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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の元愛犬】

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63/90

63.我が家の元愛犬は元飼い主に怒られる

「アルス……」


 アルスが酷くショックを受けている事を察したフィリアナが、労うようにその頬にそっと手を伸ばす。しかし、その手はアルスの頬に到達する前に勢いよく掴まれ、そのまま優しく膝の上に戻された。


「アルス?」

「すまない……。だが、今の俺はフィーに優しく触れてもらえる資格なんて……ない」


 そう言ってグッと唇を引き締め、押し黙ってしまったアルスにクリストファーが憐憫の眼差しを向ける。


「アルス……。先程も言ったけれど、僕もその事を知らなければ、君と同じように夫人を交渉材料に使っていたよ……。大体、今回君らしくない方法でパルマン殿を追い詰めてしまったのは、君の方も一刻も早く犯人を暴いてフィリアナ嬢の安全を確保したくて必死だったのだろう?」


 クリストファーの言い分にアルスは更に押し黙る。

 確かにアルスの性格からすると、人の弱みにつけ込み自身の要望を相手に押し通すやり方は、アルスらしくない動きである。現に昨日のアルスは、その方法を実行する前にパルマンに警告してから交渉を始めていたので、恐らく夫人を交渉材料に出す事はアルスの中での最終手段だったのだろう。


 だからと言って、それを正当化できる程、アルスはクリストファーのように物事を割り切れる性格ではない。ましてやこの7年間、アルスはアットホームな雰囲気のラテール家の愛犬として、ぬくぬくと暮らしていた。陰謀や駆け引きが飛び交う社交界とは疎遠で、王族である自分を取り巻く環境というものは経験していない状態なのだ。


 それでも地頭が良いため、状況に応じてはそのような交渉も行おうと思えば行える。しかしアルスの性格上、出来れば使いたくない交渉術だったのだろう。現にパルマンに対して行なった際、ある程度の罪悪感を抱いていた事が窺える。


 だが蓋を開けたら、アルスが抱いていた罪悪感以上にパルマンを追い詰め、傷を抉るような結果を招いてしまった。自身の祖父から酷い仕打ちを受け、心まで壊してしまっている母親を人質に取るようにパルマンへ属性魔法検査を強要したのだから……。


 その心境が手に取るように分かってしまったクリストファーは、どうしてもアルスに対して同情的な感情を抱いてしまうのだろう。合理的な考えで思い切った判断が出来るアルスだが、クリストファーと違って相手を精神的に追い込むなどの心理戦には、真っ直ぐ過ぎるアルスの性格では向かないのだ。


「アルス……。気にする事はないと言っても無理だとは思うけれど……。でも君にもパルマン殿と同じように何としても守り切りたいという存在がいたから、その選択をしたのだろう? パルマン殿だって同じだ。尋問中に王族二人に対して、強力な魔法を放とうとしたのだから……。確実に重い不敬罪になる事を覚悟した上で、自分の母である夫人を守りたいという思いで必死だったんだ。互いに譲れないものがあったのだから、今回の件は仕方のない状況だった思う……」


 珍しく労うような言葉をクリストファーにかけられるも、アルスは背中を丸め、両手で前髪をかきあげるように頭を抱え込んだままだ。

 そんなアルスの背中を優しく撫でようとフィリアナが手を伸ばした。

 しかし、それはアルスからポツリとこぼされた言葉で動きを止めてしまう。


「だが、パルマンの母親の心を壊したのは俺の祖父だ……。それなのに俺まで更に追い打ちをかけるような真似をしようと……」


 その言葉でアルスが一体、何にショックを受けているのかフィリアナが理解する。アルスは、心のどこかで自身が祖父である暴君オルストと同じような人間ではないのかという部分を危惧していたのだ。

 その事を察した瞬間、フィリアナは勢いよく立ち上がり叫んだ。


「違うよ!! アルスは……アルスは前国王陛下とは全然違う!!」

「フィー?」

「だって! だって……アルスは優しいもの! 自分よりも弱い立場の人の事をいつも考えてくれているもの! パルマン様の事だって……こんなにも気にして……傷ついて……」


 そう訴え始めたフィリアナは、いつの間にかボロボロと涙をこぼしていた。

 そんなフィリアナにアルスが苦笑する。


「何故、フィーが泣くんだ……」

「だって……だって!! アルスは全く悪くないのに自分の事を悪く言うから!! オルスト前国王陛下とは全然違うのに……。自分も同じような人間かもしれないって、思い込もうとしているから!!」


 そう叫んだフィリアナは、ボロボロと溢れ止まらなくなってしまった涙を鬱陶しそうに自身のドレスワンピースの袖口でグイッと拭う。

 そんな怒りを爆発させたフィリアナの状態に今まで話を静聴していたロアルドが、苦笑しながらアルスに向かって口を開く。


「あーあ……。アルス、フィーがこういう泣き方をすると手がつけられないぞ? お前もうちに来たばかり頃にこの洗礼を受けたのだから、よく知っているだろう?」


 そう言ってロアルドは、まだ6歳だった頃のフィリアナがアルスに嫌われたと叫びながら、この世の終わりのように全身全霊で泣き喚いた出来事を示唆するような事を口にした。すると、その当時の事を思い出したアルスが更に苦笑を深め、いきり立ちながら仁王立ちするフィリアナの手をそっと取る。


「そうだな……。フィー、ごめんな? 自分らしくない事を口にしてしまって……。もう大丈夫だから。そんなに俺の為に泣かないでくれ……」


 すると、フィリアナは更にボロボロと涙をこぼしながら、キッとアルスを睨みつける。


「全然大丈夫じゃないでしょう!? アルス、この間から毎回大丈夫だって言っているけれど……いつも物凄く傷ついているじゃない!!」


 そのフィリアナの主張に一瞬だけアルスが呆けたよう表情を浮かべた後、チラリとロアルドの方に視線を向ける。するとロアルドが「フィーには何でもお見通しみたいだぞ?」と呆れ気味の笑みを浮かべながら、揶揄ってきた。

 そんな言葉をかけられたアルスが小さくため息をつき、困ったような笑みをフィリアナに向けながら握っていたその手を優しく何度か引っ張る。


「フィー、本当に悪かった。もう不必要に自分を卑下するような事は口にしない。だから……頼むから泣きやんでくれ……」

「うっ……ふぅっ……。ア、アルスの……ばかぁー……」

「そうだな。俺がバカだった……。だから、ほら。座って泣き止もうな?」

「うぅー……」


 再度アルスに優しく手を引っ張られたフィリアナは、そのままストンと長椅子に腰を下ろす。するとアルスが肩に腕を回してフィリアナを自分の方に引き寄せ、まるで幼子をあやすかのようにその肩をポンポンとリズミカルに優しく叩き始めた。

 その様子を見ていたクリストファーが一瞬、毒気が抜かれた様な表情を浮かべたあとに苦笑する。


「君達三人は……まるで本当の兄妹みたいだね……」


 すると、その言いように不満を感じたアルスが即座に物申す。


「ロアはともかく、俺は違う! フィーと兄妹になったら結婚出来ないじゃないか!」


 そのアルスの言い分にクリストファーが、今日一番の驚きの表情を浮かべる。


「えっ……? フィリアナ嬢、ついに観念して第二王子の婚約者の座に収まる事に承諾してくれたのかい?」

「いや……まだだ……」

「なんーだ、まだかー。あー、良かった!」


 そのクリストファーの反応にアルスが怪訝そうな表情を浮かべながら、片眉をあげる。


「クリス? お前、今……」

「さてと……アルスが急にパルマン殿へ過剰な罪悪感を抱き始めたせいで、大分話が脱線してしまったけれど……。そろそろ本題に戻らせてもらうよ?」

「待て! お前、今物凄く嫌な反応を示さなかったか!?」

「うるさいなー。そんな事より、今は一刻も早く王族暗殺を目論んでいる黒幕を暴く事が最優先事項だろう? アルス、さっさと頭を切り替えて!」

「お前……この件が片付いたら覚えていろよ……」

「その言葉、そっくりそのまま君にお返しするよ」


 アルス達が何の話をしているかよく分からなかったフィリアナは、キョトンとした状態でアルスに肩を抱かれたままグズグズ鼻を鳴らしていたが……。兄であるロアルドの方は、その二人のやり取りから何かを察してしまったようで顔を引き攣らせる。


 そんな胃痛になりそうな状態のロアルドに気付かないふりを通したクリストファーだが、またしても王家にとっては耳が痛すぎる話題を口にし出した。


「それで先程の話の続きなのだけれど……。もしこの王族暗殺未遂の黒幕がパルマン殿ではなく、ラッセル卿だった場合、彼にもパルマン殿と同じような犯行動機があるという事になるのだけれど……」


 その話にアルスが、あからさまに顔を強張らせた。

 だが、ロアルドの方はクリストファーのその考えが、あまりしっくりこないという反応を見せる。


「それはラッセル宰相閣下が、母君が前王の被害に遭ってしまった事をパルマン殿のように深く恨んでいるという事でしょうか?」

「うん……。実は……影達に夫人の事を調べさせたら、かなり気になる情報が上がって来たんだ」

「「「気になる情報?」」」


 三人が同時に聞き返すと、再び眉間に皺を寄せたクリストファーが何故か沈痛な表情を浮かべる。


「またしても(はらわた)が煮えくり返るような救いの無さすぎる話をしてしまうのだけれど……」


 そのクリストファーの前置きにアルスが、あからさまに肩をビクリとさせた。


「実は……ラッセル卿の母である前宰相閣下夫人は卿を出産後に体調を崩され、その後は妊娠する事が難しいという診断を医師から下されていたんだ……」


 またしても耳を塞ぎたくなるような無情すぎるその話を聞かされたアルスは、やり場のない怒りをぶつけるように自身の拳を目の前のテーブルに勢いよく叩きつけた。

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