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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の元愛犬】

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87/90

87.我が家の元愛犬は血筋に恐怖する

 リオレスの問いにやっと瞳を開いたラッセルが、静かに答える。


「何故、そのように思われたのですか?」

「それは……私の愚父がお前の母であるレイリア夫人に……」


 そこまで言いかけたリオレスが言葉を詰まらせる。だがラッセルは、そんなリオレスが言い澱んだ続きを全く躊躇せずに口にした。


「父と挙式間近の母が前王オルスト陛下のお手付きとなった際、私を身籠ってしまった事。更にそれ以降、子供を身籠る事が出来なくなり、アーストン家の血が危うく途絶えかけた事を私が恨んでいる……と、お考えでしょうか?」

「………………」


 自身の父親の非道な行いを口にする事を思わず憚ってしまったリオレスに代わり、その続きをラッセルが感情のない冷たい声で淡々と口にする。その内容にリオレスだけでなく、息子であるアルスも眉間にしわを刻みながら、悲痛な表情を浮かべた。


 そんなアルスの顔をフィリアナが心配そうにのぞき込む。するとアルスが『大丈夫だ』という意味を込めて、フィリアナに笑みを返して来たが、それでも酷い罪悪感に苛まれてしまうのだろう……。顔を覗き込んできたフィリアナに救いを求めるようにアルスは、その手を握りしめてきた。


 しかし、そんな罪悪感に苛まれ始めたリートフラム王家の親子を嘲笑うかのようにラッセルが、意地の悪い笑みを浮かべた。


「そんな事で私が自身の人生を賭けてまで、このような大罪を行ったと? そもそも私の母は10年前に病で……。そして父は母の後を追うようにその半年後に亡くなっております。今更、私が両親の恨みを晴らそうなど……無意味です」

「ならば、何故あのような凶行を画策した……」

「分かりませんか? 私が王子殿下方の命を狙い、息子に王位が行くように仕向けた理由……。それはあなた方リートフラム王家が、何百年とかけて守ってきた特殊な力を持つ者が、何の疑問も持たれぬまま王位を継承するという悪しき習わしを終わらせるためですよ」


 そのラッセルの話にその場にいた全員が、怪訝な表情を浮かべる。


「特殊能力というのは……光属性魔法の事か……?」

「ええ。もちろん」

「何を……言っているのだ!? あの力は遥か昔、光の精霊となった初代王妃が我々子孫にこの国を守る為に残した貴重な力だ! それをお前は……この国から無くそうとしていたのか!? 一体、何のために――――っ!」

「亡きお父上の姿を目にして来られたのにお分かりになりませんか?」


 突然、暴君だった父親の事を出されたリオレスは、ラッセルのその意図が分からず苛立つように叫ぶ。


「何故そこで愚父が出てくる!」

「前国王陛下のお話がいい例になるのですよ……。我がリートフラム国の守りの要となっている光属性魔法ですが、必ず第一子にしか受け継がれませんよね?」

「それが何だと言うのだ……。そもそもお前は、それを無理矢理自分の息子に回そうとしていたではないか!!」

「確かに私は、王太子殿下と第二王子殿下のお命を狙い、その力を無理矢理息子に回そうと致しました。ですが、それは私利私欲のためではございません。私が息子の王位継承を望んだのは、このまま王家が光属性魔法に執着し続ける事を息子の代で、断ち切りたかったからです」


「お前……一体何を言っているのだ……?」

「まだお分かり頂けませんか? 私がやろうとした事は、その光属性魔法の存在のせいで第一子が必然的に次期国王になれるという悪習でもある世襲制を無くす事です」

「だが、大概の国では世襲制だろう! 何を今更……」

「そうですね……。ですが、この国での世襲制は特殊です。第一子は光属性魔法という貴重な魔法資質を持って生まれるので、前国王陛下のように二代に渡り子供が一人だった場合、継承権が第二位の親族との血縁関係が薄くなります……。結果、光属性魔法を継承出来る事が確実な人間は囲い込みの為、周囲からはより一層特別に扱われます。たとえ……」


 そこで一度、ラッセルが言葉を溜める。


「それが暴君にしかならない人格破綻者の人間であっても!」


 つい先程まで静かな空気をまとっていたラッセルが突然に感情的に叫んだ事で、室内全体が静まり返る。同時にラッセルの放った言葉に現役の王族であるリオレスとアルスが、後ろめたさからラッセルから視線を逸らした。


「リオレス陛下……。陛下は私が13歳頃に隣国のグランフロイデに留学し、その後帰国した際、やけに私が他人行儀になったと感じられませんでしたか?」

「確かに……お前はあの留学を切っ掛けに内面が少し変わったとは感じたが……」

「私は留学前に父より自身の出生を聞かされました……。そして生まれた頃から成人するまで、自身で外す事が出来なかったこの腕輪についても……」


 そう口にしながらラッセルがその腕輪を外すと、その長く艶やかな黒髪が一瞬で光り輝く銀髪に変わった。その瞬間、室内にいた全員が息を呑む。ラッセルのその姿は、国王リオルスと王弟クレオスを混ぜ合わせたような見た目だったのだ。


「帰国後の私が陛下に対して距離をとるようになったのは、恐れ多い事に殿下と自身が異母兄弟だという事を知ってしまったからです……。同時に母レイリアが、前国王陛下から受けた仕打ちについてもその時、初めて知りました……。ですが、両親は私の前では、けしてその事について恨み言を一切口にしませんでした……。それどころか、母の名誉が傷付けられた証でもある私を実の子のように愛情を注いで育ててくれたのです……」


 そのラッセルの話にリートフラム王家の親子が、何かを堪えるようにギュッと唇を引き締め、俯いてしまう。前宰相バッセムは、5代ほど前からリートフラム王家の宰相を担ってきたアーストン侯爵家の長男で、バッセム自身も宰相としての手腕が素晴らしかったが、その父であるラッセルの祖父もかなり優秀な宰相であった。


 しかし、そんな親子二代で仕える事になった国王は、リートフラムの歴史上稀に見る愚王の資質を持つ王だったのだ……。前王オルストに関しては、もはや人格破綻者レベルの暴君である事は有名だが、実は二代前の妻に毒殺されたオルストの父親もなかなかの愚王であった。そしてその事が決定的になった事件が、先々代の王がまだ王太子であった頃、最初の婚約者であった侯爵令嬢が、当時まだ伯爵令嬢だった先々代王妃の雇った刺客の手に掛かり殺害されてしまった事だ……。挙句の果てに王自身もある夜会で王妃に媚薬を飲まされ、既成事実を作らされての結婚だった。


 そんな愛情など抱けない妻との間には、後に暴君となるオルストしか生まれなかった……。

 そして妻を愛せない王は、自然と他の女性に癒しを求めるようになる。だが、当時王の愛人と囁かれた女性は、皆この残虐性を持つ王妃の毒牙に掛かり、命を落としたと噂されている。それだけオルストの母であった先々代王妃は気性が荒く、息子同様に残虐性の高い女性であったのだ。


 対して先々代国王は温厚と言えば聞こえはいいが、歴代のリートフラム国王の中ではあまりいなかった控え目で、大人しい性格の王だった。特に相手に強く出られると、すぐに承諾してしまう臆病なところもあり、王妃と結婚後は恐妻家としての印象が強い。そんな臆病だった王は、息子に早く王位継がせたかった妻にジワジワと毒を盛られ、病死を偽装されて命を奪われてしまう……。


 そしてそんな王妃に育てられ、その血を濃く受け継いだのが前王オルストである。

 そもそも先々代王妃の実家である伯爵家は、過去に何人もの人格に問題がありそうな人間を輩出していた家でもあった。すなわち、今まで実直に国を治め、国民を守る事が義務だと考える王の多かったリートフラム王家に人格性に問題がある家の女性の血が、先々代王の油断により入ってしまったのだ……。

 そんな過去を持つ王家の現状が、先程ラッセルが口にしている事に繋がってくる。


『そのような人格破綻者の血が入ってしまった王家の血統が、この先ずっと続けば、またオルストのような暴君を輩出してしまう可能性が高い』


 ならば、自身の息子に王位を回し、その息子にこの忌まわしい血族が国を治める事を断ち切らせようというのが、ラッセルの持論なのだろう……。そんなラッセルの今回の動機がやっと見えてきたところで、リオレスは一番懸念していた事をラッセルに確認する。


「お前は……私や息子達を亡き者にし、そして自身の息子に王位を回した後、その息子ごと隣国グランフロイデの高位貴族にこの国を売り飛ばそうとしていたのか……? だからユーベルを隣国に長期留学させていたのか!?」

「ええ。ですが……息子は幼少期に血の繋がらない祖父の仕事ぶりを目にしていた影響で、かなり現在のリートフラム王家に仕える事に熱心な考えを持っておりまして……。隣国への留学は、その考えを改めさせるためでもありました。息子には陛下方が表舞台から去った後、現グランフロイデの王家より第三王女殿下にお輿入れいただき、その後生まれた第一子を隣国の高位貴族の許に婿入りさせる予定でした」


 そのラッセルの言い分にリオレスが怪訝な表情を浮かべる。


「第一子を国外の貴族に婿入りさせる……?」

「そうすれば光属性魔法を持ちながら、先々代王妃殿下の血筋を持つ人間が、この国で王位に就く事はありません。またその能力の恩恵を受けた者が魔力の低い隣国の民と交わり、その血が濃くなれば、精霊からの迷惑な恩恵は最終的には消えてしまうはずです」


 そのラッセルの歪んだ持論を聞いたリオレスが、唖然とした表情を浮かべた。


「お前は……何百年も私達、リートフラム王家が守ってきた光属性魔法の力を失わせようとしていたのか!? なんと愚かな……」

「あの力のせいで王になってはいけない人間が、何の疑いも無く統治者に祭り上げられるのです! たとえ、どんなに優秀な人物を輩出している血筋といっても、その血縁のみでは次世代には繋げてはいけません……。それに王族ともなれば、私利私欲に執着する野心の化け物のような人間が群がりやすい……。精霊から受けたその恩恵の力を守る事ばかりが優先され、王としての器を持っているかの見極めが蔑ろにされ続けているのが、この国の現状なのです!」


 さも正論を口にしているようなラッセルの言い分にリオレスが反論する。


「お前のその持論は、かなり偏った考え方だ! その考えでは、私はどうなる!? 現状この国で最も暴君オルストの血を濃く受け継いでいるのは私だ! だが私は、あの愚父を反面教師として見て育った為、あのような愚行に走るつもりなど一切ない! そしてその様に自身を律する事が出来たのは、若くして亡き者にされた母が導いてくれたからだ! それは私に似ていると言われているそこのアルフレイスにも言える事だ。アルは……お前のせいで、誰よりも命の重みや生きる事への執着を痛感しながら、この14年間必死で生き延びてきたのだ! それをお前は、暴君の資質を持つ人間だと決めつけるつもりか! 人は育った環境だけでなく、自身を高める為にどれだけ努力出来るかで、愚者にも賢者にもなる性質を持っている……。血筋など関係ない!」


 苛立ちながらも何とか理知的に反論したリオレスだが、次のラッセルの言葉でその冷静さは全て吹き飛ぶ。


「では前国王陛下の場合は、どうなのですか!? 先々代王妃のような人間の血が王家に入った事で、あなたのお父上のような暴君が誕生したのではないのですか!? そしてその血の特徴は、すでに陛下とアルフレイス殿下という三代にまで、色濃く出ているではありませんか!!」


 そのラッセルの言葉にフィリアナと手を繋いでいたアルスが、ビクリと体を強張らせる。それは、ずっとアルスが自身に流れる血にあるかもしれないと懸念し、恐れていた可能性なのだ……。


 そんなアルスの考えを払拭しようとフィリアナは、繋いでいた手を強く握りしめる。すると、アルスが今にも泣き出しそうな表情をフィリアナに向けてきた。

 だが、そんなアルスを深く傷つけたラッセルの言葉は、ついに国王リオレスの逆鱗に触れる。


「貴様ぁぁぁぁぁー!! 私の息子を愚弄するつもりかぁぁぁぁぁー!!」


 そう叫んだリオレスは、目の前のテーブルに片手をついて勢いよく乗り越え、毅然とした態度を貫いているラッセルの胸倉を先程もよりも乱暴に掴みかかり、全力で殴りつけようとした。


 しかし、そのタイミングで会議室の扉が、大きな音を立てて盛大に開かれる。そして、その扉を開けた人物にラッセルの目が釘付けとなった。


「父上のお話には致命的な矛盾点がございます……。もし暴君の血筋を絶やす事が最善の策だと主張するのであれば、父上はもちろん、私と妹も早々に命を絶つべきではありませんか? お忘れかもしれませんが、我々にも父上のおっしゃる残虐性が高い前国王陛下の血が流れているのでしょう?」


 射貫くようにラッセルを見据えた青年は、襟足がきれいに切りそろえられた艶やかな銀髪をサラリとなびかせ、ゆっくりと室内に足を踏み入れる。


「ユーベル……。何故、ここに……」


 すると、その後から絹糸のような銀髪をハーフアップにし、真っ青な顔色で淡い水色の大きな瞳に涙をためている少女と、二人をここまで案内して来たと思われるクリストファーが続いて入室して来た。


「伯父上……。遅くなりましたが、隣国に留学されていたユーベル侯爵令息とライリア侯爵令嬢が、やっとご到着されたので、こちらにお連れいたしました」


 そのクリストファーの宣言で、ラッセルは顔から一気に血の気が引いた。

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