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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の元愛犬】

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86/90

86.我が家の元愛犬は父親に憐憫の情を抱く

 通常であれば、夜会やお茶会等が終了後、来場者達は早々に帰路に向かうのだが……今回の次期王太子妃のお披露目式は、異例とも言える事態を引き起こしていた。


 何故なら多くの来場者達が興奮冷めやらぬ状態に陥り、今回のお披露目式について来場者同士で語り合いたいという思いから、城内に留まってしまっていたのだ。その為、リートフラム城では急遽、城内にあるサロンをいくつか開放し、来場者達の語り合いの場として式終了から三時間程、提供する事にした。

 そんな開放したサロンでは、お披露目式内で王族達によって行われたある余興についての話題で溢れかえっていた。


 中でも特に話題にされていたのは、今回の主役でもあった小柄で可憐な愛らしい姿で大剣を振り回すアークレイス辺境伯家の令嬢のルゼリア、あまり公の場に姿を現さなかった病弱と言われていた第二王子アルフレイス、その従兄であり、やはり病弱と言われていた公爵令息のクリストファーについてだ。だが、そんな中、群を抜いて話題になっていた人物は、臣籍に下ってから一度も登城する事がなく、幻と囁かれていた美貌の公爵でもある王弟クレオスだった。


 そんな王弟クレオスは、幅広い年齢層の女性陣の心を鷲掴みにしたようで、サロンでは主役のルゼリアの存在を食ってしまう程の人気ぶりだった。同時にその息子のクリストファーにも今回注目が集まっている。恐らくこの後、クリストファーには婚約の打診が殺到してしまうだろう……。


 そして今回そのクリストファーと同じ病弱という理由で、あまり社交場に姿を現さなかった第二王子アルフレイスことアルスに関しては、主に国王と同世代の男性陣の間で話題となっていた。そんな今回初となる長時間の社交場の参加となったアルスだが、王家が内密に企画していた事になっている余興の際、若き日の国王リオレスを彷彿させる勇ましい印象を来場者達に強く印象付けた。


 だが同時に以前、第二王子を見かけた事がある一部の人間には「三カ月前と比べると別人のようだ」とも囁かれている。三カ月前までは、どちらかというと従兄のクリストファーのような穏やかな雰囲気だったはずの第二王子だが、今回のお披露目式では、髪色の違いがあるとはいえ、どう見ても戦神王の異名を持つ父リオレスの若かりし頃の姿を彷彿させるものだった。


 そんな父王と瓜二つと言われ出している第二王子は、今回のお披露目式中に一部の令嬢に婚約者として、ほぼ確定しているラテール伯爵家の令嬢を貶すような事を軽く口にされ、怒りのあまり壁を激しく殴りつけたというエピソードが出回っている……。それがまた一層、国王リオレスを彷彿させる行動だと話題となり、同時にそれほどまでにラテール伯爵家の令嬢を思っているのであれば、婚約の打診をしても無駄だと察した多くの貴族達が、自身の娘に別の嫁ぎ先を検討し始める動きを見せている。


 今回のお披露目式では、あまり公の場に出て来ない王族達が内密に企画したサプライズ的な余興が、来場者達を大いに満足させる結果となったのだが……。実は約一名、予定外の動きをした人間がいた為、式の終了時間が大幅に長引かせてしまう事態を招いた。その人物とは、今回の立役者の一人でもある国王リオレスである。


 負けず嫌いな性格からか、あるいは戦いが面白くなりすぎたのか……。予定では今回の主役である次期王太子夫妻を勝たせ、早々に花を持たせる流れとなっていたはずだったのだが、何故かリオレスは、急に自身の勝利に拘り出してしまい、本気で次期王太子夫妻と戦い始めてしまったのだ……。

 そのしわ寄せで余興の時間が本来の予定していた時間よりも長引いてしまい、それ以降に行うはずだったお茶会と夜会が、中止になるという事態を引き起こした。


 だが後日改めて、そのお茶会と夜会を第二王子の婚約発表も兼ねて盛大に行うと、王家より発表があった為、来場者達からは特に不満の声は上がらなかった。むしろ、今回の行われた王家が内密に企画していた余興によって、今まで周知されていなかった王族の一面を披露する良い切っ掛けとなり、前国王時代に深く根付いてしまった王家に対するマイナスな印象を少しだけ改善する事が出来たと思われる。


 そんな歴代で一番の盛り上がりを見せた今回の次期王太子妃のお披露目式だが、一部だけ来場者達に違和感を与える状況があった。リートフラムでは、今回のような式の終了時に王家が国王を筆頭に来場者達の見送りをする習慣があったのだが、今回に限って何故かその見送りが次期王太子夫妻のみだったのだ。


 その状況に一部の来場者から疑問の声も上がったが、今回に関しては余興時に国王リオレスのはしゃぎ過ぎにより、他王族達の疲労が激しい為、次期王太子夫妻のみの見送りになっているとの事だった。

 その状況に一部落胆した来場者もいたが、後日改めて行われる第二王子の婚約発表が予定されている事もあり、そこまで不満の声は上がらなかった。


 しかし……来場者達の見送りが次期王太子夫妻だけだったになってしまった状況には、実は別の理由があった。今回、大成功したかに見える余興だが……実際はある事を隠蔽する為、かなり苦し紛れな状況で急遽余興に見せかけて行われた事だったのだ……。


 何故、そのような余興もどきをリートフラムの王族が総出で演じなければならならなかったのか……。現在、その事態を招いた元凶が、腕には拘束用の魔道具を、首には魔法封じの魔道具をはめられた状態で、城内の中枢に位置している重厚感がある会議室用の部屋で拘束されながら、今まさに尋問を受けていた。


「ラッセル……もう言い逃れは出来ないぞ……。お前が闇属性魔法保持者である事は、そこのパルマンの証言のもとに行った属性魔法検査で立証された。そして本日、私に掛けられた精神操作系の闇属性魔法の体内に残された魔力残粒子が、先程お前から採取した闇属性魔法の性質と一致した……」


 そう言って国王リオレスは、それらの検査結果が書かれた書類をテーブルの上に叩きつけるように置き、鋭い眼光でラッセルを深く睨みつける。


「15年以上に渡る王太子ならびに第二王子の暗殺未遂。隣国グランフロイデの一部の貴族達への国家機密情報の漏洩。その貴族達と手を組み、現リートフラム王家の乗っ取りの画策……。そして国王に対し、禁呪とされている精神操作系の魔法の使用……。他にもまだまだ余罪があるが、これだけでも十分、処罰対象となる重罪ばかりだ……。これが親の代からこの国に宰相として尽くしてくれた者のやる事か……?」


 温度を全く感じさせない低く冷たい国王リオレスの声が、無駄に広い会議室を支配するように響く。その威圧感とはまた違う恐怖にも似たような冷たさを与えてくるリオレスの低い声にフィリアナは、ビクリと肩を震わせ、思わず隣にいるアルスの手を握りしめてしまった。

 そんなフィリアナが宰相ラッセルと間近で対面するのは、これが初めてだ。


 艶やかで真っ直ぐな背中の真ん中まで伸ばされた黒髪を一つに束ね、国王リオレスよりも明るく透き通るような水色の瞳を持つ宰相ラッセルは、冷静というよりも冷徹というかなり冷たい印象を与えてきた。


 長身で体の線が細く、やけに良すぎる姿勢もそんな冷たさを増長させる。リオレスとは雰囲気だけなく見た目も真逆であり、どちらかと言うとクレオスに似ている。リートフラム王家特有の整った顔立ちではあるとは思うが、横分けされた長めの前髪が時折片目を隠すので、王族特有の華やかさは皆無である。


 そんなラッセルが糾弾されているこの場には、国王夫妻の他に暗殺のターゲットにされていた第二王子のアルスと、それに巻き込まれてしまったフィリアナ。何度も邸に刺客を送られたラテール伯爵家の当主のフィリックスに息子のロアルド。間接的に利用されてしまったパルマン。そして王子暗殺未遂の調査を内密に行っていた第一騎士団の一部の者が、マルコムを筆頭にこの場の警護も兼ねて控えている状態で、その中にシークの姿もあった。


 それだけの人間の視線を一斉に浴び、背後から第一騎士団の精鋭騎士にも固められているラッセルだが……先程から凪いだ湖のような静けさをまとい、ずっと瞳を閉じたまま無言を貫いていた。


 だがそんなラッセルの態度がリオレスの怒りを爆発させる。

 リオレスは先程の検査結果の書類をひったくるように掴みながら立ち上がり、ずっと口を閉ざしたままのラッセルの目の前まで行くと、テーブルにその書類を激しく叩きつける。すると、会議室にまるで何かが爆発したような音が響き、その場にいた殆どの人間の耳の奥を痺れさせた。


 だがよく見ると、そのテーブルの表面には無数のヒビが入っている。恐らく尋常でない怒りから、思わず少しだけ回復していた魔力を放出してしまったのだろう。だが、それだけの怒りを目の前にぶつけられてもラッセルは微動だにせず、瞳を閉じ続ける。


「これだけの罪を犯したのだ。お前が罪人として裁かれるのは、ほぼ確定だ……。だが、動機については、全く見当がつかない……。ラッセル、何故このような事をしでかした?」


 地を這うような声でリオレスが問いただすも、やはりラッセルの反応はない。

 次の瞬間、リオレスはテーブル越しにラッセルの胸倉を乱暴に両手で掴む。そして無理矢理ラッセルを立たせた後、射殺さんばかりの勢いで睨みつけながら顔を近づけた。


「お前がしでかした事は、この国の平穏だけでなく、隣国からの侵略を幇助(ほうじょ)するとんでもない重罪行為だ……。だが、それ以上に私が決して許す事が出来ないお前の罪状は、息子であるセルクレイスとアルフレイスを15年以上にも渡り、殺そうと画策していた事だ! お前のその行いのせいで、まだ成人すらしていない息子達の人生の殆どが滅茶苦茶にされた……。そんな状況を父として許せると思うか? お前も人の親だろう!! 自分の子供がそのような境遇を生まれた頃から強いられたら、どう感じる!! 更に……その息子達を私自らが手にかけるような精神操作の術を……っ! お前は血も涙もない悪魔かっ!!」


 もはや怒りのやり場がない程、抑えの利かなくなったリオレスがラッセルの胸倉を掴んだまま、勢いよく右腕を後方に引き、ラッセルを殴りつける体勢に入る。それを寸でのところで第一騎士団長のマルコムとアルスが止めに入った。


「陛下! 落ち着いで下さい!!」

「そうです、父上! ここでラッセルの意識を飛ばしてしまっては、こいつの罪を暴けません!!」

「だが……こやつは……っ!!」


 声を絞り出す様にやり場のない怒りを吐き捨てようとしたリオレスだが、何故か妙な落ち着きを見せる次男の様子に、その怒りを無理矢理抑え込もうとギリリと奥歯を鳴らす。


 先程のお披露目式での余興にみせかけたリオレスの解呪が成功した後、王家一家は着替えを理由に一瞬だけ裏に下がった。その際、闇属性魔法の影響で長男と次男を自身が殺しかけていた話を聞かされたリオレスは、真っ青な顔をしながら組んだ両手に頭を押し付けながら、まるで懺悔でもするかのよう俯き、その後、顔を上げたリオレスの瞳は、怒りと悔しさで少し潤んでいた。


 いつも堂々とした強気の姿勢しか見せて来なかった父親のそんな様子を目にしたアルスとセルクレイスは、その時の父親の様子を見て、やるせない気持ちになってしまったのだが……。今目の前のリオレスは、その時と同じ様な状態になってしまっている。


 そもそも普段のリオレスであれば、このような私情を持ち込む様な糾弾の仕方はしない。しかし今回の件に関しては、自身の息子達の命を狙われ続けた15年以上の蓄積した怒りと、自分に子殺しをさせようとした非道すぎるラッセルの行いへの怒りで冷静な対応が出来ず、怒りに歯止めが利かなくなっている状態のようだ。


 その為、マルコムとアルスにラッセルから引き離されても、再びラッセルに掴みかかろうとした。そんなリオレスをアルスとマルコムは二人掛かりで羽交い絞めにし、何とか先程まで座っていた席にリオレスを無理矢理座らせた。だが、リオレスの怒りは収まる気配がないようで、先程から息を荒げている。


 そんなリオレスにとってラッセルは、長年宰相という立場で支えていただけでなく、幼少期時代はリオレスやクレオスと頻繁に遊ぶ仲だった。つまりラッセルとリオレスは、いわゆる幼馴染という関係でもあったのだ。その為、ラッセルが犯人である可能性が出てきた際、リオレスは心の中で間違いであって欲しいという思いがあったはずだ。


 だが、現実は残酷な程の結果を叩き出す……。

 幼少期に共に過ごし、リオレスが国王になってからは当時宰相だった父親と共にこの国を支える為に尽力してくれた幼馴染の宰相は、いつの頃からかリートフラム王家の王位を欲し、リオレスの息子達の命を15年以上も執拗に狙い続けたのだ……。


 だがラッセルの性格からすると、自身の欲の為に王位を欲したとは思えない……。だからと言って、息子のユーベルの方もそこまで王位を欲している様子は感じられなかった。長い間、隣国に留学しているユーベルだが、定期的に帰国した際は、必ずリオレスの元へ妹ともに挨拶に来てくれていたのだ。


 その際、ユーベルが、よく口にしていた言葉は『父親のようにリートフラム王家を支えたい』というものだった。ラッセルの息子にしては真面目で、やや情熱的な部分のある真っ直ぐな瞳をした好青年の印象だったユーベル。恐らくユーベルは、自分の父親が陰でこのように暗躍していた事など、微塵も気付いていなかっただろう。すなわち、ユーベル自身は王位など欲していない……。


 その背景から、何故ラッセルがここまで現リートフラム王家から王位を奪おうとしたのか考えると、リオレスの中では、ある答えしか思い浮かばなかった。


「ラッセル……。お前が私達リートフラム王家から王位を奪おうとしていたのは……前宰相バッセムと、その妻であるレイリア夫人のためか……?」


 そのリオレスの言葉に今までずっと静かに目を閉じていたラッセルが、ゆっくりと開いた。

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