33.我が家の番犬は魔法を封じられる
パニックに陥っていたフィリアナが兄ロアルドの怒声で一瞬だけ我に返り、慌ててアルスから距離をとる。
すると、その後ろで片手を光らせながら魔力を溜めていたセルクレイスが、先程闇属性魔法が飛んできた茂みに向かって、光の刃のようなものを放った。
だが、それは同じく茂みから放たれた黒いモヤのような塊で相殺されてしまうが、それと同時にロアルドが地面両手を突いて、束縛系の地属性魔法を発動していた。その間、アルフレイスがフィリアナ達のもとへ駆け寄ってくる。
「フィリアナ! 怪我は!?」
「わ、私よりもアルスが!! アルスが黒いモヤに当たって!! ど、どうしよう……。アルスが……アルスが死んじゃう!!」
ボロボロと涙を溢し始めたフィリアナが発狂気味でそう叫ぶと、アルフレイスが落ち着かせるようにその手を両手で優しく包み込む。
「落ち着いて、フィリアナ。アルスは大丈夫だから……。そもそも今受けた闇属性魔法は、命に関わるものではないよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。でも……ちょっとまずい事にはなっている。アルスが掛けられたこの闇属性魔法は、恐らく強力な魔法封じ効果があるものだと思うから……」
「魔法封じ?」
まだ血の気が戻らない顔色でフィリアナが聞き返すと、神妙な顔つきをしたアルフレイスが静かに頷く。その間、セルクレイスとロアルドが、更に茂みに向かってそれぞれの持つ属性魔法を放っていた。
「僕も実際に闇属性魔法が使える訳ではないから、確証はないのだけれど……。昔、城内で襲撃を受けた際、同じような闇属性魔法を放たれた事があって……。その時は、たまたま駆けつけてくれたセルク兄様が光属性魔法をぶつけて相殺してくれたんだけれど。後日、叔父上の代わりに調査に来てくれたクリスの話では、その魔法は掛かった対象にしばらくの間、黒いモヤのようなものが間まとわりついて、その間にその対象に触れた者にも飛び火して、周囲を巻き込むように魔力を封じる効果がある魔法だと説明を受けたんだ」
その話を聞いたフィリアナは、地面に体をこすり付け、モヤを払い落とすように転がっているアルスに勢いよく視線を落とす。すると、アルスの体にまとわりついていた黒いモヤが、少しずつ消えていった。
その状態を確認したアルフレイスが、小さく息を吐く。
「多分、もうアルスに触れても大丈夫だよ。ただ……今のアルスは、魔法を封じられてしまって使う事が出来なくなってしまっていると思うけれど……」
アルフレイスから触れてもよいとの許可がおりた途端、フィリアナは勢いよくアルスに抱きついた。
「アルス! 何で私の事を庇ったりしたの!? まず優先しなきゃいけないのは、私よりもアルスの安全の方だったのに!!」
「バウッ! バウッ、バウッ!」
フィリアナが涙をこぼしながら責め立てると、アルスが怒りを露わにした様子で、歯を剥き出しにしながらフィリアナに吠える。
すると、王太子と共に襲撃者を攻撃していたロアルドがこちらにやってきて、珍しく険悪なムードになっている妹と愛犬の言い争いを仲裁しようと、しゃがみ込む。
「フィー。アルスが怒っているぞ? 大体、フィー最優先のアルスにその判断は出来る訳ないだろう……。お前だってアルスが危険な目にあっていたら、真っ先に庇おうとするくせに」
「当たり前でしょ!? アルスと私とでは命の重さが違うのだから!」
「ウゥー……バウッ!」
フィリアナのその言い分を聞いたアルスが小さく唸った後、腕の中からスポンと体を抜き、フィリアナの腹部目掛けて怒りの頭突きを放つ。
「ぐふっ!」
「ほら見ろ! あまりにもバカみたいな事を言うから、アルスが珍しくフィーに対して本気で怒っているぞ?」
「うぅ……。このお腹頭突き、久しぶりに受けた気がする……」
「それだけ今のフィーの発言が不適切過ぎる内容だったんだよ……。自業自得だからな!」
そう兄に吐き捨てるように言われたフィリアナは、チラリとアルスに目を向け、小さく「アルス、ごめんね……」と呟く。するとアルスが「分かればいい」というような様子でフンと鼻を鳴らした。
すると、先程からそのやりとりを苦笑気味で眺めていたアルフレイスが、再び神妙な顔付きになってロアルドに現状確認をしてきた。
「ところでロア、襲撃者はどうなったの?」
「ダメだ。取り逃がした……」
そう答えたのはロアルドではなく、先程光の刃のようなものを何度も放っていた王太子セルクレイスだった。その表情は、まるで苦虫でも噛み潰したかのような顔をしている。
「そう……ですか。流石に一筋縄では行かない相手みたいですね……。そもそも先程の攻防から察すると、セルク兄様の光属性魔法が相殺されるという事は、やはり……」
「つい先程まであの茂みにいた人物は、今回の主犯格であるリートフラム王家の直系の血を引く人間であった事は間違いないだろう。クソッ! やっと黒幕らしき人物と接触出来たというのに取り逃すなんて……」
「セルク兄様、言葉遣いが乱れておりますよ?」
「13年だぞ……? 13年間も全くしっぽが掴めなかった犯人と、やっと接触出来たのにこれと言った情報も得られぬまま、取り逃してしまったんだぞ!? 悪態を吐きたくもなる!」
いつも品行方正で穏やかな雰囲気をまとっているセルクレイスが、珍しく荒ぶった口調で舌打ちまでしている様子にフィリアナが目を丸くする。やはり温厚そうな王太子の中にも、あの迫力ある国王リオレスの血は流れているようだ。
だが、そんな事もよりも現状の愛犬の様子の方が心配でたまらないフィリアナは、縋るような表情でアルス自身にある事を確認する。
「アルス……。殿下のおっしゃるように本当に魔法が封じられてしまったの?」
フィリアナのその言葉にアルスが「クーン……」と悲しそうな声をあげた。
そしてそれを検証するように皆から少し離れた場所まで移動し、先程の茂みに向かって魔法を放つような動作をする。
しかし……魔力を練り上げているような素振りを見せているアルスからは、全く変化がない。どうやら本当に魔法を封じられてしまったようだ。
その状況にロアルドが、困惑したようにガシガシと頭を掻く。
「参ったな……。これではアルス自身で身を守る事が、かなり難しくなってきたぞ? セルクレイス殿下、この魔法封じの効果は、どのくらいまで持続するものなのですか?」
「すまない……。私もそこまで詳しい事は分からないんだ。だがクレオス叔父上であれば分かると思う。とりあえず、現状のアルスを叔父上に見てもらうのが一番手っ取り早いだろう」
「そう……ですよね。あの、本日クリストファー様はこの夜会にご参加されていらっしゃいますか?」
「いや……。クリスは今日、体調を崩して参加していない。だが、今から伝令を出して近々君達がアルスと共にルケルハイト公爵邸を訪問出来るように手配をしておこう。叔父上が面会可能な日が確認後、遅くても今週中には面会予定を組ませて貰うが……二人とも都合が悪い日などはないかい?」
「明日でなければどのお日にちでも構いません。ただ……」
そこで一度、言葉を止めたロアルドが涙目でアルスを抱きしめているフィリアナにチラリと視線を向ける。
「出来れば早目に面会日をご調整頂けますと助かります」
「分かった。出来るだけ早く日程を調整しよう。アル、任せてもいいか?」
「はい。ロア、フィリアナ。面会日が決まったら、すぐに知らせるから少し待っていてもらえるかな?」
「かりこまりました。調整の程、よろしくお願いいたします」
そう答えたロアルドは、ずっとアルスにしがみ付いている妹の片腕を取る。
「フィー。いつまでもショックを受けていても仕方がないだろう? 殿下方もアルスのこの状態を解決する為に最善を尽くそうと動いてくださっているのだから、お前もいつまでもウジウジしていないで、シャキッとしろ!」
「だって……アルスが……」
「確かに今のアルスは魔法が使えないが……。アルスは俊敏だし、物理攻撃も結構いけるだろう? それにもし魔法攻撃を受けそうになってもお前と兄様で守ればいいだけだ。違うか?」
「うん……。そう……だよね? 私と兄様で守ればいいんだよね……」
兄に腕を引っ張り上げられて立たされたフィリアナが、かろうじて力の無い返答をする。そんな状態のフィリアナを心配するようにアルスが何度も体を擦り付けてきた。
「大丈夫だよ……。アルスは私と兄様がしっかり守るから。だからアルスは、さっきみたいに私を庇ったりしちゃ、もうダメだよ?」
そうフィリアナが諭すと、アルスはあからさまに不満げな様子でフンっと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。そんな態度を見せたアルスにフィリアナの方もムッとした反応を見せる。
「ダメ! アルス、ちゃんと約束して! 今のアルスは守る側じゃなくて守られる側の立場なの! だから絶対に自分から危ない状況に飛び込まないで!」
「バウっ! バウッ、バウッ、バウッ!」
まるで言い争いをしているような状態の妹と愛犬にロアルドが呆れ顔を浮かべる。
「あー、これはダメだな……。フィー、こいつ絶対にまたお前優先で行動するぞ?」
「もぉぉぉぉー! 何で!? 兄様からもアルスに言い聞かせて!」
「兄様は無駄な事はしたくない。たっだら、僕がお前達をまとめて守る方が一番手っ取り早い。だからフィー、お前も無茶な事をしようとするなよ?」
アルスに無茶をしないように釘をさしたつもりが、自分も同じように兄から釘を刺されてしまったフィリアナが閉口する。
そんな兄妹達のやりとりに王族兄弟が苦笑を浮かべた。
それから三日後――――。
フィリアナ達は、アルスがかけられた闇属性魔法の詳細を聞く為、ルケルハイト公爵邸を訪れていた。
だがこの三日間、フィリアナはアルスが入浴している時以外は、片時もそばを離れようとしなかった。そんな妹の重度な心配性ぶりにロアルドが呆れ果てる。
「フィー。アルスの事で少し過敏になりすぎていないか?」
「そんな事ないもん……」
「久しぶりに語尾に『もん』が付いているぞ? 幼児退行か?」
「兄様、ふざけないで! 私、今そんな冗談に付き合える余裕なんてないんだから!」
「全く、お前がピリピリしても仕方がないだろう? そんなに気を張ってばかりいたら、いざアルスを守らなければならない状況になった時に上手く対処出来なくなるからな!」
「そんなの……分かってるよ……」
そうこぼしながら、ルケルハイト公爵邸の客間に通された二人は、互いに違った感情から、ため息をつく。すると、客間の扉がノックされ、クリストファーが部屋に入って来た。
「ロア、フィリアナ嬢。わざわざこちらに出向いてくれてありがとう。もう少ししたら父も降りてくるから、ちょっと待って貰ってもいいかな?」
「はい。こちらこそ、お忙しい中お時間を作って頂き、ありがとうございます」
「お礼を言わなければならないのは、こちらの方だよ。君達ラテール伯爵家は、完全にリートフラム王家のお家騒動に巻き込まれてしまった形なのだから……」
「いえ……こちらもアルスの身の安全がかかっておりますので、一概に無関係とは言えません。ところで……クリス様のご体調は、もうよろしいのでしょうか?」
「うん。もう大丈夫だよ。それに僕はアルと違って本当に体が弱いから……体調を崩しやすいのは慣れてしまっているし!」
自身の病弱さを自虐ネタにするような言い方をして、おどけて見せたクリストファーだが、先程からアルスの首に両腕を回したまま黙り込んでいるフィリアナの様子に気付き、労うような柔らかい表情に変化する。
「フィリアナ嬢、大丈夫だよ。アルスには王家からの強力な守りがあるし、優秀な影の護衛もついているから。それにもしかしたら、父上がこの闇属性魔法を解呪出来るかもしれないよ?」
クリストファーのとの言葉にフィリアナが、期待に満ちたような光を瞳に宿しながら顔を上げる。
「ほ、本当ですか!?」
「断言は出来ないけれど……もしこの闇属性魔法を掛けた術者が、父よりも魔力が低ければ父の魔法を重ね掛けして、打ち消す事が出来るらしい。ただ――――」
そこで一度、クリストファーが急に神妙な表情を浮かべる。
「もし犯人が父よりも魔力が高いと、解呪はかなり難しいけれど……」
そう告げられたフィリアナは、ビクリと肩を強張らせる。それを見計らったようなタイミングで扉がノックされた。
その瞬間、フィリアナだけでなくロアルドも緊張で表情を強張らせながら、ノックがされた方へと視線を巡らせる。すると、長身で細身の美しい銀髪を後ろに束ねた儚げな雰囲気をまとった男性が部屋に入ってきた。
「二人共、待たせてしまって申し訳ないね。私はクレオス・ルケルハイト。ロアルド君には息子のクリスが、アカデミーでお世話になっているそうだね。息子と仲良くしてくれて、ありがとう」
どう見ても20代後半にしか見えない儚げで見目麗しい公爵は、国王リオレスと同じ淡い水色の瞳を細め、柔らかい笑みを浮かべた。だが、その視線はすぐに不安そうな表情で見つめてくるフィリアナの姿を捉え、困ったような笑みに変わる。
「君がフィリアナ嬢だね……。兄から君がとてもアルスの事を可愛がってくれていると聞いているよ。でも今のアルスが置かれている状況では、不安で仕方ないよね?」
兄である国王リオレスとは真逆の雰囲気をまとう柔らかい印象の公爵から、労わるような優しい口調で声を掛けられたフィリアナは、不安と安堵から涙で視界が歪み出す。すると、クレオスが更に安心させようと、フィリアナの頭を優しく撫でた。
「もしかしたら……私の闇属性魔法の重ね掛けでアルスの解呪が出来るかもしれない。だから少しアルスの状態を確認させてもらってもいいかな?」
「はい……。お願いいたします」
ずっとアルスにしがみ付いていたフィリアナは、涙を堪えながら王弟でもある公爵に促されるまま体を離す。そして現状、アルスがどのような状態であるか確認して貰おう為、愛犬を王弟公爵に託した。





