彼女の名前を知った日
いつの間にか周囲は、パイプ椅子に座った制服姿の見慣れた顔ぶれで埋め尽くされていた。そして、そのあまりにも突然な出来事に混乱した僕は何も考えることができなくなっていた。
「新入生退場っ!」
体育館中に大きく響き渡った号令でハッと我に返り、ここが夢の中だということを思い出した。それから、首を左右に動かして周囲を観察する。
号令に従って左側の最前列に座っている生徒が最初に立ち上がると、それに続くようにその後ろに並んで座っている生徒たちも順番に立ち上がる。立ち上がった生徒たちは列を揃えてステージ前の通路を中心に向かい、ずらっと並んだ座席中央のスペースを通り、拍手を受けながら後方の出口に向かって歩を進める。
これは……僕たちが通っている高校の入学式……?
『なぜこんな夢を見ているのだろうか』
『この夢は何でこんなにリアルなのか』
『それよりも僕は事故のあと、どうなってしまったのか』
と、出口に向かって歩いていく生徒たちを眺めながら考える。しばらく思考に耽っていると、退場していく生徒たちの中に優奈の姿を見つけた。
この入学式で、優奈が同じ高校に入学したことや同い年であることを知ったんだったな。懐かしい。
今思えば笑い話だけど、当時は心の中で真剣に神様に感謝と文句を言っていたのを覚えている。『あの子と同じ高校に入学させてくれてありがとうございます』とか、『なぜ同じクラスにしてくれなかったんだ!』って感じで。
神様なんているわけないし、ただの偶然でしかないというのに。
当時のことを思い出して込み上げてくる笑いを抑え、頭は前方に向けたまま優奈の姿が見えなくなるまで横目で追いかけ続ける。
そうしているうちに、いつの間にか僕は図書室の入り口の前に立っていた――
◆◇◆
二度目ともなると、この夢?にも少し耐性がついたのか、混乱せずに現在の状況を考えることができた。
優奈との初めての出会いからこの夢は始まった。その次は、優奈と同じ高校に入学したことを知ったときだ。そして今、僕は図書室の目の前にいる。
もしこの夢が優奈との出来事に関連しているとするのなら、おそらく目の前の扉を開くと優奈がいるはず。そしてこの日が僕の考えているときだとするなら……入口から一番遠いテーブルに優奈が座っているはずだ。
図書室の扉を開くと予想通りの場所に優奈は座っていて、隣に座る女生徒と楽しそうに会話をしていた。そんな優奈の姿を確認しながら図書室に足を踏み入れると、入ってすぐ右側に設置されている貸し出しカウンターの奥に座っている女生徒が、僕の上履きの色を見て指示を出す。
「一年生の男子はあそこのテーブルに座ってね~。全員揃ったら自己紹介から始めるから」
やっぱり最初の図書委員会の日だ。
彼女の指示に従って席に着くと、先に座っていた同級生の男子たちが話しかけてくる。夢だと思ってはいても、無視をするなんて大それたことができない小心者の僕は、夢の中の彼らと懐かしい言葉のやり取りを交わすことにした。
そうこうしているうちに全員が揃うと、進行役の先輩の指示で自己紹介が始まった。一年一組の男子から順番に自己紹介を始め、僕の順番が回ってくる。
夢なのか何なのかよくわからないこの状況で、慣れ親しんだ面子を相手に自己紹介をするのにはちょっと抵抗があるけど、ここは流れに乗っておくしかない。
「一年三組、志和純輝です。趣味は写真を撮ることです。よろしくお願いします」
全員の拍手を受けながら僕が着席したあとも、次々と順番が回って優奈の順番になる。
「一年一組、倉住優奈です。趣味は読書です。一年間よろしくお願いします」
優奈の名前を知ったこの瞬間、あのときはものすごく感激して舞い上がっていたと思うけど、今はとくに何も胸に響かない。
まあ、今さら優奈の自己紹介くらいで感動するわけがないのは当然か。
などと考えている間に優奈は着席し、隣のテーブルから優奈の姿を眺めていた僕の視界は突然、貸し出しカウンター内からの風景に変わった――