60.我が家の元愛犬は従兄の情報に食い付く
翌日、リートフラム城に宿泊したフィリアナ達は、朝から豪華な朝食を食べた後、王族専用のサロンでパルマンの事情聴取の結果を待ちつつ、寛いでいた。
すると、扉がノックされて案内の者と共にクリストファーが姿を現す。
「クリス? お前、こんな朝早くから何の用だ?」
「何の用って……。僕があの後、誰の為に捕縛した暗殺者が所属していた組織について自宅に調べに戻ったと思っているんだい? 折角、新たに判明した事があったから、急いで知らせに来たのに……。君のその態度は、あまりにも酷すぎると思うよ?」
「別に俺は頼んでいない。そもそもお前がその事を調べた一番の理由は、王太子である兄上が命を狙われている危機的状況だからだろう?」
「確かに第二王子暗殺未遂に関しては、もう王太子暗殺未遂のついでで調べたって感じかなー」
クリストファーの言い分にアルスがいかにも不機嫌そうに片眉を上げる。
「お前の方が酷いじゃないか!!」
「だって、今のアルスは襲われても自力で撃退できるじゃないか……。まぁ、今回はセルク兄様の安全面だけでなく、それ以上にフィリアナ嬢の身が危険に晒されているから、急いで調べたのだけれど」
「えっ……?」
クリストファーの言葉にフィリアナが大きく反応する。
その様子を確認したクリストファーが、何かを含んでいるような美しい笑みを優雅に浮かべる。
「君に何か遭ったら大変だからね……。特にそこにいる狂犬王子は、何をするか分からない程、大暴れすると思うから」
「当たり前だ! フィーに危害を加える人間は、全て俺が消し炭にしてやる……」
「アルス。それ、悪人が言うセリフだよ?」
そう言ってクリストファーは一人掛け用の椅子に腰を下ろし、小脇に抱えていた厚手の黒いファイルをテーブルの上に置いて開き始める。
「セルク兄様達がいないけれど……。ちょうどいいから、先に君達に先日捕縛した刺客について分かった事を話そうかな」
「俺が犬にされた時にその暗殺組織については、ある程度目星がついていたんじゃないのか?」
そのアルスの質問に何故かクリストファーが盛大にため息をつく。
「あのさ、アルス……。君が犬にされた時、その時の暗殺組織は君の暗殺に失敗しただけなく、僕らに自分達の情報をいくつか与えてしまった状況だったという事は、分かっているかい?」
「それは、ルインが使った呪術みたいな変な力の事か?」
「そう、それ。あの後、調べた結果、彼が使った呪術のような能力は、隣国のグランフロイデで使われている魔術の一種だと判明したのだけれど……」
「「「隣国っ!?」」」
クリストファーの話にアルスだけでなく、フィリアナとロアルドも同時に驚きの声を上げる。
「実は君が犬にされた一年後くらいにこの事は調べがついていたのだけど……。そういう反応をされるから、この調査結果はリオレス叔父上とセルク兄様にしか伝えていなかったんだよね……」
「何故、当事者の俺にその事が報告されないんだ!!」
「犬の状態な君に伝えても余計に君の不安を煽る結果にしかならなかったから、セルク兄様の提案で僕らだけの情報共有に留めておこうという話になったんだ。もしルインが、この国に来てから暗殺組織で活動を始めたのなら、そこまで問題視する事ではないのだけれど……。そうでなかった場合、王位継承権を狙ったこれらの騒動に隣国が絡んでいるという事にもなるからね。その場合、隣国が前王のご落胤を利用して、この国の中枢にまで入り込み、国を牛耳ろうとしている可能性も出てくるから」
クリスストファーのその話にロアルドとフィリアナの顔が強張る。
だが、アルスの方は腑に落ちない点があったようで、訝しげな表情を浮かべた。
「隣国の人間が扱う『魔術』と言うものは、確か魔石が施された杖で空中に術式を書き込みながら、詠唱して魔法的な力を発動するのではなかったか? ルインが使った術は隣国の発動方法とは違うぞ?」
「いや、同じ……というか、元々はルインが行っていた方法が昔ながらのやり方なんだ。隣国はうちと違って、精霊の血統を持つ人間がほぼ存在しない。だから僕らのように血で魔力を練り上げ、魔法を発動する事が出来ないんだ」
そこでクリストファーは、黒いファイルに入っていた魔術について書かれた資料を見えやすい様にテーブルの上に広げる。
「だけど長い歴史の中でうちを侵略しようとした時代があったみたいで、その際に魔法が使えるこちらに対抗する為に編み出されたのが『魔術』らしいけれど……。当初は詠唱のみで発動させるしかなかったから、その間に隙が出来て全く役に立たなかったそうだよ。その後、『魔術』は隣国で研究に研究を重ねられ、空中に術式を書く事で詠唱時間を短縮させる今のスタイルが、確立されたらしい。だからルインが使った呪術のような力は、術式の書き込みが導入される前の旧式な魔術の発動の仕方だったんだ」
隣国グランフロイデと、この国は海を挟んでなら目と鼻の先の距離だが別大陸になる為、厳密にはリートフラム国の隣国とは言えない国だ。だが、500年前まで船での国交のみだった両国はその後、互いに交易を望み、橋などを設置して今では隣国と言っていいほど近しい国となっている。
だが、500年前までは完全に別大陸だった為、リートフラム国の貴族達のように精霊の子孫という存在は、グランフロイデには存在しない。ようするに生まれながらにして魔力持ちの人間はいないのだ。
しかし、その後にリートフラム国との距離が縮まり、隣国へと国を出る者もいた。
その為、現在の隣国では多少の魔力を持つ者も増えてはいるようだが、リートフラムの貴族達のように魔法を放てるまでの魔力を持つ者が生まれる事は、今でも極稀なケースなのだ。
その為、グランフロイデでは、魔法的な力を使う際は未だに魔術が主流である。
だが、今のクリストファーの話から、ルインの魔術発動についてロアルドが疑問を抱く。
「あのー、少々疑問なのですが……。発動までの時間を短縮する方法が確立されているのに何故ルインは、時間の掛かる旧式の発動方法を使っていたのでしょうか……」
そのロアルドの質問にクリストファーが難しい顔をしながら答える。
「これはあくまでも僕の推測なのだけれど……一応、この二つが理由じゃないかと思う。一つは、杖を所持していなくても使えるという点。ルインが扮していた子爵令息は、魔術を学んだ経歴が一切ない。そんな状態で魔術発動に必要な杖を所持していたら、すぐに素性を怪しまれてしまうからね。彼は任務中に足が付かないように杖無しで、魔術が使えるよう訓練された人材だったのではないかな」
そのクリストファーの話に改めてルインという青年が、暗殺組織の一員であった事をフィリアナ達が認識し直す。
「二つ目は、旧式の方が発動出来る魔術が強力で種類が多いからだと思う。ルインがアルスにかけた魔術は、はっきり言って呪術に近い特殊効果なものだっただろう? だから発動する際の術式や詠唱文言が、かなり複雑だったんじゃないかな? 『魔術』はこの国の平民並みの微量な魔力しかない人間でも属性の縛りが無く、簡単に魔法的な力を発動出来るところがメリットなのだけれど……。誰でもすぐに覚えられる簡単な術式では、この国の初級魔法以下の威力のものしか発動出来ない。だけど、詠唱や空中に書き込む術式をもっと複雑にすれば、その威力を高めたり、新たな魔術を生み出す事も出来るそうだよ」
そこで一度、クリストファーは一息つくようにいつの間にかテーブルの上に用意されていたお茶で喉を潤す。
「ルインが所属していた組織は、僕らが突き止めた段階では何者かによって壊滅させられていたから、その後はどうなったかの詳細はよくわからない。だけど……彼の個人ファイルはその組織のアジトに残されたままだった。そこには彼がどういう経緯で組織に入り、どんなスキルを持っているのか、ある程度の情報が書かれていたのだけれど……」
そう言ってクリストファーが、先程テーブルの上に置いた黒いファイルにチラリと視線を向ける。すると物凄い勢いでアルスが、そのファイルに飛びついた。
「彼は組織の方には、自分が旧式で発動出来る特殊な術式を持っている事を隠していたようだ……。うちの国では血統で代々属性魔法や魔力が受け継がれているけれど、隣国の爵位持ちの家では、それに似た形で、その家の一族が編み出した特殊な魔術の術式が、代々受け継がれているようだよ。すなわち、複雑な魔術の術式を知っている人間は、隣国グランフロイデ内では、爵位持ちの生まれだった可能性が高い」
そのクリストファーの話を聞いたフィリアナがあることに気付き、ボソリと口にする。
「では……ルインさんは隣国では平民ではなく、貴族だった可能性があるという事ですか?」
「恐らく、ね。僕も幼少期にアルスのもとへ遊びに行った際、彼と接する機会があったのだけれど……。その時、やけに彼の所作が一般的な貴族令息に比べて美しいと思った事があったんだ。今思うと、彼は隣国では、かなり爵位の高い家の生まれだったんじゃないかな……」
クリストファーのその推察に先程から黒いファイルの中にあった資料を読み漁っていたアルスが、ふっと顔をあげた。
「ルインは……隣国では高位貴族だったという事か……? だが、この資料には孤児としか書かれていない……。そもそも、何故そんな高位貴族だったかもしれないルインが、犯罪者の温床のような暗殺組織に身を落してしまったんだ……?」
そのアルスからの問いで、ルインという青年の生涯がかなり過酷なものだった事をその場にいた全員が察してしまう。すると室内に重苦しい沈黙が広がった。
【※魔法と魔術についての補足説明※】
【魔法】と【魔術】の違いは、この世界では以下の設定です。
かなり厨二設定ですが、そこはファンタジー要素だと思ってスルーでお願いします。(汗)
【魔術】
フィリアナ達の国リートフラムの王侯貴族のみが扱える力。
精霊の子孫でもある貴族達が自身に流れる血液中の魔力を練り上げ(気を溜める感覚?)魔法を生成する。
(その為、魔力持ちの家系は希少扱いされ爵位を与えられ、その血族が尊まれている)
現状だと基本四属性の地水火風に特殊な雷氷闇光の属性魔法があるが、基本的には一人一属性しか扱えない。(直系の王族のみ二属性魔法が扱える)
発動時までの時間は個人差はあるが短めで、威力も各個人が持つ魔力量や魔法センス等で差が出る。
【魔術】
隣国グランフロイデで主流の魔法的な力。
少し学べば国民の殆どが身分や血統に関係なく扱える。
少ない魔力量でも詠唱を行う事で魔法的な力を発動する事が出来き、魔法のように属性などもないので、基本術式に独自で新たな術式を組み込んでいけば色々な効果の魔術も生み出せる。
ただしその場合、詠唱文言が長くなる為、発動までかなり時間が掛かる。
その時間短縮の為、詠唱中に魔石付きの杖で空中に術式を描く事で時間短縮を図れるが、詠唱文言と描く術式を同時に覚える必要がある為、かなりの熱意で魔術を極めたい人間でないと強化は難しい。
尚、隣国での魔術は簡易な生活補助魔法という認識レベル。
威力も同じ術式であれば個人差が出る事もない。
(※尚、魔法と比べると、基本術式の魔術は魔力が低い幼児が放つ魔法並の威力)




