62.我が家の元愛犬は打ちひしがれる
【※注意※】
過去エピソードになりますが、女性がかなり酷い目に遭ったという話が出てくるので【残酷な描写有り】に該当する話の可能性があります。
もし気分を害された場合は、即ブラバで!
重い展開でもあるので、読まれる際はお気を付けください。
またしても隣国という言葉が出てきてしまった為、フィリアナ達があからさまに警戒の表情を浮かべてしまう。そんな三人の反応にクリストファーが、困り果てたような笑みを返してきた。
「そうだよね……。僕でもそういう反応をしてしまうよ……」
すると、ロアルドが口元を引き攣らせながら、更に嫌な情報を掘り起こしてきた。
「あの……僕の記憶が確かであれば、確かラッセル宰相閣下ご自身も10代の頃、隣国に留学されていたと父が口にしていたと思うのですが……」
「流石、ロア! よくその情報を覚えていたね! そして残念な事にその通りだよ……。ラッセル卿は、13歳から18歳の期間、僕らのようにこの国の王立アカデミーに通わず、隣国に留学していたんだ。何でも前宰相閣下が、将来宰相職を継がせる事を見据えて、隣国の政治手腕や経済情勢を学ばせたいという理由だったようだけれど……。ちょうどその頃、僕らの祖父である前王失脚で前宰相も伯父上や父と動き始めていた時期だから、息子であるラッセル卿の安全を考慮して長期留学させた可能性が高いかな」
そのクリストファーの話に更にロアルドが眉間に皺を刻む。
「ですが……かなり乱暴な深読みをすると、前宰相の頃から、この国を隣国の手中に落とそうとするような動きがあった……という考えも出来ますよね……」
「単純思考のアルスと違って、ロアは物事の裏の部分まで考えを巡らせてくれるから、話が早くて助かるよー」
「誰が単純思考だ! お前達二人が腹黒過ぎるのだろう!?」
「王侯貴族の世界なんて腹黒くなければやっていけないよ? ね、ロア!」
「褒められている気が全くしないのですが……」
「嫌だなぁー。ちゃんと褒めてるよー」
やや緊張感のない様子のクリストファーがニコニコしながら、再びテーブルの上の黒いファイルを開く。すると、いかにも真面目で正義感の強そうなキリリとした顔立ちの青年の姿絵が出てきた。
その瞬間、フィリアナ達三人の目はその姿絵に釘付けになる。
「さて、冗談はこれぐらいにして……。君達、この青年が誰だか分かるかい?」
明らかに答えが分かり切っている質問を何故か勿体ぶるようにしてきたクリストファーにアルスが、不機嫌そうに答えを口にする。
「誰って……ラッセルの息子のユーベルとかいう奴だろう?」
「正解。で、この姿絵を見て何か思う事はないかな?」
すると、今度はフィリアナが小さな声でポツリと呟く。
「銀髪……」
そのフィリアナの呟きにその場の空気が一瞬で重くなる。
すると、先程とは打って変わって神妙な顔つきになったクリストファーが、まるで警告するかのような口ぶりで語り出す。
「そう、彼は銀髪だ……。ただラッセル卿だけでなく、彼の奥方も高魔力保持者の象徴でもある黒髪であるから、二人の間に黒髪と同じく高魔力保持者の象徴でもある銀髪の子供が生まれてもなんら不思議じゃない」
そう言いながらクリストファーは、自身の前髪を二本の指で軽く摘まむ。
「だけど僕を見て貰えば分かると思うけれど、銀髪の子供が一番生まれやすい状況は、王家の血が入っている事なんだ……。しかも父親が闇属性魔法持ちだった場合、その子供はほぼ銀髪で生まれてくる……。実際に僕と妹のオリヴィアもそうだし、彼の妹であるライリア嬢も隣国の社交界で話題になる程の絹糸のような美しい銀髪だ」
その話にフィリアナが、少し前に兄ロアルドへの想いを熱烈に語ってくれたオリヴィアの容姿を思い出す。天使のようなフワフワな髪の美少女は、確かに彼女の父である王弟クレオスと同じ銀髪だった。同時にその銀という髪色を持つ人間が、同じ高魔力所持者の象徴でもある黒髪と比べると、意外と人口が少ない事に気付いてしまう。
すると、無意識に王族で高魔力保持者でもある黒髪のアルスの方に視線が行ってしまう。その視線に気付いたアルスが、何故か小さく息を吐いた後、重苦しそうに口を開く。
「二人は……パルマンが潜伏していた地下道で、闇属性魔法についた書かれた厳重保管対象の本の事を覚えているか?」
「あの王族にしか読む事が許されていない閲覧規制のある本の事か?」
「ああ。実はあの本には闇属性魔法について書かれているだけでなく、その力を持つ子供が生まれて来る条件も書かれていた」
そのアルスの話にロアルドが首を傾げる。
「条件って……。確か一般的に言われているのが、規格外過ぎる高魔力保持者同士が子を成すと、物凄い低い確率で闇属性持ちの子供が生まれてくるってやつだよな?」
「いいや。その条件では絶対に生まれて来ない。何故なら闇属性魔法保持者も光属性魔法と同じようにリートフラム王家直系の血が入っていないと生まれて来ないからだ」
「「えっ……?」」
アルスの口から放たれたその内容にロアルドとフィリアナが、キョトンとしながら驚きの声をあげる。
「二人は俺達王族から光属性魔法を扱える人間が生まれて来る経緯は知っているよな?」
「あ、ああ……」
「確か初代リートフラム国王が死後に精霊になる程、強い光属性の力を持った女性を王妃様として迎え入れたからだよね?」
「そうだ。だが……実は死後に精霊になる程の力を持っていたのは、王妃だけではないんだ……」
アルスの言葉にロアルドとフィリアナが、驚きで大きく瞳を見開く。
「ま、まさか!」
「そのまさか、だ……。俺達リートフラム王家の祖先は、初代王妃が光属性の力を持った女性。そして初代国王は闇属性の力を持った男性だったんだ……。ようするに二人共、光と闇という特殊な属性持ちで、しかも死後は精霊という存在になる程の強い力を持っていた。そして実際に初代国王夫妻は亡くなった後、それぞれ光と闇の精霊となり、俺達王家の子孫にその特殊な属性を加護として与えたんだ」
その話を聞かされたフィリアナとロアルドは、あまりにも度肝を抜く王家の成り立ちに口をパクパクさせる。そんな反応を見せている二人を軽く受け流し、アルスは更にその真相を語る。
「だから闇属性魔法保持者は、最低でも『王家直系の血を引く第一子以降の男児』という条件に当てはまらなければ生まれてこない。仮にその条件を満たしたとしても、生まれて来る可能性は極稀なんだ……。そして、もし生まれてきた場合、光属性魔法を受け継いだ兄上のように、闇属性持ちは必ず銀髪で生まれて……」
すると、アルスの話をロアルドが途中で遮る。
「待て待て待て! いきなりそんな今までとは比べものにならない程の重大過ぎる王家の秘密を淡々と語られても困る! 大体、今の話だと、この国の闇属性魔法保持者は皆、王家直系の血を引く二属性持ちの子供になるって事になるじゃないか!」
「そうだよ。だから王妃以外から生まれた闇属性魔法保持者は、その力を持っている事をひた隠しにされる事が多かったんだ……」
「えっ……?」
アルスのとんでもない暴露話にロアルドが待ったをかけていたら、何故かそれまで静観していたクリストファーが神妙な面持ちで会話に加わってきた。その突然のクリストファーの参戦にロアルドが驚き、視線を向ける。
するとクリストファーが、何ともやるせないと言った困った笑みを浮かべながら、その続きを語り始めた。
「闇属性はあまり印象が良くない属性だから、その力をひた隠しされる事が多いと言われているけれど……実際は違う。闇属性持ちの子供が生まれる条件は、必ず直系の……しかも第一子である光属性持ちの王族の血が入っていなければ生まれてこない……。すなわち、王妃以外の女性から闇属性魔法保持者が生まれたと言う事は、その子供の存在は母親の女性が直系の王族……しかも王位継承権第一位の人間のお手付きになったという証のようなものなんだ……」
そのクリストファーの言いように同じ女性という立場であるフィリアナが、思わずビクリと肩を震わせた。
「そしてその女性は、闇属性魔法を持つ子供を産むくらいだから、かなりの高魔力保持者……つまり高位貴族という事になる。そうなると大抵の場合、その女性は外聞や体裁、家名に傷がつく事を懸念し、下位貴族の女性のように軽々しく国王の愛妾などに納まるという選択はしない。だからパルマン殿のケースのように泣き寝入りするしかないんだ……」
最後の方は力無い口調で語られたクリストファーの話に今度はアルスが、驚くような表情で反応する。
「パルマンの……ケース?」
「アルス、セルク兄様からの伝令で報告を受けたのだけれど、君はパルマン殿に属性魔法検査を受けさせる為に交渉材料で彼の母君を使ったそうだね」
「ああ……」
「そのパルマン殿の母君である前グレンデル伯爵夫人が、この40年程どういう状態であったかは知っていたかい?」
「…………逃走したパルマンの潜伏先に向かう前に兄上から、夫人の資料を見せて貰ったから知っていた。夫人は……ちょうどパルマンを身籠った辺りから妊娠の影響で情緒不安定になり、そのまま心を壊して精神的に少女退行した状態になってしまったと……」
「うん、そうだね。夫人は、夫である前グレンデル伯爵と婚約していた10代の頃に記憶や精神が戻ってしまい、この40年間ずっと少女のような振る舞いをしている状態だ。だからその時に身籠っていたパルマン殿はもちろん、現在家督を継がれている長男の現グレンデル伯爵や他家に婿入りした次男のご子息の事も記憶にない状態だ。今は家督を長男に譲った前グレンデル伯爵と共に領地内にある保養地でお二人共、穏やかに隠居生活をなさっている」
何故かパルマンの母親の現状の詳細を口にしてきたクリストファーにアルスが、鋭い視線を向ける。
「クリス、何が言いたい……? そんな心神喪失をしている母親を交渉材料にした俺が最低だとでも言いたいのか?」
「あっ、やっぱり後ろめたい気持ちは抱いていたんだ? いいや? そんな事は言わないよ。だって僕も君と同じ立場で彼を尋問していたら、同じように彼の母君を使って属性魔法検査を彼に受けさせていたと思うから。でもね、君はその後のパルマン殿の暴走ぶりから、ある事に気付かなかったかい?」
「ある事……?」
何やら勿体ぶるような話の展開をしてくるクリストファーにアルスが苛立ちを感じながら、眉を顰める。
すると、クリストファーが大きく息を吐いた後、真っ直ぐにアルスを見据える。
「今回の属性魔法検査で、パルマン殿には雷属性の他に闇属性魔法も扱える事が判明した。すなわち、彼も君と同じ王族直系の血が流れていると言う事になる。そして夫人が、少女退行をするような心神喪失に陥った時期は、ちょうどパルマン殿を身籠った時期と重なる」
その瞬間、アルスがビクリと肩を震わせ、吐き気を堪えるように右手で口元を抑える。またロアルドも似たような反応を示し、顔色を青くさせた。
だが、フィリアナだけが、何故二人が急に衝撃を受けるような反応をしているのか分からない。すると、アルスが口を押えた状態で目を見開きながら、絞り出す様に言葉をこぼす。
「嘘……だろ……? それじゃあ……パルマンの母親が心を壊した原因は……」
そうこぼしたアルスが、何故か小刻みに震え出したので、心配になったフィリアナがアルスの肩を優しく摩る。しかし、この後にクリストファーから発せられた言葉で、その手を思わず止めた。
「パルマン殿の母である前グレンデル伯爵夫人が心を壊してしまった原因は……僕らの祖父である暴君オルストに襲われ、子供を孕まされたショックからだ」
その瞬間、アルスは長椅子に座ったままの状態で、崩れ落ちるように両腕で頭を抱え込んでしまった。




