83.我が家の元愛犬は作戦を立てる
「おい! クリス! どういう事だ! 叔父上と一緒にパルマンに父上の解呪をさせるなんて……。そんな事出来るのか!?」
「以前、父が言っていただろう? 解呪出来る方法は三つ。一つは術者自らが解呪する方法。二つ目は術者、あるいは対象者の死。三つ目が……術者より魔力が高い人間の術の重ね掛けだって。今回は、この三つ目の方法でリオレス伯父上の解呪を行うつもりだ」
「行うって……。クレオス叔父上もパルマンもラッセルより魔力が低いじゃないか! どうやって解呪する気だ!」
「簡単だよ。各個人では魔力量は低いけれど、二人合わせればラッセル卿よりも上になる。その代わり、父上とパルマン殿には互いの魔力波長を合わせて解呪を行って貰う事にはなるけれど」
そんな会話をしながら、アルスとクリスは真っ青な顔色のパルマンを両側から捕獲するように会場の方へと足早に向う。その後ろをフラフラな状態の王弟クレオスをオリヴィアとフィリアナが両側から支えながら続いた。
「フィリアナ様……。申し訳ございません。父がご迷惑を……」
「い、いえ……」
「ああ……。あの壁に掛かっている絵は昔、父に国外追放されたシェイクス伯爵から贈られた物じゃないか……。うう……あの伯爵は、本当に素晴らしい領主だったのに……父のせいで……」
「お父様! いい加減になさってくださいませ! いつまでも過去の事をウダウダグチグチと……。それだけ素晴らしい伯爵でいらしたのであれば、国外でも成功され、幸せに暮らしていらっしゃいますわ!」
「ヴィア……。君は本当にヴィクトリアに似てきたね……」
「それは褒め言葉として頂いておきます!」
先程から、城内の調度品や部屋を目にする度に嘆きのエピソードを語る父親を容赦なくぶった切る娘というルケルハイト親子の会話を耳にしているフィリアナは、初めて公爵邸を訪れた時と、あまりにも違いすぎる王弟クレオスの印象に苦笑いを浮かべる。あの時に見た温厚そうで落ち着いた物腰の美貌の公爵の姿は、今は影も形もないありさまだ……。
それだけこの城内で目に付く物は、クレオスの忌まわしい記憶を呼び起こしてしまう物が多いのだろう。そういう意味では、クレオスはかなり繊細過ぎるタイプのようだ。しかし子供達の方は、完全に母親の血を濃く受け継いでいるらしい。先程、クレオスが口にした『ヴィクトリア』というのは、妻であるルケルハイト公爵夫人の事であろう。
ちなみにその夫人は万が一、アルス達一家に何かあった場合に早急に王家の影を動かせるように公爵邸で待機してくれているそうだ。そんな母親の代理で、今回オリヴィアが父である公爵に付き添っている。
だが、現状のクレオスの状態からでは、とてもではないが死闘を繰り広げている国王と王太子達の間に割って入るのは、無謀のように思える。
そしてそれは先程から真っ青な顔をしながら、アルスとクリストファーに連行されているパルマンにも言えた。魔法研究所所長という肩書を持っているパルマンだが、魔道士として優秀という訳ではない。
王族直系の血が入っている為、確かに魔力は一般貴族に比べると桁違いに高いが、先程のフィリアナのポコポコ攻撃を全く避けられなかった状況や、以前アルスの飛び蹴り一発のみで意識を飛ばしてしまう事を考えると、確実に身体能力は皆無という部類に入るタイプである。そんな人間が、果たして一撃受けただけで命を狩り取られそうな接戦を繰り広げている中に割って入る事など出来るのだろうか……。
そんな心配をとフィリアナがしていると、パルマン自身も同じ事で不安を感じていたらしい。両側からガッチリ自分を捕獲している王族の少年達にその事を確認し始めた。
「あ、あの……私は完全に学者肌といいますか……その運動神経にはあまり自信がないのですが……」
「知っている。この間、お前を地下道で追跡した際、鈍くさい奴だと思ったからな」
「だ、だったらお察し頂けますよね!? そんな人間がハイレベルな戦いをなさっている陛下達の中に割って入るのなど無理だと!」
「安心しろ。お前や叔父上に父上達の戦いを中断させる役をやらせるつもりはない。そこは兄上達と一緒に俺とクリスが何とかする」
すると、その話を聞いていたクリストファーが慌て出す。
「待ってくれ! 何故、僕まで頭数に入れられているんだい!?」
「お前は俺の従兄なんだから、一応王族だろう? 父上に攻撃してもその辺は親族という事で不敬にはならないはずだから、手伝え!」
「勘弁してくれ……。僕は直系じゃないから、君達みたいに化け物じみた魔力ではないのだけれど……」
「あれだけの風魔法を扱えるのに何を言っている! 一般貴族に比べたら、お前の魔力も十分化け物扱いだ! 大体、それを言ったら義姉上はどうなるんだ! 王族でもないのに父上と長い間、やり合っているのだぞ? そもそもお前は剣術に関しては俺より上なのだから、まだマシなはずだ!」
「まぁ、アルスと違って一応、鍛錬は受けていたからね……。でもリオレス伯父上相手だと、足手まといになる気がするのだけれど」
「俺でも多少は対応出来たから問題ない!」
「うん。その『多少』という言い方が、物凄く気になる」
そんな会話をアルス達がしていると、会場入口からシークに支えられながらロアルドが出てきた。そんな兄の様子を目にしたフィリアナが、青い顔をしながら慌てて二人に駆け寄る。
「に、兄様、どうしたの!? どこか怪我でもしているの!?」
「違う……。魔力切れだ……。代わりに今、少しだけ魔力が回復した父上が僕の代わりに会場の安全確保を行ってくれている……」
「で、でも……それではお父様もフラフラなんじゃ……」
「父上だけじゃない……。宮廷魔道士達も、もう限界だ……」
そう言いながら、グッタリしたロアルドの様子にフィリアナが涙目になる。兄がここまで余裕のない状態に陥っている姿をフィリアナは、初めて目にしたからだ。そんな妹に「ただの魔力切れだから心配するな……」とロアルドが、その頭を力なく撫でる。
すると、アルスもパルマンとクリストファーを巻き込みながら、シーク達に駆け寄ってきた。
「シーク! 今どういう状況だ!」
「殿下! 遅いですよ……。正直なところ、セルクレイス殿下達も会場の安全確保組も、もう限界です! あとまずい事に会場内もあまりにも長引く陛下達の戦いのご様子に違和感を抱き始めております……」
「確かに開始してから、そろそろ一時間近くになるからな……。飽きが来たか……」
「これは早々に君が参入して、もう一度場を盛り上げるしかないね……」
「何を言っている! 場を盛り上げる役はお前もだからな!」
「分かっているよ……。でも一番の見せ場は、うちの父に担ってもらうけれどね」
そう言ってクリストファーが視線を向けると、青白い顔色をしたクレオスが盛大にため息をつく。
「分かったよ……。見せ場になったら、すぐに気持ちを切り替えればいいのだね?」
「ええ。父上は瞬時に『温厚で繊細な公爵閣下』の仮面を被れますよね? そのタイミングが来たら僕が父上に呼びかけますので、パルマン殿と共に上手く立ち回りつつ、リオレス伯父上の解呪をお願いします」
すると、今度は名前を出されたパルマンが慌て出す。
「お、お待ちください! 私はそのような機転の利いた動きなど出来ません! それに……いざという時に上手く闇属性魔法を使えるか……」
「君なら大丈夫だよ。先程、私が使い方を教えた際、すぐにコツを掴んでいたから。あと兄上達に近づく際は、私が君を上手く誘導するから、君は一言ほど返事をした後に私に続けばいい。それぐらいの動きは出来るだろう?」
「ええ……。まぁ……」
パルマンが渋々という感じで返事をすると、アルスが今から行う全体の動きをまとめ出す。
「よし! これでそれぞれの動きが大体決まったな! とりあえず、最初は飽きがきてしまっている会場を盛り上げる為に俺とクリスが兄上達の戦いに参戦する。その後、4人がかりで何とか父上の動きを抑え込む。その状態が確保出来たら、来賓達が不自然に感じないような何か上手い言い回しで、クリスが父上のもとまで叔父上とパルマンを誘導してくれ」
そのアルスの適当なオーダーの仕方にクリストファーから苦情が入る。
「上手い言い回しって……。アルス、ちょっとその頼み方、内容が薄っぺらすぎやしないかい?」
「お前は口から生まれてきたような奴なんだから、すぐに上手い言い回しが出てくるだろう!? そういうのが得意なのだから、何とかしてくれ!」
「酷い丸投げの仕方だね……。まぁ、いいけれど……」
それでも何とか立ち回れるらしいクリストファーは、渋々その役回りを引き受ける。すると、アルスは更にその計画の続きを語り始めた。
「その後、叔父上とパルマンは父上に掛けられ闇属性魔法を解呪。兄上達と正気に戻った父上は会場を抜ける訳にいかないから、後は俺とクリス、そしてパルマンがマルコム達と合流し、ラッセルに証拠を突き付け、あいつが今まで行ってきた王子暗殺の件の容疑を認めさせる! これでどうだ?」
「まぁ、そう簡単にラッセル卿が罪を認めるとは思えないけれどね……」
「それでも認めさせる! その為に役にも立たなさそうなパルマンを連れて行くのだから!」
「殿下、酷いです……」
最後にパルマンが自身の扱いに不満を訴えたが、それをアルスは華麗に無視した。すると、今までその作戦内容を静かに聞いていたオリヴィアが、スッと挙手する。
「あのお兄様、わたくしも一応王家の親族になりますので、リオレス伯父様を抑え込む事をお手伝い致しましょうか?」
「いや、ヴィアにはもっと大切な役割がある」
「大切な役割?」
「僕が父上を呼び出した時に父上がまだトラウマを爆発させていたら、殴ってでもいから使えるように仕上げておいて欲しい」
「かしこまりました」
「待ってくれ。お前達……少し父の扱いが雑過ぎやしないかい?」
「当然です!」
「父上のせいでここへの到着が遅れたのですよ? 反省なさってください!」
娘と息子から手厳しい返しをされたクレオスが、しゅんとする。
その様子を少しだけ「かわいそうだな……」とフィリアナが眺めていたら、アルスが話しかけてきた。
「フィーはヴィアと一緒に叔父上に付き添ってやってくれ。それと……もう知っているとは思うが、ヴィアはかなり狂暴だから一緒にいれば一応、安全だからな」
「アルフレイス殿下……。喧嘩を売っていらっしゃるように思えるのですが……。今すぐここで買い上げて差し上げましょうか?」
「いきなり愛らしい犬に風属性魔法を放ってきた奴を狂暴と言って何が悪い! 俺は、あの時の事をかなり根に持っているからな!」
「まぁ! 図々しい! 愛らしい犬ではなく、小憎たらしい犬の間違いではなくって? それに何て器の小さい第二王子殿下なのかしら! フィリアナ様、ご婚約の解消はお早めに検討された方がよろしいですわよ?」
「お前……相変わらず腹立つ奴だな……」
「殿下には、かないませんわ!」
そう言って互いにフンッと顔を背け合う二人に様子にフィリアナは、以前クリストファーが『しょっちゅう喧嘩をしていた』と言っていた事を思い出す。あれはアルスが犬の姿になる前から、このような状態だったのだろう。
同時にあの時、オリヴィアに確認された男性の好みで『思った事をすぐに口に出し、デリカシーに欠けている部分はあるが、自分に正直で裏表のない性格のグイグイ引っ張ってくれるような男性』が、アルスの事を指していた事に今更ながら気付く。
そのあまりにも的確すぎるオリヴィアのアルスに対する評価の仕方から、互いの相性はともかく、二人の間には、しっかりとした信頼関係が出来上がっているのだろうとフィリアナは感じた。
すると、アルスが気持ちを落ち着かせるようにすぅーっと息を吸った後、深く吐く。
「皆、準備はいいか? クリス、行くぞ!」
気合の入った声で叫んだアルスは、クリストファーと共に激しい攻防を未だに繰り広げているリオレス達がいる中庭の方へと駆け出した。




