32.我が家の番犬は魔法攻撃を受ける
今回上手くまとめられず、7000文字越えで長いです……。
兄とアルスに両脇をガッチリ固められ、会場入りを果たしたフィリアナは、その前を歩いていたアルフレイスに誘導されながら、まずは国王夫妻の元へと挨拶に向かう。
すると、フィリアナ達に気がついた王妃ルセルティが、ふわりと微笑んだ。
ちなみにルセルティアとは、アルフレイスの招待で登城した際、アルスと共に個別でお茶に誘われる事が多かった為、現在ではすっかり打ち解けた関係になっている。
逆に国王リオレスとは、あまり交流がなかったが、フィリアナと目が合うと端正な顔立ちに笑みを浮かべてくれた。そんな美形国王に眩いばかりの笑みを向けられたフィリアナは、思わず顔を真っ赤にしてしまった。すると、隣に張り付いていたアルスが、不機嫌そうに「わふっ!」と不満をぶつけてくる。
そんなアルスの声でフィリアナは我に返り、姿勢を正した後に叔母に叩きこまれた美しいカーテシーをとる。
「二人とも久しいな。アルスは迷惑をかけていないか?」
「はい。我が家では健やかに過ごしております」
「ほぉ? だが、先日ラテール伯爵邸に侵入した賊を捕らえようとした際、アルスが庭の一部を燃やしたと報告を受けているのだが?」
意地の悪い笑みを浮かべたリオレスからの指摘に兄妹とアルスは無意識に国王からそっと視線を外し、そのまま目を泳がせる。
「そ、それは不可抗力と言いますか……。賊の侵入を防ぐ為には、仕方なかった事ですので……」
「だがフィリックスからは、邸内の一部が燃やされたと苦情が上がっているぞ?」
「「ええっ!?」」
まさか父親が王家に苦情を申し立てているとは思わなかった二人が、素っ頓狂な声をあげる。だが当のアルスは、そんな国王からの嫌味を聞き流すように後ろ足で耳の裏側をガシガシと掻いていた。
そんな反省の色を全く見せないアルスの態度にフィリアナ達だけでなく、リオレスまでも呆れて白い目を向ける。
「お前は……ラテール邸で過ごすようになってから、更に図太くなったな。そもそも何故、今回登城しているのだ?」
国王からの質問に対してアルスがフンッと鼻を鳴らし、更に反抗的な態度を見せる。そんなアルスの様子にリオレスは玉座に座ったまま、片手で頭を抱えだす。
「ロアルド、フィリアナ。この小生意気な悪童犬の保護を依頼している身である私が、口出しする権利がない事は重々理解しているつもりだが……。二人とも少々アルスを甘やかし過ぎてはいないか?」
「いえ……。けしてそのような事は……」
「まぁ、こやつの性格を考えると、二人は上手く抑え込んでいる方ではあるのだろうな……」
やや呆れ気味な様子で国王に苦笑されてしまった二人は、同じような笑みを返す。そんな微妙な空気を仕切り直すようにリオレスは、ゴホンと咳払いをした。
「だが、本日はフィリアナにとって正式な社交場への初参加となる。二人共、大いに楽しんでいってくれ」
「お気遣い頂き、誠にありがとうございます」
そう言って二人は同時に自身の中での最上級の礼をし、歓談中の来賓客の中に混ざる。すると、いつの間にか招待客からの怒涛の挨拶地獄で足止めされているアルフレイスの姿が目に入った。その好機にロアルドは、早々にフィリアナをダンスフロアに誘導しながら、その耳元にそっと囁く。
「フィー。先にアルフレイス殿下に声を掛けられる前に僕と一曲踊っていた方がいいぞ?」
「分かっているよ! ついでに出来るだけ兄様と踊っている姿を周囲に印象付けたいから、大技をいっぱい出して欲しいのだけれど」
「それは構わないが……。お前、兄様が出す大技についていけるのか?」
「それをどれだけフォロー出来るかが紳士力の見せ所でしょう! ダンスが上手な兄様だから、そこは信じているからね!」
「お前、どこまでも人任せだな……」
「兄様だから任せられるの! ねぇー、アルス」
「わふっ!」
「アルスもこういう時だけは調子いいよな……」
ロアルドに白い目を向けられたアルスが、開き直るようにフンスと鼻を鳴らす。
だが、ここで一つ問題があった。二人が踊っている間は、誰かにアルスを見て貰わなければならない。
すると、フィリアナの親友であるコーデリアが二人に気付き、こちらに向かってくる姿が目に入る。その絶妙なタイミングで現れた親友にフィリアナが、満面の笑みを浮かべる。
しかし親友から横に視線を滑らせると、長身の黒髪の青年の姿があった。
その青年は、横分けにしたサラサラの黒髪を左側のみ耳にかけ、そこには明らかに魔力増幅効果があると思われる揺れるピアスを身に付けており、それが青年の女性と見間違う程の端正で美しい顔立ちを一層、際立たせている。
だが、小柄なコーデリアと並ぶと、何故かその青年に男性らしさが追加され、少しきつそうな印象を与えてくる切れ長の瞳が、凛々しくも感じられた。
だがその青年の顔立ちを何故かフィリアナは、ハニーブロンドの髪色で見た事があった。その事に気づき、気まずそうな表情を親友に向けてしまう。
すると、近づいてきたコーデリアが苦笑した。
「フィー。久しぶりね。相変わらず元気そうで安心したわ」
「あ、あの……コーディー、こちらの方は……」
フィリアナが恐る恐るその青年に目を向けると、青年は無表情のまま二人に向かって軽く会釈をする。
「初めまして。ロアルド殿、そしてフィリアナ嬢。私はニールバール侯爵家嫡男のライオネルと申します。フィリアナ嬢におかれましては、婚約者であるコーデリア嬢と親しくして頂き、誠にありがとうございます。私の事も以後、どうぞお見知りおきを」
兄よりも少し年上の青年が、かなり堅苦しい自己紹介をしてきた事にフィリアナは驚き、一瞬ポカンとしてしまう。だがロアルドの方は、すぐに外向け用の令息スマイルを浮かべ、挨拶をかわし始めた。
「こちらこそお初にお目にかかります。ライオネル殿の在学中のお話は、現アカデミー内でも語り継がれておりますので、お会いできて大変光栄です」
どうやら現在ロアルドが通っている王立アカデミーでは、歴代でも指折りに入る優秀な卒業生の一人として、ライオネルの事が語り継がれているらしい。
握手を交わす二人の様子を見ながら、フィリアナは本当にあのエレノーラの実兄なのかと疑いたくなる程、真面目でお堅い印象をライオネルからは受ける。
同時に何故コーデリアが、自身の婚約に前向きだった事も理解した。
ライオネルは妹エレノーラと違い、まるで貴族令息のお手本のような青年だったからだ。派手な見た目と違い、誠実で冷静そうな雰囲気を持つライオネルは、コーデリアにとってかなり理想に近い婚約者なはずだ。毒舌で辛口評価が多いコーデリアが、この婚約をすんなりと受け入れている事に思わずフィリアナが納得してしまう。
そんな考えに至っていると、何故かコーデリアが後方にチラリと視線を向けた。つられるようにフィリアナもその方向に目を向けると、こちらに向かってくる第二王子の姿が目に入る。
すると、コーデリアがフィリアナの姿を隠すように一歩前に出て、今度は足元のアルスに視線を落とす。
「フィー。第二王子殿下が、こちらに来られる前に早くロアルド様と一曲踊ってしまいなさい! アルス様は、わたくしたちが見ているから!」
「コーディー……。持つべきは優秀で機転が利く友……」
「その代わり、後日お礼してくださる事を期待しているわね」
「前言撤回。ただのちゃっかり令嬢だった……」
そうこぼしたフィリアナは、兄と共にコーデリアによってダンスフロアに押しやられる。すると、ロアルドが深いため息をついた後、キッと気合いの入った表情を浮かべた。
「よし! 今からフィーが、ファーストダンスを実兄の僕と踊っていたという印象を周囲にしっかりと植え付けるぞ!」
「うん!」
気合をいれるように意気込んだ二人は、第二王子から逃れるように優雅にダンスを披露する人々の輪の中に紛れ込んで行った。
「フィー、最初から全力で行くぞ!」
「分かった!」
踊り始められそうな空きスペースに滑り込んだ二人は、すぐにキレのあるダンスを開始する。
そしてロアルドは宣言通り、フィリアナの事をブンブンと振り回し始めた。対するフィリアナも幼少期からお転婆だったからか、兄に張り合うようにその動きに食い付く。そんな大技を競い合うように繰り出す二人のダンスは、いつの間にか周囲から注目の的となっていた。
すると、その状況に違和感を持ったフィリアナが、小声で兄に問いかける。
「兄様、この状況……逆に悪目立ちしていない?」
「奇遇だな。実は兄様も今、同じ心配をし始めたところだ……」
「ええ!? 気づくのが遅いよ!!」
「すまん、やり過ぎた……。恐らくこの曲が終わったら、僕らには互いにダンスの申し込みが殺到してくると思う……」
「余計に面倒な事になっているじゃない!!」
「しかもそんな窮地に立たれたお前を救うようにこの後、颯爽とアルフレイス殿下がダンスの申し込みをしてくる可能性大だ……」
「兄様、ダメ過ぎ!!」
「兄様だって計算違いの結果を招く事もある!!」
互いに抗議するように派手なダンス技を繰り出していた二人だが、ついに曲の終わりが近づいてきてしまう。そんな状況でふと周囲を見回せば、いつの間にか踊っているのが自分達のみで、更に曲の終了と同時にダンスの誘いをしようとしている人間が、予想以上に確認出来た。その事に二人は、踊りながら焦り出す。
「どうしよう……兄様。さっきから、こちらを見ているアルフレイス殿下と凄く目が合うのだけれど……」
「気合いだ! 気合いで、その視線に気付かないふりをしろ!」
「無理だよ! 不敬になっちゃう……」
「フィーなら大丈夫だ! それよりも……中庭に抜けられるテラスの方を見てみろ。アルスが何やら準備をしてくれているようだぞ?」
ふと、兄の言う方向に目を向けると、アルスが体だけ中庭の方向に向けて、フィリアナ達に何かを訴えるような視線を送ってくる。
「多分……自分が中庭に飛び出すから、フィーはそれを追いかけるふりをして逃げろって言っているんじゃないか?」
「流石、アルス! 兄様より頼りになる!」
「くっ……! 言い返せない……。確かに今回、兄様には落ち度があった……。フィー、お前は曲が終了したと同時にアルスを追いかける振りをして、中庭に逃げろ!」
「で、でも兄様は!?」
「兄様はお前を中庭に逃がす為、囮になる……。お前は兄様の屍を越えてゆけ!」
「兄様……。骨は後で拾ってあげるから!」
フィリアナの控えめな声量の悲痛な叫びと共に現在踊っていた曲が終了すると、拍手と共にアルフレイスがこちらに向ってくる。
だが、そのタイミングで、アルスがよく通る声で鳴いた。
すると、会場内の人間達の視線が一瞬だけアルスの方へと集中し、静まり返る。
その瞬間、フィリアナは小走りしやすいようにドレスをつまみ上げ、アルスの方へと駆け出す。そして同じタイミングで、アルスはフィリアナに追いかけられているふりを始め、中庭へと飛び出した。
「アルス、ダメ! 外に出ないで! 戻って来なさい!」
『急に中庭に飛び出してしまった愛犬を追いかける飼い主の令嬢』という演技をしながら、フィリアナは自分に人だかりが出来る前にダンスホールを脱出する。
対してロアルドの方は、ダンスを望む令嬢達に一瞬で群がられていた。その令嬢達の突撃が、上手い具合にこちらに歩みかけていたアルフレイスの進路を妨害してくれている。
「兄様の犠牲は……無駄にはしない!」
自ら犠牲となってフィリアナを逃がしてくれた兄の姿を確認し、フィリアナは逃げ惑うふりをしながら中庭に突っ走っていくアルスの後に続いた。すると、何故かアルスは、スイスイとその中庭の中枢へと迷いなく進んでいく。
その事に何故かフィリアナは違和感を抱く。
確かに登城した際、レイと一緒に中庭で遊ぶ機会がアルスには多かった。しかし、ここまで何の迷いもなく突き進めるものだろうかと……。
そんな事を考えていたら、迷路のような植木の壁が急に開ける。すると、目の前に睡蓮が浮かぶ人工の池と、二人がけのベンチが一つ姿を現した。
どう見ても王族用のプライベートスペースのようなその場所にフィリアナが困惑し始める。
「ア、アルス……。ここは私達が使っては、ダメな場所なんじゃないかな?」
「わふっ! わふっ、わふっ!」
フィリアナの質問に「そんな事はない」と言いたげな様子のアルスがベンチに近づき、そこに座るように鳴き声で促してくる。そんなアルスに促されるまま、そのベンチにゆっくり腰を下ろすと、その隣のスペースにアルスがピョインと乗り上がり、フィリアナの膝上に顎を乗せてくつろぎ始める。
そのアルスの頭を撫でながら、フィリアナは目の前の睡蓮が浮かぶ人工池のキラキラ光る水面を見つめた。
「戻ったらアルフレイス殿下とダンスをしなきゃダメだよね……。嫌だなー。そうしたら絶対に私が殿下の婚約者だって、勘違いされてしまうもの……」
そうこぼしたフィリアナの顔をアルスが膝上からじっと見上げた。すると、フィリアナがポツポツと胸の内をこぼし始める。
「別にね、殿下の事を嫌っている訳ではないの。殿下は少し策士的なところが酷いけれど……魔力は高くてお強いし、聡明で見目麗しい外見でもあるから、多分この先、殿下以上に素敵な相手と縁がある事なんて、私の人生ではないだろうから、今はとても幸運な状況ではあると思うの」
そう呟くフィリアナにアルスが、不機嫌そうに尻尾をバタンバタンさせ始めた。そんなアルスに苦笑しながら、フィリアナは更に自身の気持ちを口にする。
「でもね、アルフレイス殿下は……なんか違うの。自分でも何故か分からないけれど、どうしても結婚相手として見る事が出来なくて……。そもそも殿下もそこまで私の事を好きではないように思えるの。確かに殿下からは四年間もお茶のお誘いを頻繁に受けたし、贈り物やこの素敵なドレスも頂いてしまったけれど……。どれも形式的な印象が強いというか……。一番の目的は、周囲に私を殿下の婚約者候補である事を印象付ける為の行動にしか感じられなくて……」
今まで抱いていた違和感を打ち明け、ジッと見上げてくるアルスに確認するようフィリアナは問いかける。
「アルスはどう思う? 殿下は本当に私に好意を抱いて下さっていると思う? 正直なところ、そんな感情を殿下が私に抱いてくださっているようには思えないの」
そうこぼしたフィリアナは、途方に暮れるように夜空を見上げた。
「貴族では恋愛結婚は難しいと分かってはいるのだけれど……。それでも結婚をするなら、私はお互いに好き合っている相手とがいいなぁー」
フィリアナが本音を漏らすと、アルスが困惑したように「クーン……」と一声鳴いた。
しかし、そんな穏やかで静かな空気は、一瞬で緊迫したモノへと変化する。
何故ならアルスが急に人工池の先にある茂みを睨みつけながら唸り出したからだ。そのアルスの様子にフィリアナも身構え、強力な水属性魔法をすぐに放てるよう魔力を練り上げ始める。
すると急に空気が重くなり、不自然に風が止んだ。
そのゾワリとするような静けさにフィリアナが一瞬だけ気を取られる。
すると次の瞬間、二人を包囲するように突如として土壁が地面から現れた。
それをアルスが火属性魔法で焼き払い、更にフィリアナが先ほどから練り上げていた水属性魔法で一気に押し流す。しかし間髪を容れずに見たこともない禍々しい黒いモヤが茂みの方から放たれ、二人に襲いかかる。
だが、かろうじて魔力を練り上げたフィリアナが、防御魔法で防ごうと水壁を作り出した。
ギリギリとはいえ、十分防ぎきれる厚さの水壁を発動させたフィリアナは、一瞬だけ安堵する。
しかし、それを裏切るように黒いモヤは水壁をいとも簡単にすり抜け、フィリアナめがけて飛んできた。
そんな危機的状況に思わずフィリアナが、ギュッと目を閉じかけた瞬間――――。
アルスが勢いよく地面を蹴り、フィリアナの眼前に躍り出た。
そんな自身の目の前を空中で舞うように躍り出たアルスの様子が、時間がゆっくり進んでいるかのような光景でフィリアナの眼前に広がる。
「嫌ぁぁぁぁー!! アルスゥゥゥー!!」
悲痛な叫び声と共に地面に転がっているアルスに駆け寄ろうとしたフィリアナだったが……何故か唸り声をあげ、威嚇するような動きをアルスがしてきた為、ビクリと動きを止めた。
そのアルスの態度は、「自分に触れるな!」と警告しているかのような動きだった。
そんなアルスの態度から、改めて今の状態を冷静に確認すると、先程受けてしまった黒いモヤのようなモノがアルスの動きを封じるように禍々しくまとわりついていた。
その状況からフィリアナは真っ青な顔をしながら、その黒いモヤの正体について思考を巡らせる。
セルクレイスの持つ光属性魔法は闇属性魔法以外の属性魔法を全て無効化させるものだ。
では、その対でもあり反属性である闇属性魔法は?
先程、フィリアナが生成した強固な水壁をまるで存在しないかのようにすり抜けてきたこの黒いモヤは、他の属性魔法の干渉を一切受けない存在である事にすぐに気が付く。
その瞬間、今アルスの体にまとわり付いているものが、闇属性魔法であるという結論に達したフィリアナは、後先も考えずにアルスを抱き起こそうと駆け寄る。
しかしある人物の怒声が、そんなフィリアナの動きを止めた。
「ダメだ、フィー!! アルスに触れるな!!」
恐怖と不安で瞳に涙を溜め始めたフィリアナが勢いよく振り返ると、そこには二人を追いかけてきた第二王子アルフレイスに兄ロアルド、そして何故か王太子のセルクレイスの姿があった。




