願うのはご都合主義のような大団円
扉を開けたら、ガラの悪い男たちが手に武器を持って笑っていた。
「……はぁぁ〜〜〜〜……」
イツキの口から盛大なため息が出た。
当然だ。
穏便に忍び混もうとした努力が、この一瞬で水の泡になってしまったのだから。
「……無駄だった……」
「だから言っただろ? 無駄な努力してないでドア壊して入れって」
背後から追い討ちのような言葉が飛んで来て、イツキは胸を押さえた。
「うっ……!」
「大体いつも100%こうなってんのに、なんで懲りないんだよ?」
「……言わないで……」
呆れた声をかけながら背後から青年が出て来る。
彼はスバル。
イツキの仕事上の相棒だ。
「言わなきゃアンタ気づかないだろ? 言ってもやめないけど」
「これは俺の美学なの! 静かに入って目的のモノをもらって静かに帰る! 侵入したのを相手に悟らせない! これこそプロの技!!」
「……その理屈でいくとアンタは素人だな」
「うぅ……! 人の心をえぐって来るぅ〜」
半泣き状態のイツキはシクシクと泣きまねをする。
そこにガラの悪い男たちの怒声が被った。
「お前ら何者だ!! 漫才でもしに来たのかァ? アァ?!!」
「……そんなワケないだろ。バカか?」
冷たく言い捨てたスバルの言葉に男たちがイキリ立つ。
「あーあ。ま〜た煽っちゃって」
「煽ってない。本当のことしか言ってない」
「なんなんだ?! お前らぁ!!??」
「どーも。情報屋で〜す。情報回収に来ました〜」
イツキとスバルは東京1区界隈を根城にしている情報屋だ。
普段は1区の仲介屋からの依頼が多いが、今日は別の区の仲介屋からの依頼で別の場所に来ていた。
昨今ではデジタル化が当然となり、電子データ上でやり取りされる情報も多い。
が、本当に大事な情報は、やはり紙媒体であることがほとんどだったりする。
そのため情報屋は現場に自ら赴くことが多い危険な職業だ。
さっきのように明らかに暴力的な男たちに囲まれるなど日常茶飯事である。
だがその分見返りもデカい。
それゆえ人気職ではある。
しかしイツキとスバルだけは、そんな理由で情報屋をやっているのではない。
イツキは婚約者を探すために。
スバルは妹を探すために情報屋となった。
イツキに関しては『だった』と過去形ではあるが、志望した動機はスバルと変わりない。
婚約者だった最愛の人が、ある日突然いなくなった。
それを死に物狂いで探し回り、その探す過程で情報屋となった。
結局、婚約者は最悪の形でイツキの元に戻って来たのだが……。
心に空いた大きな穴を塞ぐこともできず、惰性で情報屋を続けていたイツキが出会ったのがスバルだ。
彼は突然行方不明になった妹を探すために、かなり危ない場所に入って行こうとしていた所をイツキが発見・保護した。
話を聞いて過去の自分に重ね合わせていたのか。
それとも何かしたいだけだったのか。
今となってはイツキですら分からない。
だがイツキはスバルに自分の手伝いをしないかと誘ったのだ。
情報屋として仕事をしながら妹を探せばいい、と。
そしてそれを手伝うとも約束をして。
そうして二人は相棒になったのだ。
そんな過去をぼんやりと思い出しながら、イツキは目の前のラーメンを見つめた。
(いつも、突然なんだよなぁ)
そう思いながら割り箸をラーメンに突っ込んだまま動けなくなる。
情報というやつは欲しい時にはなかなか出てこないくせに、意図してない時に突然降って湧いてくる。
嬉しいも憤りも何も湧かない。
ただただ驚きだけが胸を締めるのだ。
「……おい」
「……え?」
声をかけられて反射的に隣を見ると、渋面のスバルがいた。
「……ラーメン。伸びるぞ」
「あ」
そういえばラーメンを食べようとしていたのだった。
慌てて麺を啜るとすでにふやけてしまっている。
味は美味しいがふにゃふにゃ過ぎる麺はちょっと残念だ。
そう思いながらイツキは食べ進めていく。
「……どうしたんだよ?」
「はにが(何が)?」
「『何が?』じゃねぇよ。さっきから黙りこくって、ラーメン食べる手すら止めて何か考え込んでるなんて、オッサンらしくねぇ」
眉間に皺を寄せて頬杖をつくスバルを眺めながらイツキは苦笑した。
変な所でこの年下の相棒は勘がいい。
(いや。なんか食べようとしてる時にフリーズしてりゃ、そりゃ嫌でも気づくか)
失敗したなぁと思いながらも、イツキはちょうどいいとも思った。
どうせこの話は彼にするつもりだった。
この情報はスバルが一番欲しがっていた情報なのだから。
「ん〜。まぁね〜。オッサンも考え事をする時はあるんだよ。少年」
「もう少年って歳じゃねぇよ」
「そうだねぇ。大きくなったよねぇ。初めて会った時なんてこ〜んなだったのにねぇ」
「……そんなに小さかった覚えはねぇ。アンタと会ったのは高校の時だぞ。そんなに小さくなかったし」
「そうかなぁ? 俺から見たらこんなもんだった気がする」
「記憶を捏造すんな! せいぜいこれぐらいだろ!?」
「え〜? そうだったかなぁ?」
ワイワイと言い合いながら食べ終わり店を出る。
しばらく歩いて話を切り出す。
「スバル君」
「なんだよ?」
「見つかったよ。妹ちゃんの居場所」
「……は!?」
一瞬の間のあと、驚いた顔で立ち止まりイツキを見つめるスバルにもう一度言う。
「妹ちゃん。ユナちゃんの今現在の居場所の情報。見つかったよ」
さっきの事務所で依頼の情報を探していた時に偶然見つけた情報。
その中にはスバルの妹の名前があった。
行方不明になった時期と、攫って来た時期が一致した同姓同名。
偶然ではありない。
その名はスバルの妹のものだろう。
抜き出して来た情報をスバルに差し出す。
だが彼はそれを手にすることなく目を見開いて凝視するだけだ。
おそらく頭が正常に働いていないのだろう。
それだけ突然で唐突なこの状況は、ある種のタチの悪い冗談か都合の良い夢にしか思えない。
手を伸ばせば夢が醒める。
そう思うと軽々しく手を伸ばせないのだ。
その感覚もイツキには痛いほどわかる。
だが、このまま固まったまま動けないのでは困る。
せっかく手が届く所まで来たのだ。
動かなければ欲しいものは手に入らない。
イツキはスバルの手を取って情報の書いた紙を手渡す。
「しっかりして! スバル君! 妹ちゃん。ユナちゃん。助けるんでしょ!? 君が固まってどうすんの!」
「…………オッサン……」
呆然とするスバルの背をドンっと叩く。
「しっかりする! いつもの勢いはどこ行ったの? 俺も手伝うから、一緒に妹ちゃん助けに行こう」
「手伝う……?」
「あれ? 忘れちゃった? 約束したでしょ? 俺を手伝う代わりに、時が来たら今度は俺が君を全面的に手伝うよって。そういう約束だったでしょ?」
何かを思い出したかのようにスバルの表情がどんどんと変わっていく。
呆けた顔からいつもの顔へと。
力強い生気がスバルに戻ったのを見て、イツキはホッとする。
これでスバルは大丈夫だ。
そう確信する。
彼は年若いけれどしっかり者で、冷静な判断力もある有能な情報屋だ。
イツキの相棒として手伝ってくれているが、本当なら一人でも情報屋としてやっていける実力がある。
彼とならどんな事でも可能な気さえする。
そう言ったならこの相棒は盛大に照れて怒るだろうが、イツキはけっこう本気でそう思っているのだ。
「なら、今までのツケを返してもらうぜ。オッサン」
「もちろんだよ。あ。でも、オッサンでもできることにしてね〜? あんまり無茶させないでね? 俺オッサンだからさぁ」
「状況による」
「え〜? 確約なし〜?」
「大丈夫だ。オッサンはオッサンでも『有能な情報屋』なんだろ?」
「それ……俺が自称してるわけじゃないんだけど……」
「知ってる」
「ならちゃんと考慮してよ〜」
「善処する」
「それ絶対やらないやつじゃん!」
軽快な言い合いをしながら二人は街を歩く。
これが最後の仕事になるのだろう。
そう感じているからこそイツキは願う。
どうかこの兄妹にとって、最高の状態で事件が解決しますようにと。
それこそ物語のご都合主義のように。
たとえ話が破綻していても良い。
みんながうまく収まるところに収まるハッピーエンド。
いわゆる大団円というやつを、強く、強く、願うのだった。
この話はなんかハードボイルドっぽい話が書きたくって書いてみたんだけど……どうでしょ?
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もちろん感想もかなり嬉しいです!!
あ。あと、他にも短編とか書いてるんで、良かったら見に行ってみて下さい!
みなさんの好きな話やキャラがいたらいいなぁ。