56.我が家の元愛犬は衝撃を受ける
宰相ラッセルが犯人の可能性がある事をアルスが呟くと、その場にいた全員も衝撃を受ける。
もし本当にラッセルが今回の黒幕であった場合、長年国王の右腕として国に尽くしてきた真面目な宰相が王位を狙い、王太子と第二王子の暗殺を謀っていた事になってしまうからだ。しかもその場合、宰相ラッセルにも直系のリートフラム王家の血が流れているという事になる。
だが、その仮説の恐ろしいところはそれだけではなかった。
もしラッセルがリートフラム王家の血を引いていた場合、暴君だった前王オルストから、当時王太子だったリオルスと第二王子クレオスが謀反に近いような形で王位を奪った際、惜しみなく協力してくれた前宰相でラッセルの父であるバッセム・アーストン前侯爵の妻が、暴君オルストの毒牙に掛かっていたという事になる。
その考えたくもない可能性が出て来てしまった事に室内にいる全員が息を呑む。
だが、その重苦しい雰囲気を何とか払拭しようと、セルクレイスがその考察に問題点がある事を指摘した。
「確かにラッセルの検査結果の偽装も可能性としては考えられるが……。その場合、どのように偽装したのだ? そもそも水晶にそのような細工をする事など出来るのか?」
「出来ます……」
アルスがそう答えると、全員が驚きの表情を浮かべる。
だが、フィリアナとロアルドはそう言い切ったアルスの返答から、ある事を思い出す。
「さっき地下道にあった水晶……」
「地下道にあった水晶?」
フィリアナの呟きにセルクレイスが反応する。
すると、ロアルドとアルスがその詳細を説明し始めた。
「実は先程パルマン殿が潜伏していた地下道で、おかしな反応をする属性魔法検査用の水晶があったのです」
「その水晶は、二属性魔法持ちの俺が触れても魔力が高い火属性魔法しか感知されなかった。だが、あれは不良品などではない。敢えて一属性しか感知出来ないように作られた水晶なのだと思う……。フィリックス、ラッセル達の属性魔法検査用の水晶は、誰が用意した?」
アルスの問いにフィリックスが思い出しながら、その時の状況を口にする。
「誰と言われましても……。能力検査用の水晶は全て魔法研究所で管理している為、研究員達が用意した物になります。ただ今回は、その管理責任者のパルマン殿に容疑が掛かっていた為、副所長のグイナス殿が筆頭となって準備して下さったはずです」
「そのグイナスという人間は、ラッセルと血縁関係や仕事上での接点はあるか?」
「いえ、恐らくないかと……。そもそもパルマン殿はラッセル卿を恐れていたので、研究員達も同様に卿を怖がっているように見えましたが……」
「怖がっていた?」
アルスが怪訝そうな表情を浮かべると、フィリックスが苦笑しながらその経緯を説明する。
「アルフレイス殿下の場合と同じです。ラッセル卿は、パルマン殿より高い魔力をお持ちだった為、何度か魔力のデータを取らせて欲しいと迫られていました。そのしつこさに耐えかねた卿にパルマン殿は危うく氷漬けにされかけたとか……。それがちょうど、魔法研究所にラッセル卿が視察に来られた際に起こったので、その状況を目にした研究員達にも、そのような印象がついてしまったようです」
そのパルマンの呆れてしまうような話に少しだけ場の空気が和らぐ。
そんな普段は魔法バカだったパルマンに対してアルスが悪態をついた。
「こいつ、魔法関係になると、どうしようもないほど節操がなくなるな……。ちょっと異常すぎじゃないか?」
そう言って、ロアルドに拘束魔法を二重掛けされている意識のないパルマンを呆れ気味に見やる。すると、セルクレイスがパルマンに装着させる為の魔封じの首輪に魔力を注ぐようアルスに手渡しながら、パルマンの魔力について感じた事を口にした。
「今回の事でパルマンは王家が把握している以上の高い魔力を持っている人間という事が分かった。だが、まさかアルスの魔力が注入されたこの首輪を自力で外すなんて……。やはり私達と同じ直系のリートフラム王家の血が流れているのだろうな」
「こんな奴と血縁関係があるなんて、冗談でも思いたくありません!」
そう言って更に悪態をついたアルスは、渡された魔封じの首輪に勢いよく魔力を注ぎ込み、それを乱暴にロアルドへと手渡す。その首輪を苦笑しながら受け取ったロアルドが、早々にパルマンの首へ装着させた。
「まぁ、まずはパルマン殿が何故、自分以外の二人に使われた属性魔法検査用の水晶に偽装が施されていると思ったのか、その辺りから探りを入れるしかなさそうですね。もしそれが本当であっても、その水晶はすでに処分されていると思いますが……」
ロアルドのその意見にアルス以外の全員が頷く。
対してアルスは、そのロアルドの言い分に眉を顰めた。
「そんな周りくどい事をしないで、もう一度ラッセルに属性魔法検査を受けさせればいいのではないか?」
「国王の右腕でもある宰相に対して、王家が何度も疑いをかけるような検査を要求する事は外聞が悪いと言われ、高確率で断られると思うぞ?」
「何だ! その屁理屈で言い逃れようとする姿勢は!」
「相手も王族の暗殺を謀ったのだから、屁理屈レベルで言い逃れようとするのは当然だろう? そもそも、もし宰相閣下が黒幕なのであれば、それも考慮して今回は敢えて属性魔法検査を受けたのだと思う。一度受ければ、二度目は断りやすくなるからな……」
すると、アルスが行儀悪く舌打ちをする。
そんな弟の様子にセルクレイスが苦笑しながらシークに目配せをすると、何かを心得たようにシークが退室して行った。恐らくパルマンを連行する為に警備の人間を呼びに行ったのだろう。
その動きを確認したセルクレイスが、緊張を解くように深く息を吐く。
「とりあえず、パルマンの意識が戻らないと話にならないな……。意識が戻り次第、パルマンに例の水晶について問い詰める。同時にラッセルの過去や人間関係をもう少し深掘りして調査した方が良さそうだな。確かラッセルには子供が二人……息子と娘がいただろう。フィリックス、その息子の方の情報を出来るだけ、かき集めておいてくれないか?」
「かしこまりました。尚、陛下にもこの件をご報告しておきます」
「頼む」
セルクレイスから指示を出されたフィリックスが部屋を出て行くと、入れ違うように警備の騎士を引き連れたシークが入室してきた。そしてその騎士達にパルマンを連行するように指示を出す。
「セルクレイス殿下、パルマン殿を監禁する部屋は魔法無効化の処置が施されている部屋でよろしいでしょうか?」
「ああ。だが、隣の部屋に上位の宮廷魔導士を三名ほど待機させておいてくれ」
「かりこまりました」
シークの方もセルクレイスの指示のもと、警備の騎士達にパルマンの拘束方法の詳細を説明して手配を始める。そんなそれぞれが動き出している事に感化されたアルスも王太子である兄の指示を仰ぐ。
「兄上! 俺達も何か……」
「君達三人は、一回しっかりと休みなさい!」
「で、ですが……」
「アルス……。君は元の姿に戻ってから、ずっとバタバタと動いて夜の就寝時間以外、休んでいないだろう……」
「これくらい平気です!」
「君が平気でもフィーはどうだ? 今朝からずっとこの件の調査で振り回されていないかい?」
セルクレイスから投げ掛けられた言葉にアルスが、慌ててフィリアナを見やる。
すると、フィリアナがやや困ったような笑みを返した。
「あっ……」
「女性を気遣う配慮も王子として求められる大切な社交スキルだ。ロアも昨日からアルスのせいで心身共に疲れているだろう……。あとは大人達に任せて、君達三人は一度ゆっくり体を休めるべきだ。もちろん、何か進展があったらすぐに声をかけるから、勝手にそれぞれで行動しない事! アルス、分かったかい?」
「はい……」
やんわりとフィリアナに対する自身の配慮の無さを兄より指摘された上、無茶な行動をしないように釘を刺されたアルスが、しょんぼりした様子で返事をする。
すると、そのタイミングで部屋の扉がノックされる。
セルクレイスが入室を許可すると、50代前後くらいの品のある女性が恭しい様子で室内に入ってきた。その瞬間、アルスが分かりやすい程、固まる。
「お久しぶりでございます。アルフレイス殿下」
「ジーナ……?」
名前を呼ばれた女性は、ニコリと穏やかな笑みを返す。
すると、アルスが目を細め、何かを堪えるように一瞬だけギュッと口元を引き締める。
「7年も経ってしまっているのに……俺が『アルフレイス』だと分かるのか?」
どこか縋るような目をアルスが、その女性に向ける。
すると、女性はアルスに労わるような眼差しを向けながら苦笑した。
「わたくしは、殿下がお生まれになった頃から、お世話をさせて頂いたのですよ? たとえ今のようにわたくしの身長をあっさり抜いてしまう程、ご立派に成長されたとしても、すぐに分かります」
「だが、お前は何の前触れもなく急に俺の世話係を外されただろう? その時……何も思わなかったのか……?」
どうやらこの女性は、アルスが犬になる前までの専属侍女だったらしい。
しかし、アルスが犬の姿にされた際、緘口令が敷かれ、その場にいた人間以外には詳細説明を敢えてしないような処置を王家がとったらしい。
その為、このジーナと言う女性は、当時訳も分からぬまま第二王子付きの侍女を外され、急遽別の担当業務につく事になったはずだ。どうやらアルスは理由も告げられず、いきなり自分の担当から外されてしまったこの世話係の女性の事をずっと気にかけていたらしい。
それだけ当時、魔法制御が上手く出来ずに周囲から警戒されていたアルスに、この女性は父フィリックスや騎士団長マルコムと同じように普通の子供としてアルスに接してくれたのだろう。
心なしか現状のアルスの瞳が潤んでいるようにも見える事から、当時の彼女はアルスにとって貴重な理解者の一人だった事が窺える。
すると、ジーナの方もその事に気が付いたらしい。
眩しいものでも見るかのように目を細め、柔らかい笑みをアルスに向けた。
「殿下は本当に大きくなられましたね……。昔は、ご自身が思うがまま行動をされ、無茶ばかりをなさっておられたのに……。今ではしっかりと周囲の人間に配慮が出来るようになられて……」
そう言ってハンカチを取り出し涙ぐむジーナだが……アルスの方は、その言葉に何か引っかかりを感じたらしい。
「待て。お前のその言い方だと、幼少期の俺が本能のままに行動し、色々問題を起こしていたように聞こえるのだが……」
「違うのですか?」
「兄上! ジーナまで7年ぶりの再会にも関わらず、俺の扱いが雑なのですが!?」
すると、セルクレイスが周囲に指示を出す片手間に一応、アルスに労いの言葉を掛ける。
「アルスは本当に皆に慕われているなー。ジーナもずっと君の事を心配しながら、無事に城に戻る事を心待ちにしてくれていたのだから、その状況に感謝する気持ちを忘れないように」
「…………はい」
兄にもやんわりとぞんざいに扱われたアルスは、何かを諦めたように項垂れながら返事をする。そんなやりとりから、幼少期のアルスが当時の臣下達から、どのような扱いをされていたかが徐々に見えてきた。幼少期のアルスは、かなり手のかかるやんちゃ小僧ではあったが、何故か憎めない……恐らく周囲からは弄られながらも、とても愛されていた存在だったのだろう。
そんな当時のアルスを取り巻いていた環境を思わず想像してしまったフィリアナとロアルドは、互いに顔を見合わせた後に微笑ましいという意味で苦笑する。
すると、そんな二人にジーナが話しかけてきた。
「ロアルド様とフィリアナ様でいらっしゃいますね? わたくし、ジーナ・ペリントンと申します。アルフレイス殿下が、まだお城で過ごされていた7年間、お世話をさせて頂きました。実はお二人のお話は、セルクレイス殿下より内密に伺っておりまして……。あのやんちゃで手が付けられなかった殿下をここまで真っ当な若者に導いてくださって、何とお礼を申し上げたらよいか……」
「おい! ジーナ!」
「あら。わたくし、何か間違った事を口にしてしまいましたか?」
「…………もういい。早く俺達を部屋に案内しろ……」
「かりこまりました、殿下」
ニコニコ顔のジーナに退室を促されたアルスが、不機嫌そうに大股で扉の方へと歩き出す。そんなアルスの後ろにフィリアナとロアルドは、笑いを堪えながら続いた。




