84.我が家の元愛犬は参戦する
父親達が激しい攻防を繰り広げている中庭に向かったアルス達だが、流石に一時間近くも戦っていただけあって、三人の衣類には汚れや焦げなどが目につく。ルゼリアなど、履いていたヒールの高い靴をいつの間にか脱ぎ捨てているようだ。
そしてよく見ると、王族専用のボックス席で母である王妃がグッタリとした様子を見せていた。恐らく会場の安全確保と、セルクレイス達への援護で魔力を使い果たしてしまったのだろう……。
「まずいね……。伯父上は無表情だから分からないけれど……。セルク兄様達は、かなり疲弊している状態だ」
「ああ……。しかも兄上は、恐らくもう魔力が尽きかけている……」
中庭に視線を向けたまま、小声で話していた二人は、先程シークから渡された剣をほぼ同時に鞘から引き抜く。そして互いに顔を見合わせて深く頷き、三人のもとへと駆け出す。
「兄上! 助っ人を連れてまいりました!」
敢えてアルスがサプライズ感を出すように明るい口調で叫びながら、三人のもとへ駆け寄る。逆に助っ人と称されたクリストファーは、天使のような笑みを浮かべながら、会場全体に手を振って登場した。すると、突然の公爵令息の参戦に会場が大いに盛り上がりを見せる。
「皆様、伯父と従兄達の戦いは楽しんで頂ておりますでしょうか? ですが……どうやら負けず嫌いの伯父が、なかなか降参してくださらないようで……。従弟のアルフレイスより手助けをして欲しいと頼まれ、微力ながら助っ人に馳せ参じた次第でございます」
そのクリストファーの登場文句に会場から、ドッと笑いが湧きおこる。
さもイベントのサプライズゲスト感を演出するような言い回しをスラスラと口にするクリストファーは、アルスと違い、流石としか言いようがない程の社交性の高さを披露する。
対するアルスは、それらの役割を全てクリストファーに丸投げし、三人に駆け寄った。
「兄上! 義姉上!」
そう叫びながら、兄と剣を競り合っている父親にアルスが飛び蹴りを放ちながら突っ込む。しかしリオレスは無表情のまま、その攻撃を後ろに飛び退いて躱した。だが、足の踏ん張りか利かない着地する瞬間を狙って、アルスは強力な風属性魔法を放ち、一瞬でリオレスを中庭の奥まで吹き飛ばす。
「お二人共、ご無事ですか!?」
「ああ、何とか……な。だが、私はもう魔力が尽きかけているし、ルゼも足を痛めている……」
「義姉上……。少し休まれますか?」
「いいえ。これはわたくしのお披露目式よ。その主役が余興の最中に抜けてしまったら、場がしらけてしまうでしょう? だからセルと一緒にやり遂げるわ!」
「流石、義姉上……」
「それでアルス。フィーは無事なのか?」
「ご心配なく。無事に救助しました」
そう報告しながら、アルスがクレオス達と一緒のいるフィリアナの方に兄の視線を誘導する。すると、セルクレイスが驚くようにゆっくりと目を見開いた。
「クレオス叔父上!? アルス! 叔父上が登城しているぞ!?」
「今回の報告を受けたクリス達が、父上の闇属性魔法を解呪する為に強引に叔父上を登城させてくれました。ちなみに解呪に関しては、叔父上お一人では無理なのでパルマンにも協力させます」
すると、またしてもセルクレイスが驚きの表情を浮かべる。
「パルマンが……説得に応じてくれたのか……?」
「ええ、まぁ。ですが、説得というか……協力に応じるように頑張ってくれたのはフィーです」
「そうか……。それではフィーとクリス達には、後で盛大に礼をしなければならないな……」
「ええ。でもその前にまずは父上を何とかしなければ……」
そう口にしたアルスは、中庭のかなり奥の植木まで吹っ飛ばしたリオレスの様子を窺う。もうすでに体勢を立て直したリオレスは、ゆっくりと歩きながらこちらにむかってくる。どうやらリオレスの方でも体力の限界が訪れてきているようだ。
その事に気が付いたアルスは敢えて自分から突っ込み、何度も重い剣撃を受けながら、リオレスが両足を浮かしたタイミングで、またしても風魔法を放って再び父親を中庭の奥へと追いやる。そうする事で少しでも兄達が休める時間を稼ごうとした。
一方、その間にクリストファーは更に会場を盛り上げる事に徹していた。
「本日は私、クリストファー・ルケルハイトのみならず、特別に父であるクレオス・ルケルハイトも来場しております」
そうクリストファーが宣言すると会場内が一瞬、静まり返る。
だが、クリストファーが会場全体の視線を誘導した先に娘のオリヴィアと、第二王子との婚約がほほ確定といわれているフィリアナを傍らに侍らした王弟の姿を目にした瞬間、本日一番と言っていい程の歓声が湧きおこる。それだけ臣籍降下後、一切姿を見せなかった美貌の王弟公爵閣下の登場は、来賓達の心を一気に鷲掴みにした。
「父上、今から私もセルクレイス殿下方に加勢しようと思っているのですが……。もしそれでも負けず嫌いな伯父上が降参してくださらなかった場合は、父上にも説得のご協力を頂いてもよろしいでしょうか?」
如何にも余興のセリフめいた言い回しをしながら、クリストファーが父クレオスに問いかける。すると、先程まで青白い顔をしながら狼狽えていたクレオスが、まるで別人のようなキラキラオーラをまとった公爵閣下へと変貌を遂げ、にこやかに返答をする。
「ああ、もちろん! 私でよければ手を貸そう」
「ありがとうございます! それでは……まず私は物理で伯父上の説得を試みますね。皆様、どうか手強いこの国の王リオレスより、私達が勝を利勝ち取れるよう是非、声援をお願いいたします」
人前で演じる事が多い王族特有の職業病なのか、それともルケルハイト公爵家の血筋なのか……。
互いにキラキラした笑みを浮かべながら、打ち合わせを一切していない状態で余興の寸劇のような立ち回り見せたルケルハイト公爵家の親子は、会場内から盛大な拍手を受ける。そんな歓迎ムードの中、舞台演者のような雰囲気をまとったクリストファーは、優雅に歩きながらアルス達と合流した。
「クリス、すまない。だが、助かった……。アルスから大体の流れは今、聞いたが……。叔父上は本当に大丈夫なのか?」
「ええ。いい加減、私も妹も父にこのトラウマを克服させなければと思っていたので、ある意味いい機会です」
「そうか……。そう言って貰えると、こちらも少しは気が楽になる……」
そんな会話をしながら、4人は再びこちらに火属性魔法と風属性魔法を放ちながら向かってくるリオレスに視線を向ける。
「父上からの攻撃は俺とクリスで対処します! 兄上達は、出来るだけ父上の動きを封じるような攻撃をメインでお願い致します!」
「分かった! ルゼ!」
「ええ!」
そう言って父の放つ魔法攻撃を相殺させながら、アルス達は二手に分かれたのだが……。何故かリオレスは、執拗にセルクレイ達の方ばかりを狙う。そんな状況に自分達の方に引きつけたかったアルスが、悪態をつき始めた。
「くそっ! 父上……兄上の事、好き過ぎだろう!」
「いや、違う……。恐らく操られている条件が、セルク兄様の命を優先的に狙うようにされているんだ!」
「兄上を優先?」
「そう考えると……アルス、ちょっとごめん!」
そう言うとクリストファーは、何故かアルスの後方に回り、前方にアルスを押し出すようにその尻部分に強烈な蹴りを放った。その勢いでアルスが顔面から地面に突っ込むように倒れ込む。
「ぶふっ! ク、クリス! お前、こんな時に何をふざけて……」
猛抗議をしようと、地面に突っ伏したままクリストファーを振り返るように見上げたアルスだが、次の瞬間、いきなり首根っこを掴まれ、強制的に立たされる。だが、その際、アルスの目の前を銀色の何かが掠めて行った。
「あっ、やっぱり」
そう呟いたクリストファーは、そのままアルスを後方に引きずるように放り投げ、アルスに向って突っ込んで行こうとするリオレスの剣に自身の剣を咬ませて、それを阻止する。
「…………っ! 重っいなぁ~! セルク兄様達は、こんな剣撃を一時間近くも受けていたのか?」
「おい! クリス、どういうつもりだ! お前、俺を父上に殺させる気か!!」
「だから、ごめんって言っただろう!? でも今の反応で操られている伯父上の攻撃パターンが分かった!」
そのクリストファーの言葉にアルスは片眉を上げ、怪訝そうな表情を浮かべた。




