬く間に深い絶望へと変わった。




