76.我が家の元愛犬は狂犬でもある
【※注意※】
作者基準だと、かなり残酷な描写に該当するであろうなという展開がございます。
（主に敵の方がアルスの暴れすぎによって）
苦手な方はご注意ください。
予想外のアルスの行動に襲撃者達が一斉に動き出す。
まずフィリアナを拘束していた男は、右手でフィリアナの下腹部を掴むように手を当て、魔力を練り上げている素振りを見せ始める。恐らくいつでもフィリアナを殺せる状況だという事をアルスに知らしめる為、致命傷ではないが、すぐに処置をしなければ死に至るような怪我をフィリアナに負わせるつもりなのだろう。
そしてフィリアナ達の左右にいた二人の男と、後方からアルスを取り囲んでいた三人の男達は、一斉にアルスを攻撃しようと魔力を練り上げ始めた。
襲撃者達はアルスが首輪を炎で包み込んでから、瞬きをするくらいの速さで、そのように状況判断をし、各自行動を起こす。そんな一瞬の間でフィリアナが出来た事といえば、これから自身の下腹部に激痛が走るという恐怖心を抱く事だけだった……。
その為、下腹部を掴まれた瞬間、激痛の恐怖からギュッと目を瞑ってしまう。
しかし男は、何故かフィリアナの下腹部からその手を勢いよく外した。
同時にフィリアナもその予想外の男の行動に目を開ける。
すると、フィリアナの目の前をぐったりした何かの塊が、どす黒い液体と共に上空に舞い上がる。その異様な光景は一瞬の出来事のはずなのに、まるで時間がゆっくりと進むようにフィリアナに目に映った。
同時にその塊が本来、宙を舞うなどあり得ない物だという事をフィリアナに訴えてくる。フィリアナの眼前をどす黒い液体と共に舞ったぐったりとした塊……それはどう見ても人間の手だったのだ。
その事をフィリアナが認識したと同時にその塊と液体は、ビチャリと音を立てながら床に落下した。そして同じタイミングでフィリアナを拘束していた男が、右手首を左手で掴みながら絶叫し、激しい勢いで床を転げ回る。
「っ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
耳を塞ぎたくなるような男の悲痛過ぎる叫び声が響く中、目の前で起こった惨状にフィリアナが言葉を失いながら青い顔で放心状態になっていると、いつの間にか左側にいた男が間合いを詰めてきており、その手がフィリアナを捕えようと眼前に迫る。
しかし次の瞬間、フィリアナは誰かに勢いよく腕を引っ張られ、そのまま後ろに倒れこむように体勢を崩した。同時に目の前の男から一気に天井へと視点が変わる。
まるで高い場所から落下するような体勢で後ろ側に倒れ始めたフィリアナだったが、その体は腕を引っ張った人物が片腕で受け止めてくれた。そんな仰向け状態のフィリアナの視界に入ってきたのは、前方に鋭い視線を向けるアルスの顔だった。
その瞬間、フィリアナの中に安堵感が広がる。
だが、そんな安堵を与えてくれたアルスは、フィリアナを抱きかかえたまま更に腰を落とし、フィリアナに手を伸ばしてきた男の懐に入る。そしてその体勢のまま、男の下顎を突き上げるように火属性魔法を盛大に放った。
「ぐあぁぁぁぁぁぁー!!」
顔面に炎の塊を叩き込まれた男が絶叫しながら、消火を試みるように地面を激しく転がり回る。その容赦のなさすぎる展開にフィリアナは、唇を小さく振るわせながら呆然としてしまった。
そんなフィリアナを抱き起こしながら体勢を立て直したアルスは、後方へ振り返りながら右腕で何かを放つような動きをする。すると、残り四人の男達が放った属性魔法攻撃が、アルスの放った風属性魔法によって全て相殺され、更にその風圧で四人の男達は、壁際まで吹っ飛ばされた。
だが、よく見ると全員、腹部辺りから出血をしている……。
どうやらアルスが放った風属性魔法は、ただ男達を吹き飛ばしただけではなく、その腹部に致命傷とまではいかないが、立ち上がる事が難しい程の深い怪我を負わせたらしい。
ちなみこの攻撃を繰り出しながら、アルスはフィリアナの腕を拘束していた縄と口枷として噛ませられていた布を切断してくれたようだ。その瞬間、フィリアナのうっ血しかけていた腕と圧迫感を強いられていた口元が、一気に解放される。
たった一人で六人の襲撃者を一瞬で絶望の淵に叩き落としたアルスは、フィリアナを支えるようにその腰に腕を回し、最初に手首を吹き飛ばした男のもとへと、ゆっくり歩き出す。
すると、激痛で冷や汗を流している男が、徐々に近づいてくるアルスに恐怖し、顔を強張らせた。そんな男を一瞥するように見下ろしたアルスは、フィリアナの腰に回していた腕を外し、その場にしゃがみ込む。そして、激痛と恐怖で顔を青くさせて固まってしまった男の前髪を鷲掴みにし、顔を無理やり上げさせた。
「暗殺者の分際で……この程度で絶叫するとは、お前達は二流なのか？ それともフィーを人質に取れば、俺が何も出来ないとでも思っていたのか？」
今まで一度も聞いた事のない低い声で凄んだアルスが、更に男に顔を近づける。
「随分と見くびられたものだな。俺はお前達が思っているような甘ちゃん王子ではない。大切な物を守る為なら平気で人を殺せる……。お前達を生かそうとしなければ……このような状況など窮地でも何でもない!!」
そう言い切ったアルスは掴んでいた男の前髪を乱暴に手放し、今度はその胸ぐらを両手で掴み上げる。
「お前達の目的は何だ？ フィーを使って俺を会場から引き離す事か!? お前達の雇い主は一体、誰なんだ!!」
更に凄み、男を追い詰めるようにアルスが罵声を浴びせると男が小さく呻き、何かを口にしようとした。しかし、何故かアルスは素早く男のもとから離れ、フィリアナを庇いながら更に男から遠ざかる。
すると男は突如青白い炎に包まれ、苦痛な表情を浮かべながら悲痛な声で呻き始める。そんな信じ難い光景を目の当たりにしたアルスは、ふと周囲にも目を向け、そして顔を顰めた。
何故なら、他五人の襲撃者達も同じように青白い炎に包まれていたからだ……。
「クソ！ わざわざ致命傷を与えないように加減して攻撃したのに……。こいつらも失敗したら、強制的に始末させられる術式をかけられていたのか！」
そう吐き捨てたアルスが風属性魔法で鎮火を試みるも、その青白い炎は特殊なものなのか、すぐに再発火してしまう。フィリアナもアルスに魔封じの首輪を外してもらい、強力な水属性魔法を放ってみたが、それは無駄な行為として終わった……。その状況から、自分達ではどうする事も出来ないと察した二人が、悔しそうに唇を噛む。
そんな男達の体は、青白い炎に焼き尽くされるように徐々に灰となって跡形もなく消えていく……。その度に男達は悲痛な叫び声を発した。その叫びを耳にする度に大粒の涙をボロボロとこぼしているフィリアナが、ビクリと体を強張らせる。するとアルスが、その視界を遮るように自身の胸元にフィリアナを抱き寄せた。
「フィー……。見るな……」
耳元でそう囁いたアルスは、その耳も両腕で塞ぐように更に深くフィリアナを抱きしめる。だがフィリアナの耳には、燃え尽きかけている男達の悲痛な呻き声が、しっかりと届いてしまう。その度に青白い炎に呑まれた男達が、また一人灰となって消えていった。そのあまりにも悲惨すぎる状況にフィリアナは、恐怖で体を震わせながら、アルスにしがみ付く。
「フィー……」
「嫌ぁ……。何で……何でこんな酷い事になるの……？ 何で……こんな酷い事が出来るの……？」
労わるようにアルスが声を掛けると、フィリアナが悲痛な思いを絞り出すように呟き、更にアルスに強くしがみつく。
「ごめんな……。怖かったし、嫌なものをたくさん目にしてしまったよな……」
「うっ……、くっ……」
アルスは自身にしがみついて泣きじゃくるフィリアナの頭を優しく撫でる。そして今にも泣き出しそうな表情で、ある事を確認してきた。
「俺の事も……怖かったよな……」
するとフィリアナはアルスの腕の中で激しく首を振り、しがみつくようにその背中に両腕を回す。
「ア、アルスの事を怖いなんて……絶対に思わない！ でも……でも！ わ、私のせいで、あんな風にアルスに魔法を使わせてしまったから……。わ、私が……私を許せない!!」
その予想外なフィリアナの叫びにアルスが驚くようにゆっくりと目を見開く。だがその表情は、すぐに痛みを堪えるような苦笑へと変わった。
「フィーのせいじゃない……。俺は元から自分の大切なものを守る為なら躊躇なく、ああいう魔法の使い方をする……。失って後悔するくらいなら、いくらでも返り血を浴びてやる。それで自分の大切なものが守れるのなら、いくらでもこの手が汚れても構わない。そういう人間なんだ……」
そう言って、自身にしがみつくように抱きつくフィリアナの無事を確認するように、その背中をポンポンと何度も軽く叩く。
「ご、ごめんねぇ……。私のせいで、あんな風に人を傷つけさせて……。わ、私がもっと慎重に行動をしていれば、こんな事にはならなかったのに……」
「だからフィーのせいじゃないと言っているだろう？ そもそも……あいつらの目的は、ここで俺を殺す事じゃない。恐らく、少しでも長く俺を会場から引き離す事が目的だったんだ……」
「えっ……？」
アルスの言っている事がよく分からなかったフィリアナが、怪訝そうな表情で見つめ返す。すると、そっとフィリアナを体から離したアルスが、顔を覗き込むように真っすぐな瞳で見据えてきた。
「フィー……。ショックを受けているところ、非常に頼みづらいのだが……。俺は今すぐに会場へ戻りたい。大丈夫か？」
「う、うん。でもそれって……会場で何かが起こっているって事だよね？」
フィリアナの質問にアルスが、グッと唇を噛む。
そのアルスの反応から、やはり現状のお披露目式の会場では、かなり良くない事が起こっているのだとフィリアナが確信する。
「実は今……父上が大変な事になっている……」
その瞬間、フィリアナの顔から一気に血の気が引いた。
【今回のお話の展開について】
もともと作者はアルスを正統派ヒーローとして書こうとはしていないので、こういう容赦ない行動をするヒーローが苦手な方は、ここで遠慮なく離脱して頂いてOKです。
その辺はある程度、こういうヒーローを受け入れられない方もいるだろうなと覚悟して、このお話を書いております。
でも「こういうヒーローもたまにはいいよね！」という方は、引き続き当作品にお付き合い頂けると嬉しいです！
