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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の元愛犬】

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61/90

61.我が家の元愛犬は今は亡き侍従を想う

 アルスが発した問いかけで、全員がルインに対して同情的な気持ちを抱く。

 ルインの年齢からすると、ちょうど仕え始めた頃の3歳くらいのアルスと同じ年齢の時に孤児になった可能性が高い。


 アルスも侍従になる前のルインが、どのような状況に追い込まれていたのか、想像はついていたのだろう。それでも……敢えて皆に問いかけずにはいられなかったようだ。そしてフィリアナ達もアルスと同じく、ルインが高貴な生まれでありながら、何らかの理由で家が没落してしまった高位貴族の生き残りだと想像してしまった。


 それは今から25年程前の隣国グランフロイデでは、酷い内乱が起こっていたからだ。その原因は統率力が皆無な人間が王位についてしまった為、当時のグランフロイデ王家が国内の貴族をまとめ上げる事が出来ず、領地の奪い合いを始めてしまっていた。その際、身の危険を感じ領地を追われた貴族達が、リートフラム国にかなり亡命してきた。


 そんな時代背景だった為、もしルインが高位貴族だった場合、彼の家族はこの内乱期に何らかの事情で、命を落とした可能性が高い。何故なら、もしルインの家族が健在であれば亡命先の住まいなどはしっかり確保されていたはずだからだ。

 その為、ルインが孤児になる事はなかった。


 しかし、実際のルインの辿った道は、犯罪者の温床でもある暗殺組織に身を置き、人を殺める事を生業とする人間に陥ってしまった……。恐らく当時幼い子供だったルインは、そうでもしないと生き残る事が出来ない状況だったのだろう。


 そして幼児がそんな過酷な未来を選んでしまった背景には、やはり当時の幼かったルインには彼を守ってくれるような大人が、周りに一人もいなかった事が窺える。そんな内乱を鎮めたのが、旧王家の分家でもある当時の公爵家……すなわち現在の王家である。


 だが、その際に国内の貴族達を精査し、内乱時に不当な理由で他の領地に攻撃をしかけたり、不正等などを派手に行っていた貴族達をかなり厳しめに取り締まった。その結果、国の三分の二の貴族達が奪爵(だっしゃく)や降格処分対象となり、真王家は国内の貴族達をほぼ総入れ替えしたのだ。


 もしルインが処分対象の貴族の家の生まれだった場合、彼の家も爵位を奪爵(だっしゃく)され、平民落ちになった可能性も考えられる。どちらにしてもルインが隣国の貴族の生まれであった場合、25年前に隣国で起こった内乱で家族や家を失ってしまった可能性は高い。


 更に間の悪い事にその頃のリートフラム国は、暴君が支配する暗黒時代の全盛期だった。自国の内乱から必死で逃げだして来た隣国の貴族達にとっては、もはや踏んだり蹴ったりな状況である。この時、長い歴史を持つグランフロイデの貴族達の血筋は、かなり途絶えた事だろう。

 そしてルインもそんな人間の一人だったのかもしれない……。


 ルインという青年の人生がどうだったか想像した際、そんな推察しか出来なかったフィリアナ達の空気は、自然と重くなってしまう。

 そんな中、アルスが悔しそうに顔をゆがめながらポツリと言葉をこぼす。


「俺は……ルインの事を何も知らない……」


 その呟きに三人がアルスへ視線を向ける。


「あいつは、どんな気持ちで俺に仕えていたんだ……? 殺さなければならない俺を……結局は自分の命を犠牲にしてまで助けて……。ルインは……暗殺者に身を落してまで、生き残ろうと生に執着していたはずなのに。何故、俺なんかを助けたんだ……?」


 まるで絞り出す様に言葉を詰まらせだしたアルスの異変にすぐに気が付いたフィリアナが、その両手を優しく取りながら、ゆっくりと首を振る。


「アルス、違うよ? ルインさんはね、自分が生きる事に執着していたから、アルスにもっと生きて欲しかったんだと思う……。だって、昨日のアルスの話を聞いていたら、この城で過ごしていたルインさん、凄く楽しそうだったんだなって思ったもの……。多分、ルインさんにとって、アルスの侍従として過ごした頃が人生で一番楽しかった時間だったんじゃないかな?」

「フィー……」

「だから『俺なんか』とか言わないで? 折角、ルインさんが自分の命を犠牲にしてまで、アルスを守ろうとしてくれたのだから……。そんな事を口にしてしまったら、ルインさんの気持ちを踏みにじる事になってしまうから……」


 まるで優しく言い聞かせるように……。

 フィリアナは、犬だった頃によくしていた自身の額をアルスの額にそっと押し当てる。するとアルスは、俯くようにフィリアナの肩口に顔を埋めた後、甘えを乞うようにフィリアナの腰の辺りに両腕を回す。そんな二人の様子にクリストファーが、目を丸くしながら驚きの表情を浮かべた。


「驚いた……。あの狂犬王子が素直に人に甘えるなんて……。まぁ、犬だった頃によく見かけた光景ではあるだけれど。二人共、今でもそのままの感覚なのか……。凄いね、フィリアナ嬢は。ここまで狂犬を手懐けているなんて……」

「さっきから人の事を狂犬狂犬と連呼するな!」

「現状、こうして僕に食ってかかるのだから狂犬で間違っていないと思うけれど? 大体、君は犬だった頃の癖を利用して、フィリアナ嬢に対する過剰スキンシップが酷過ぎやしないか? それ、第二王子としては、かなり品位を問われる振る舞いだからね?」


 何故かいつも以上に突っかかってくるクリストファーにアルスの表情が、見る見ると不機嫌になってゆく。


「うるさい! 何なんだ、お前は……。もしかして俺のこの状況が羨ましいのか!?」

「いいや? 僕はどちらかと言うと、女性に甘えるよりも甘えられる方を好むから、今の君の状態には何の魅力も感じないよ? だからフィリアナ嬢、アルスの甘えにウンザリしてしまったら、遠慮なく僕に甘えてきていいからね!」

「ええと……」

「やめろ! フィーに変な事を吹き込むな! フィーに甘えられる権利を持っているのは俺とロアだけだ!」

「あっ、一応ロアはいいんだ?」

「ロアはフィーとは血の繋がった兄妹だから許す!」


 アルスのその言い分にクリストファーだけでなく、ロアルドも意外そうな反応をした後、呆れ顔になる。


「何でお前がその決定権を持っているんだよ……。フィーもあまりアルスを甘やかすな」

「だって……。ここ最近のアルス、何だか元気がなさそうな時が多かったから……」


 そう言って自分に抱き付いているアルスの頭を撫でつけるフィリアナだが……。その行動は、完全にアルスが犬の姿だった頃に癖なってしまっている接し方だ。そんな二人の状態にロアルドが盛大にため息をつく。


「二人共……いい加減に男女間の適切な距離間を守らないと、後で物凄く後悔する事になるからな……」

「これが俺とフィーの適切な距離間だ」

「お前は、もっとフィーに対してデリカシーを持って接しろ!」

「デリカシーとは何だ?」

「やっぱり……。その言葉自体を知らなかったか……」


 アルスの返答にロアルドが頭を抱えていると、それらのやり取りを笑いを堪えながら静観していたクリストファ―が、一度場を仕切り直す様にコホンと咳払いをする。


「楽しそうなやり取りをしているところに水を差すようで申し訳ないのだけれど……。先程までしていた暗殺組織についての話に戻させてもらうよ」


 そう言ってクリストファーは、黒いファイルから数枚の書類を取り出し、先程までアルスが凝視していたルインの書類と一緒にテーブルに並べた。


「実は今回ロアが捕縛した刺客は、ルインが所属していた暗殺組織とは別の組織だった事が判明したんだ」


 そのクリストファーの話に三人が同時に動きを止める。


「まぁ、これもあくまで推察なのだけれど……。ルインが所属していた組織は、彼が暗殺に失敗した事で今回の黒幕から契約を切られた……あるいは組織自体を壊滅された可能性があるんだ。その真相はアジトがすでにもぬけの殻だったから分からないのだけれど……。王族の暗殺なんて大それた依頼をしくじったのだから消される覚悟で、その組織も依頼を受けていたと思う。そして今現在、引き継ぐようにその王家暗殺の依頼を請け負っている暗殺組織は、刺客が魔導士だった事を考えると、ルインの時とは違い、この国に存在する暗殺組織なのだと思う。しかも、依頼に失敗した場合、強制的にその刺客を口封じの為に殺してしまうような……かなりプロ意識が高いかけれど、非道過ぎる暗殺組織のようだ」


 その情報にロアルドが、少し考える仕草をした後、先程まで一番の脅威をなっていた部分について確認する。


「そうなると……今回のリートフラム王家暗殺の件には、隣国のグランフロイデは関わっていないという事でよろしいですか?」


 するとクリストファーが何とも言えない微妙な表情を浮かべた。


「そうだったらいいのだけれど……。まだ隣国が関与している可能性を否定出来ない部分があるんだよね……。君達、ラッセル卿にはご子息とご息女がいるというのは、この間の話で知っているよね?」

「ああ」

「「はい」」

「で、その内のご子息の方なのだけれど……彼はユーベルと言う名で、セルク兄様より一つ年下の今年で成人する18歳の青年だ」


 何故か勿体ぶるようにラッセルの息子の情報を小出しにするクリストファーにアルスが、やや苛立ちを見せる。


「そいつが何だと言うんだ……。勿体ぶらずにさっさと本題に入れ!」

「アルスはせっかちだなー。実はそのユーベルという青年、13歳頃から現在まで二つ年下の妹と共に隣国のグランフロイデに長い間、留学しているんだよね……」


 その新たにもたらされた隣国関与の可能性を彷彿させる情報に、三人の表情は一瞬で強張った。

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