82.我が家の元愛犬は新たな打開策を得る
あまりにも予想外の行動にでたフィリアナに驚きながらも、アルスはそれを止めようと慌てて後ろから羽交い絞めにする。
「フィー! 分かった! 分かったから! 少し落ち着こうな!?」
しかし、フィリアナの怒りは収まるどころか、ますますヒートアップする。
「あなたにアルスを責める権利なんてない!! あなたが早く宰相閣下が闇属性魔法持ちである事を知った経緯を話してくれたら……こんな事にはならなかったのに……。リオレス陛下が、セルクレイス殿下やアルスの事を殺そうとするような闇属性魔法を掛けられなかったのに!! も、もしそれでセルクレイス殿下が命を落とされたら……どうするつもりよ!! それなのに……何でアルスがあなたに謝らなければならないの!? 謝るのはあなたの方じゃない!! あなたが早く宰相閣下の闇属性魔法の事を話さないから、アルスがリオレス陛下に殺されちゃうかもしれないんだからぁぁぁー!! アルスに謝ってよ!! 謝りなさいよぉぉぉー!!」
もはや収拾が付かなくなるほどの怒りを大爆発させたフィリアナは、いつの間にか両膝でテーブルに乗り上げ、圧し掛かるようにパルマンの顔面を目掛けて両拳を何度も振り上げる。そんな威力は低いが、激しい猛攻をフィリアナから受けたパルマンは、顔を庇うように両腕をかざした。
「フィー!! 落ち着け!!」
対してアルスは、フィリアナを必死でパルマンから引き離そうとする。だが、それを振り切るようにフィリアナは更に暴れた。
「何で……何でアルスばかり、こんな大変な目にあわなければならないの!? アルスは……アルスは何も悪い事なんてしていないのに……。悪い事をしたのは、アルスのおじい様なのにぃ……」
力尽きるようにテーブルの上にペタンと座り込んでしまったフィリアナが、ボロボロとこぼれ落ちる涙を両手で交互に拭いながら、尚も抗議の声をあげる。そんなフィリアナをアルスが優しく抱きしめ、その背中をあやす様にポンポンと軽く叩く。
「フィー、ありがとうな……。俺の為にこんなに怒ってくれて……」
「ふっ……、うぅ……。ア、アルスは……悪くないんだからぁー……」
そんな二人のやり取りに呆然としていたパルマンだが……。
先程フィリアナが口走った内容が引っ掛かり、恐る恐るその事をアルスに確認してきた。
「殿下……。先程、フィリアナ嬢が口にされていた陛下が闇属性魔法に掛かっているというのは、一体……」
呆然としながらパルマンが発した質問に深く息を吐いたアルスが、フィリアナをテーブルから降ろしながら答える。
「現在、義姉上のお披露目式の会場では、精神系の闇属性魔法に掛かった父上が突然、兄上を攻撃し始め為、兄上が義姉上と共に抑え込んでくれている状態だ……。会場ではそれを王家が提供している余興という体で誤魔化してはいるが……。兄上達も会場の安全面を確保してくれている宮廷魔道士達も、もう限界が近い……」
「なっ……!」
「恐らく術者はラッセルで間違いないと思う……。だが、ラッセルは、この間の属性魔法検査の結果を理由に自身は闇属性魔法など使えないの一点張りで、全く解呪に応じようとしない……。だが、闇属性魔法は、更に魔力が上の者による術の重ね掛けで、解呪が可能だと伯父上から聞いていた。だから俺は、同じ闇属性魔法保持者であるお前に父上の解呪が出来ないかと頼みに来たんだ……」
その話を聞いたパルマンが、青い顔をしながら盛大に首を振る。
「む、無理です! 実は私は生まれてからこれまでの間、自身の闇属性魔法を一度も使った事がないのです! そ、それに私は宰相閣下殿よりも魔力が低いので、重ね掛けをしても解呪は出来ません!」
そのパルマンの返答にアルスが険しい表情を浮かべながら、覚悟決めるように細く長い息を吐く。
「やはりそうか……。ならば、もう俺がラッセルを手に掛けるしかないな……」
「で、殿下自ら……ですか?」
「ラッセルには一応、直系の王家の血が流れている。お前も王族特有の異常に高い魔力量なのだから、一般貴族の魔力では歯が立たない事は知っているはずだ。父も兄も動けない今、俺があいつを討つしかないだろう……」
そう口にしたアルスだが、その表情はまるで痛みに耐えているようなものになっていた。だが、もうそのように対処するしか、国王リオレスに掛けられた闇属性魔法は解呪できない。その為には、ラッセルが今回の首謀者である事の証明がどうしても必要となってくる。
「パルマン、お前は何故ラッセルが、闇属性魔法持ちだと分かった? お前がその経緯を証言してくれたら、こちらはもう一度ラッセルに属性魔法検査を受けさせる事が出来るんだ。もう口を噤んでいる場合ではない事は理解しているだろう? 頼むから教えてくれ」
そのアルスの言い分にパルマンが一瞬、罪悪感にかられたような表情を浮かべた。
「も、申し訳ございません……。まさか私が個人的な理由で口を閉ざし続けたせいで、この様な事態になってしまうだなんて……」
「謝罪はいい。何故、ラッセルが闇属性魔法保持者だと分かった?」
「それは……以前、お話したこの……魔力オーラが見える眼鏡で分かりました……。この眼鏡を通すと、その人物の魔力オーラが見えるのですが、その色は属性魔法を調べる為の水晶で表示される色と同じなのです。宰相閣下殿の場合、公けにされている氷属性の濃い青色だけでなく、闇属性の黒色の魔力オーラも見えたので……」
そう説明したパルマンだが、何故かその後、痛みを堪えるような表情を浮かべる。
「ですが……まさか宰相閣下殿が、殿下お二人の暗殺首謀者とは夢にも思っておりませんでした……。実は……今の社交界には、私と同世代くらいの方々の中に二属性魔法持ちの方だけでなく、闇属性魔法保持者の方が数名いらっしゃるので、そこまで珍しい事でもないと静観しておりました……」
「だろうな……。あのクズカス暴君の節操の無さは相当酷かったようだから、被害に遭われた当時のご令嬢やご婦人が多かった事は容易に想像がつく……」
そう口にしたアルスは厳しい表情をしながら、盛大にため息をこぼす。
そして抱きしめていたフィリアナの頭を優しくひと撫でした後、そっと体を離した。
「なんにせよ、お前では父上の闇属性魔法の解呪は無理という事だな……。ならばさっさとラッセルを始末して、一刻も早く父上を闇属性魔法から解放する!」
そう宣言したアルスは、踵を返して部屋の出口へ向かう。
そんなアルスを引き留めようとしたフィリアナだったが、何故か体が動かなかった。今の状況では、もうラッセルを殺すしか、リオレスの解呪は出来ない……。その状況がアルスを引き留める事をさせてくれなかった。
だが、アルスが扉に手を掛けた瞬間、タイミングよくその扉がノックされる。
そのままアルスが扉を開けると、意外な人物がニッコリと笑みを浮かべなら現れる。なんと現れたのは、アルスの従兄でもあるルケルハイト公爵家嫡男のクリストファーだった。
「クリス……。お前、今まで登城もせずに一体何をしていた? 今、会場は大変な事に……」
暗い表情で不満を訴えてきたアルスにクリストファーは、あっけらかんとした様子で、すでに現状を把握をしていると口にする。
「知っているよ。リオレス伯父上とセルク兄様達が白熱の戦いを披露しているのだよね?」
「お前! 今頃、のこのこと現れた挙句、何を呑気に……!」
「僕だって別に遅れたくて遅れた来たわけじゃないよ。というか……君達がここにいるという事は、ラッセル卿以外にも伯父上の闇属性魔法を解呪出来るかもしれない人物の存在に気付いたって事でいいのかな?」
そのクリストファーの質問にアルスが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「ああ……。フィーが気づいてくれたが、結果としてはパルマンでは父上の闇属性魔法の解呪は無理だそうだ……」
「だろうね……。そもそもパルマン殿は、僕の父よりも年下だから更にリートフラム王家の直系の血は薄いはずだし」
「はぁ!? ちょっと待て! それならばパルマンは初めから、今回の容疑者には該当しなかったという事じゃないか! 何故、今までそれを黙っていた!」
「黙っていたわけじゃないよ。パルマン殿のせいで、今までこちらも勘違いさせられていたんだよ」
「どういう事だ?」
「パルマン殿、あなたは王立アカデミーに入学する際、二つほど年齢詐称をされて入学されていますよね?」
その瞬間、アルスがギッとパルマンを睨みつけた。
「お前……フィーじゃないが、本っ気で俺に謝れ!! 地面に頭をこすり付けて心の底から俺に謝罪しろ!!」
「アルスは優しいね~。その程度で許してしまうの? 僕なら一生、無償で魔道具製作を提供させ続けるとかにするけれど。あっ、もちろん、著作権の権利は全て『リートフラム王家』にして」
「ひぃっ!」
魔王のごとき形相で睨みつけてきたアルスとは対照的に天使のような笑みを浮かべながら、かなりえげつない事を口にしたクリストファーは、更にパルマンを追いつめるようにその微笑みを深める。
「年齢詐称もそうだけれど……。パルマン殿、あなたはそれ以外にも無自覚に僕の従兄弟達を暗殺しようとしていた人物に片棒を担がされているような事が、たくさんあるのだけれど……。その事には全く気付いておられないのかな?」
「暗殺の片棒!? お、お待ちください!! 私はそのような事など……」
「無自覚って言っただろう? まぁ、無自覚というよりかは『間接的に』と言った方がいいかな?」
「そ、そんな……。わ、私は何も……」
顔面蒼白状態になったパルマンが、小刻みに震え出す。そんなパルマンを追いつめる事に楽しみを見出し始めたクリストファーが、にんまりと笑みを深める。
「まず先程の年齢詐称、あれであなたは今回の容疑者候補となり、真犯人にとっては、いい目くらまし役に抜擢されてしまっている。まぁ、詐称理由は、一刻も早く成人して魔法研究所に勤務したかっただけだと思うけれど……。こちらはそのせいで、かなり捜査で迷走させられている」
「そ、それは、今回たまたま……」
「次にあなたが十代半ばの頃に作ってしまった一属性しか検知されない属性魔法を調べる水晶……。あれは確実に法に引っかかるものだよ? なんせ自身の持つ魔法性質を偽称出来るのだから。今回もラッセル卿に言い逃れをされる格好の理由として利用されてしまった」
「うぐ……」
「そして最後は、今回の尋問に一切応じなかった事。あなたが、さっさとラッセル卿が闇属性持ちだという事を証言してくれなかったせいで、現在国王が殺意剥き出しにして王太子を殺しに掛かっているという状況だ……。心を壊されてしまったあなたの母君には、心の底から同情はするけれど……。前王オルストのせいで精神疾患を患ったのは、あなたの母だけじゃない。ここにもう一人、そのせいで自分の生まれ育った城に登城出来なくなってしまうトラウマを抱えた人間がいるからね……」
そう言ってクリストファーは、先程自分が入ってきた扉を後ろ手で開けた。
すると、そこには真っ青な顔色で座り込んでいる美貌の王弟クレオスと、その手を引っ張り何とか父親を立たせようと奮闘しているクリストファーの妹のオリヴィアの姿が現れた。
「お父様! いい加減になさいませ! もう城内に入られてから20分以上も経っているのですから、大分免疫が付かれたはずです! 公爵家当主ともあろう方が、このような場所で座り込まないでくださいませ!」
「ヴィア、無理だ……。この城は父にとって、忌まわしい記憶しかない……。早く…早く外に出なければ、私は気が狂って何をするか分からない……」
「そのような事態になった場合は、わたくしとお兄様で容赦なく全力で正気に戻して差し上げます! ほら! いい加減にお立ちになって!」
「何て非情な娘なのだ……」
そのやり取りを見せられたフィリアナとアルスが、唖然とした表情を浮かべた。
「お、叔父上!?」
「やぁ……アルス、すっかり大きくなって……。兄上の若い頃にそっくりだ」
「そういう事をおっしゃるのは、やめてください!」
「こ、公爵様……? あ、あの……確か昔のトラウマで登城する事が出来ないのでは……」
「そうなんだよ! フィリアナ嬢! それなのに……非情な息子と娘に王家の一大事だからと、無理矢理登城させられて……。ああ! この部屋は、よく父上が女性を引きずり込んでいた忌まわしい部屋じゃないか! 嫌だ! 早くその扉を閉めてくれ!」
「ひぃ!」
クレオスの言葉にフィリアナが全身に鳥肌を立たせながらアルスにしがみ付く。そんな鳥肌でボコボコになったフィリアナの両腕の状態に驚いたアルスが、慌てて和らげようと優しく摩る。その光景を半目になって見ていたクリストファーが、呆れるように盛大にため息をついた。
「まぁ、トラウマを大爆発させている父上の事はひとまず置いておいて……。パルマン殿、あなたは間接的とはいえ、今回かなり暗殺者達にいい様に利用され、我々ルケルハイト公爵家の王族暗殺未遂の調査妨害をしてくれた事になるのだけれど……」
「そ、そんな!」
「そんな後のないあなたに朗報だよ。もし今から僕達からのお願い事をきいてくれたら、今回の件である程度温情を与えて貰えるよう王家に掛け合ってあげようかなと思っているのだけれど……どうかな?」
「お、お願い事……ですか? それは一体どのような……」
すると、クリストファーは今日一番のニコニコ顔をパルマンに向ける。
「簡単な事だよ。これから父と一緒に殺伐とした雰囲気で戦っている僕の伯父と従兄のところへ乱入後、伯父に掛かっている闇属性魔法を解呪して欲しんだ」
その瞬間、パルマンはこの世の全ての絶望を背負ったような表情をしながら、座っていた長椅子にしがみ付いた。




