85.我が家の元愛犬は囮にされる
クリストファーの謎の発見宣言にアルスが困惑していると、競り合いをしていたリオレスが剣を大きく振りかぶる。その瞬間に上手くタイミングを合わせたクリストファーは、何とかリオレスの剣をはじき返し、後方に飛び退くように下がった。
すると、後ろから奇襲をしかけようとしていたセルクレイル達にリオレスがすぐさま反応し、セルクレイスを中心に重い剣撃を打ち込み出した。その様子を観察しているクリストファーにアルスが駆け寄り、食って掛かる。
「おい! さっきから何なんだ! 何が分かったというのだ!」
「伯父上は、まずセルク兄様の命を優先的に狙うような条件で魔法が掛けられているんだ。そして、その次が君だ。でも君に隙が出来て殺しやすい状況になると、セルク兄様よりも君を優先して狙う。そして外野の僕やルゼリア嬢に関しては、あまり反応しない。つまり……」
そう言ってクリストファーは、今度はアルスに足払いをかけて地面に転がす。
「うわぁ!」
すると、セルクレイスを攻撃していたリオレスが、突如アルスにターゲットを変え、地面に転がったアルス目掛けて剣を突き立てようとしてきた。その瞬間、クリストファーが風属性魔法でリオレスを吹き飛ばす。
「君がワザと隙を見せて、セルク兄様を執拗に狙う伯父上を定期的に引き付ければいいんだよ。ほら、よく狩りをする時の名言で『同時に二匹追う者は、結局どちらも仕留められない』って言うだろう? あれと同じだ」
「だ、だからって……」
「セルク兄様! ルゼリア嬢! 今の話、聞いておられましたか!?」
「ああ!」
「ええ!」
再び体勢を立て直してきたリオレスに剣撃を撃ち込まれているセルクレイスと、それを一緒になって受けているルゼリアが同時に返答する。そんな二人の負担を減らそうと、クリストファーが再び魔法を放つ。
「アルスが故意に隙を見せて囮になりますので、セルク兄様はそれに合わせて伯父上を翻弄してください!」
「お前! 何を勝手に……」
「分かった!」
「兄上!?」
アルスが素っ頓狂な声をあげると同時にクリストファーの魔法を火属性魔法で相殺したリオレスが、そのまま魔法で攻撃をしてくる。それをクリストファーも風属性魔法で弾き飛ばした。
「ルゼリア嬢は、出来るだけ伯父上の剣をはじき飛ばすような攻撃を!」
「ええ! 分かったわ!」
「アルスはワザと隙を作って、敢えて伯父上に殺されかけるんだ!」
そう言ってクリストファーは、またしてもアルスをリオレスの方へと突き飛ばす。
「待て! その指示の出し方、絶対におかしいだろう!?」
前方につんのめりながらもアルスが抗議すると、急遽長男から次男にターゲットを変えたリオレスが目の前で剣を振り上げ、そのままアルスに向って振り降ろそうとする。そんな容赦のない父親にアルスが辛うじて、リオレスの顎下辺りへ突き上げるように風属性魔法を打ち込み、吹き飛ばす。だが、咄嗟の対応だった為、アルス自身もかなり焦っての攻撃となった。
「し、死ぬかと思った……。おい、クリス! お前、いい加減に……」
「いいぞ! アルス! そうやって囮になりながら出来るだけ伯父上に魔法攻撃のみを放ってくれ! 恐らく伯父上の魔力もそろそろ尽きかけているから、わざと相殺させる事で魔法を使わせるんだ!」
「待て! それ、俺の負担が多すぎだろう!」
「大丈夫だ! 僕も一緒に魔法攻撃を撃ち込むから!」
「お前は撃ち込むだけなのか!?」
そうアルスが不満をぶつけるもクリストファーは見事に聞き流し、リオレスに容赦なく魔法を放つ。
「この後、伯父上の魔力が切れたタイミングで、ルゼリア嬢が剣を弾き飛ばせば、伯父上の攻撃手段は体術くらいしかなくなる! そのまま4人で伯父上を押さえ込んだら、あとは父上達の出番だ! 二人に闇属性魔法を重ね掛けして貰おう!」
「お前、少しは俺の訴えを聞けぇぇぇー!!」
アルスが不満を爆発させるように叫ぶと、クリストファーから魔法攻撃を受けていたリオレスが、火と風の二属性魔法を交えながら攻撃と相殺を同時に行ってきた。その為、アルスも慌てて、リオレスの魔法攻撃の相殺に掛かる。
そんなやり取りをしていると、早速リオレスが魔力切れを起こす。
「ルゼリア嬢!」
「任せて! セル!」
「ああ! 分かっている!」
二人は互いに声を掛け合った後、まずセルクレイスがリオレスを引き付けるように大振りで剣撃を撃ち込む。それにつられるようにリオレスの方も激しい剣撃を何度も撃ち込み始めた。その状態でアルスとクリストファーが同時に風属性魔法を放つもリオレスは、複雑な動きで華麗にそれらを躱す。
しかし、その複雑な動きについて行けなかったセルクレイスに大きな隙が生まれた。その好機にリオレスは頭上で剣を大きく振りかざし、そのまま垂直にセルクレイルに振り降ろそうとする。
だが、リオレスが剣を頭上の一番高い位置で振りかざしたそのタイミングに合わせるようにルゼリアが、炎をまとった魔法剣を右頭上から左斜め下に向かって、全力で地面に叩きつけるようにリオレスの剣の切っ先を狙って打ち込んだ。
その瞬間、剣がリオレスの手から勢いよく離れ、そのままクルクルと回転しながらダイナミックに弾き飛ぶ。同時に露わになったリオレスの腹にバランスを崩したはずのセルクレイルが、いつの間にか剣を手放して自由になった右手で、突き上げるように拳を叩き込む。
するとリオレスがくの字型の体勢で、後方に小さく飛び退くような動きをし始める。すると今度はアルスが組んだ両手をその背中目掛けて、地面に叩きつけるような勢いで振り下ろした。
すると、リオレスが突っ伏すような状態で地面に倒れる。
その瞬間、セルクレイスとアルスが、それぞれリオレスの腕と足を素早く取り、自身の両足で挟み込みながら、動けないように締め技を掛けて押さ込む。
「クリス! 早く叔父上を!」
いつの間にか仰向けになっている父を抑え込みながら、切羽詰まった声でアルスが訴えると、すぐにクリストファーが父クレオスに声を掛ける。
「父上! 申し訳ないのですが、この様な状態になっても負けず嫌いな伯父上が一向に降参してくださいません……。恐れ入りますが、説得のお手伝いをして頂けませんか?」
焦る気持ちを抑え、出来るだけ余興上の演出の一環のようにクリストフファーが、クレオス達をこちらに招き始める。
「ああ、かまわないよ。だが兄上の事だ。後から自分は降参などしていなと言い出しそうだなー。うーん……」
クレオスの方も敢えて演技がかったような動きしながら会場を軽く見回した後、予定通り自身の後ろに控えていたパルマンに声を掛ける。
「そうだ! パルマン殿! 同じ銀髪のよしみで兄の降参宣言を見届ける証人なって貰えないかい?」
「え、ええ。私でよければ……」
「ありがとう!」
社交界で注目度の高いクレオスが、対照的な印象の引きこもり気味のパルマンに髪の色が同じという理由で声を掛けたというギャップ展開が、余興の演出の一環としてウケたようで、会場内に笑いを与えつつも、自然とその展開が受け入れられる。
だが、リオレスを押さえつけているアルスとセルクレイスは、かなり焦っていた。
「お、叔父上……。早く……」
「ク、クリス……。君も拘束するのを……手伝ってくれないか……?」
「無理です! この状況で僕が加わったら余興風の流れが不自然になります! 何とか二人で押さえ込んでください!」
演出の進行役を担っているようなポジションをしている為、加勢出来ないクリストファーが、やや引きつりながらも天使の笑顔を必死で維持する。そんな状況を見兼ねたルゼリアが、父親に締め技を掛けている兄弟二人に恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……わたくしも手伝いましょうか?」
「ドレスの君はダメだ!」
「ドレスの義姉上はダメです!」
すると、やっとクレオスとパルマンがリオレスの元へやってくる。
「二人共、大丈夫かい!? すぐに術の重ね掛けを行うから、もう少し頑張ってくれ!」
「お、叔父上……急いで……ください……」
「クソっ……! 父上が正気に戻ったら……半年はこの事で責めたててやる……」
意外にも余裕な事を口にしているアルスにクレオスが苦笑する。
だが、一刻を争う事態の為、すぐにパルマンと共にリオレスの胸の辺りに手を置く。そして互いの魔力波長を合わせながら魔力を注ぎ、二人は精神操作系の同じ闇属性魔法の重ね掛けを始めた。
すると、暴れていたリオレスの動きが徐々に収まっていき、同時に先程以上に瞳が虚ろな状態となる。
「よし。何とか重ね掛けは成功だ。あとは私達が掛けた術を解呪すれば……」
そう呟いたクレオスはパルマンに目で合図し、同時にリオレスの体から先程注いだ魔力を抜いてゆく。その間アルス達も父親にかけていた締め技を外した。すると瞳に少しずつ光が戻り始めたリオレスが、意識を取り戻す。
「……? ここは……どこだ? 何故、私はこのようなところで仰向けで横たわっている?」
先程までの出来事を全く覚えていない様子のリオレスが、上半身を起こしながら不思議そうに辺りを見回す。すると、目を据わらせた息子二人と甥が、ズズイと顔を近づけてきた。
「父上……今すぐ『参った。もう降参だ』と宣言してください……」
「はぁ?」
「出来るだけ大きな声で!」
「今すぐに!」
畳み掛けるように長男、次男、甥の順で詰め寄られたリオレスは、訳が分からず怪訝そうな表情を深める。
「何故、私がそのような宣言を……」
「「「い・い・か・ら! さっさと宣言してください!!」」」
反論しようとしたが、目を凄ませながら底知れぬ圧を掛けてくる息子二人と甥の気迫に負け、とりあえずリオレスは両手を上げながら立ち上がり、大きく息を吸う。
「参った! もう降参だ!」
その瞬間、会場から盛大な歓声が湧きおこったが、リオレスだけがその状況を理解する事が出来なかった。




