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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の番犬】

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31.我が家の番犬はエスコートがしたい

 フィリアナ逹が、登城時に闇属性魔法を掛けられた魔獣の襲撃を受けてから半年が経った。


 その間、フィリアナは城内で同じように魔獣の襲撃に何度か遭遇したのだが……大抵は宮廷魔道士や騎士達が対応していた為、実際にフィリアナ達が巻き込まれる事は殆どなかった。


 だが不思議な事に何故かアルスは、その襲撃をいち早く察知し、いつの間にか騎士や魔道士達に混ざって魔獣討伐に貢献していた。その為、宮廷内では騎士や魔道士達に慕われ、癒しも感じさせるその存在感で、すっかり人気者になっている。


 しかし、未だに魔獣の襲撃は続いており、最近ではアルフレイスだけでなく、王太子のセルクレイスに狙いを定めたものも多くなってきたそうだ。それだけ犯人側も焦りだしているのだろう。


 今年の秋頃、セルクレイスは19歳となるので現在はすでに成人している。

 だが、セルクレイスよりも一つ年下である婚約者のルゼリアが、まだ未成年の17歳なのだ。その為、二人の挙式はどんなに早くても半年以降となり、それまでは二人の間に子供が出来る事はないはずだ。


 だが二人が挙式し、その後すぐに子供が出来るような事があれば、王位継承権はセルクレイスから二人の子供に移ってしまう。今回の王子暗殺を目論む黒幕にとっては、何としてもこの一年以内に王位継承権を持つ王太子と第二王子を亡き者にしなければ、自分や子供に王位継承権が回ってこなくなるのだ。


 犯人にとっては、アルフレイスが誕生したばかりの頃から刺客を送り込む程の長いスパンで暗殺を目論んでいたが、予想以上に王家の守りが固く、その野望は達成される事なく14年も経ってしまっている。

 だが、犯人はすでに第二王子アルフレイスに対して、何度も暗殺未遂を繰り返している為、将来的には必ずその罪を暴かれ、裁かれる運命なのだ。


 その罪から逃れる為には、独身の場合は自らが王位継承権を得るか、すでに既婚済みで子を成していた場合は、リートフラム王家が何百年と必死になって守ってきた光属性魔法を持つ我が子を交渉材料にし、自身が謀った王子暗殺の罪を隠蔽するしかないのだ。


 尚、現状の王家の見解では、今回の黒幕は年齢的に自身では王位継承を望んでいないと踏んでいる。恐らく王家の血が流れている事を知らない自身の子供にその王座を与えようと、今回このような企みに走ったのではないかと考えているようだ。

 すなわち、王位継承権を現王家より奪おうとしている人物と、実際に王子暗殺が成功した際に王位を得られる人物が異なる為、現状まで犯人が誰なのか捜査が難航しているのだ……。


 そして厄介な事に今回暗躍している黒幕は、己の目的が達成出来れば自身の命など、どうなっても構わないと思っている節がある。そのような状況である為、尚更犯人像が浮かび上がってこない。

 だが、昨年から始まった闇属性魔法を使用した襲撃が明るみになった事が、今回犯人を絞り込む為の重要な要素にもなっていた。


 『闇属性魔法で操られた魔獣達が、簡単に城内に侵入出来る状況は、術者が城内に潜伏している可能性が高い』


 闇属性魔法の洗脳術は、掛けられた対象との距離が近ければ近い程、より強固なものとなる。そんな闇属性魔法の特徴から、現在城内を自由に動ける魔力が高い人物を王家は数名程、調査対象として絞り込んでいるそうだ。


 その為、王子達と同じように命を狙われているアルスの登城は、犯人の炙り出しに大いに貢献しているという状況でもある。

 しかし、自称『アルスの飼い主』であるフィリアナにとっては、あまり歓迎出来る状況ではない。犯人をおびき出す為、大切な愛犬が危険に晒されているのだ。


 そんなフィリアナは実はこの日、出来れば参加したくないと、ずっと身構えていたデビュタントの日がやってきてしまっていた……。


 もちろん、デビュタントで着ていくドレスは半年前から、ねちっこく打診をされていた第二王子アルフレイスから贈られた美しい淡い水色のドレスで、その色はいかにもアルフレイスの瞳の色を嫌でも彷彿させるものだった。


 しかし王家から贈られたデビュタント用のドレスを着て行かない訳にもいかず、フィリアナは渋々そのドレスに袖を通したのだが……そのフィリアナのドレス姿をアルスが見た途端、手がつけられない程の勢いで暴れ出してしまったのだ。

 しかも夜会に向かおうとするフィリアナに縋りつき、一向に離れようとしない……。


 当初の予定ではアルスは身の安全の為、今回は屋敷で留守番をさせる予定だったのだが……。引き離してもすぐにフィリアナに縋りつき、下手をしたらドレスを引きちぎりそうな勢いだった為、仕方なく今回は連れて行く事にしたのだ……。

 ちなみに銀狐のレイは、大人しくお留守番に徹してくれている。


 そんなアルスは城に向かう馬車内では、終始グルグルと不機嫌そうに喉を鳴らす。そんなアルスの態度に今回妹のエスコート役を任された兄ロアルドは、盛大に呆れ果てていた。


「アルス、お前なぁ……。一緒に着いてきたって会場には入れないんだぞ?」

「バウッ! バウッ、バウッ、バウッ!」

「うわぁー、この鳴き方は相当ご立腹だな……。フィー、もしかしたら今日お前をエスコートするのは、僕じゃなくてアルスになるかもしれないぞ?」

「うーん……。確かに兄様よりアルスの方が、殿下避けには効果が高いと思うけれど……」


 冗談とは思えない表情で、真剣にアルスのエスコートを検討し始めた妹に対してロアルドが猛抗議する。


「何だとぉー!? 兄様の方が人間なのだから、上手く殿下をあしらえるからな!」

「でも兄様、王家の権力を振りかざされたら引くしかないでしょう? その点、アルスはそういう人間のルールからかけ離れているから、物理的にアルフレイス殿下を追い払えると思う!」

「お前……本気で初の社交界デビューのエスコートを愛犬にさせる気か……?」


 本気でアルスにエスコートをさせそうな妹の様子にロアルドが心底呆れ返る。

 だが、流石のフィリアナもそこは思い留まるらしい。


「出来ればそうしたいのだけれど……。流石にそんな事をしたら『犬令嬢』とか言われて、変な噂が立ってしまうから我慢する……」

「出来ればアルスにエスコートされたいのかよ!」

「だって最近のアルス、兄様より頼り甲斐があるのだもの」

「そんな事を妹に言われたら兄様、本気で泣くぞ……?」

「泣かないで、兄様……。兄様はアルスより、ほんの少ぉ~し頼り甲斐がないだけで、私にとっては素敵な兄様なのは確かだから」

「それ、ちっとも慰めになっていないからな!」


 そう言ってフイっと顔を背けた兄の様子にフィリアナが、面白がってコロコロと笑う。しかし、ずっと気になっていた兄のある事をふと思い出したフィリアナは、この機会に確認してみる事にした。


「そういえば兄様って、そろそろ婚約者選びをしないといけないんじゃない? 今日私のエスコートなんかしていていいの?」

「兄様は、社交界では引く手数多だから、お前が心配しなくても大丈夫だぞ。むしろフィーの方が今後、無事に婚約者を得られるか心配だ……」

「自分でそういう事をいう兄様は、自惚れが強すぎると思う!」

「自惚れじゃなくて事実なんだよ! 大体……お前だって連日のように兄様のところにご令嬢方の釣書や姿絵が届いているのを知っているだろう?」


 そう言ってロアルドが、盛大にため息をつく。

 どうやら現在、兄の心を鷲掴みにするような令嬢からの婚約の打診は、来ていないらしい。ここ最近、兄がお断りの手紙書き作業に追われている事をフィリアナは知っていたが、同時に兄に婚約を申し込んでくる個性豊かな令嬢達の様子を確認する事にも楽しみを見出していた。


 どうやら兄は、執着愛が強そうな令嬢達に好かれやすいようだ。

 そんな兄の状況を面白がっていたフィリアナだが、よくよく考えてみれば自分も同じ状況である事に気づき、思わずため息をついてしまう。


「やっぱり今日は、アルフレイス殿下からダンスの申し込みをされてしまうのかな……」


 そんな不安を口にすると、ロアルドに苦笑される。


「残念だが、それは確実に申し込まれるだろうな……。なんせ殿下からドレスを贈られているし」

「うぅー……」

「でも出来る限り兄様が回避出来るように立ち回ってやる! あとは……アルフレイス殿下と踊った後にセルクレイス殿下とも踊ればいいんじゃないか? そうすれば単純にフィーが、リートフラム王家から気に入られているだけだって周囲に思われやすいだろう?」


 その兄の提案にフィリアナが眉間に小さな皺を寄せる。


「王族二人と踊るの? だったら、ずっと隣にアルスを貼り付けておきたい……」

「お前……最近、本当に兄様よりアルスを当てにし過ぎじゃないか?」

「だってアルス、面倒そうな人が私に近づこうとしてきたら、すぐに吠えて追い払ってくれるんだもの」

「なら、兄様も今度からは変な奴がお前に近づこうとしてきたら、吠えて追い返す!」

「やめて! 兄様は一応、社交界では知的なイメージで通っているのだから!」

「一応ってなんだよ。兄様はいつでも知的だぞ?」

「さっきの発言からは一切、知的さなんて感じられなかったよ!」


 そんないつも通りのじゃれ合いをしていた兄妹だが、ふと馬車からの景色が変わり、城内に入った事に気付く。同時にフィリアナは、またしても盛大なため息をついた。


「フィー。もう諦めろ」

「分かってるよ……」


 すると、馬車が停車位置まで着た様で止まる。

 その事を確認したロアルドが立ち上がり、先に馬車を降りてフィリアナに手を差し出す。

 その手を取ったフィリアナは、やや不満そうにゆっくりと馬車を降りた。


「よし。ここからが正念場だ。何としても第二王子の婚約者候補という印象を払拭するぞ!」

「うん!」

「わふっ!」


 ロアルドの気合の入った決意表明に続き、フィリアナとアルスも同意するように力強く頷く。だがロアルドはその状況でおかしなところがあると、すぐに気付く。


「待て。何でアルスも一緒に馬車を降りるんだよ……。お前は、ここで待機だ!」

「バウッ、バウッ、バウッ!」

「バウバウじゃない! 確かに今回の夜会には、自身の聖魔獣を連れ立っている貴族もいるけれど……。その殆どが小動物なんだぞ? お前の大きさじゃ、どう考えても場違い過ぎて目立ってしまうだろう!?」

「ヴゥー……バウッ、バウッ!」

「唸ってもダメだ! 馬車に戻れ!!」


 当たり前のようにフィリアナにくっ付いて会場入りを果たそうとしているアルスをロアルドが、力ずくでフィリアナから引き離そうとする。しかしアルスは、意地でもくっ付いて行くつもりらしい……。ついには、フィリアナのドレスの裾を口に咥えだしてしまった。


「ああ!! バカ! そんなところに噛みつくな!! フィーのドレスが裂けるだろう!?」

「ヴゥー……」

「アルス!! ダメ!! 今回は我慢して!!」

「クーン! クーン!」


 ロアルドには唸り声で抗議するもフィリアナに対しては、泣き落とし作戦を決行してきたアルスの引きはがしに二人が奮闘し始める。だが、ふと後ろを振り向くと、同じタイミングで会場入りを果たそうとしている後続の馬車が渋滞を起こし始めていた。その事で二人は尚更、焦り出す。


「アルス!! お願いだから、今回はいい子で馬車の中でお留守番をしていて!」

「クーン、クーン……」

「お前、フィーがこんなに頼んでいるのだから言う事を聞けよ!!」

「バウッ、バウッ、バウッ!」

「いいのではないかな? もう今回はアルスも一緒に会場入りさせても」

「「ええっ!?」」


 必死でアルスの引きはがしにかかっていた兄妹だが、突如として乱入して来た声に驚き、勢いよく振り返った。すると、そこにはニコニコと笑みを浮かべた第二王子アルフレイスが、まるで二人を出迎えるように待ち構えていた。その状況に兄妹達は、口元に引きつった笑みを浮かべる。


「アルフレイス殿下……お久しぶりでございます」

「二人共、久しぶりだね。元気にしていたかい?」

「「はい……」」

「それは良かった。あと今日のフィリアナは、僕が贈ったドレスをちゃんと着て来てくれたのだね。とても嬉しいよ!」

「こ、このような素敵なドレスを頂き、誠にありがとうございます……」


 敢えて周囲に聞こえるような声量で、自身がドレスを贈った事をアピールするアルフレイスに更に口元を引きつらせたフィリアナが、何とか礼を告げる。

 そんなフィリアナの反応を見事に流したアルフレイスは、更に余計な情報を追加するような事を口にし始めた。


「ちなみに色は、僕の瞳に合わせた明るい水色にしてしまったのだけれど……。君の淡い薄茶色の髪と合わせると柔らかい印象になって、とてもよく似合っている――――っと!」


 だが、そのアルフレイスのアピールは、いきなり足首辺りに噛みつこうとしてきたアルスによって阻止される。そんなアルスの攻撃を華麗に躱したアルフレイスは、以前披露した犬を大人しくさせる対応として、素早くアルスに(またが)り、軽く体重を掛けて地面に突っ伏させた。


「アルス。今回暴れるようであれば、他の来賓にも迷惑が掛かってしまうという理由で、夜会が終わるまでは城内の客室に用意してある君専用の檻に閉じ込めてしまうよ?」


 アルフレイスがアルスに(またが)ったまま耳元で囁くと、動きを封じられたアルスが不機嫌そうにグルグルと喉を鳴らし出す。そんな状況をフィリアナは、ハラハラしながら眺めていたが、ロアルドの方は慣れてしまったのか、そのやり取りを呆れた表情で眺めている。


 すると、抵抗する事を諦めた様子のアルスを確認したアルフレイスが拘束を解き、地面についてしまった自身の膝を少し払って姿勢を正した。


「アルスも落ち着いたようだし、そろそろ君達も会場入りしないとね。よければ僕がフィリアナの会場入りのエスコートをさせて貰いたいのだけれど……いいかな?」


 そう言って、アルフレイスに手を差し出されたフィリアナが、ビクリと肩を震わせる。この手を取ってしまったら、確実に第二王子の婚約者という目で周囲から見られてしまう事は火を見るよりも明らかだだ……。だが、王族からの申し出を断る勇気など、フィリアナにはない。そんな窮地に追い込まれ、反応に困り果てている妹に助け舟を出すようにロアルドが、さりげなく妹を自分の方に引き寄せた。


「お気遣い、誠に感謝いたしますが……。今回、妹のエスコート役は兄である私が責任を持って行うようにと、父よりきつく言われております。誠に残念ですが、殿下のエスコートは遠慮させていただきたく存じます」


 非礼を詫びるように恭しく頭を下げ、エスコートの辞退をキッパリと宣言してきたロアルドにアルフレイスが、一瞬だけ真顔になって片眉をあげる。だが、その表情はいつもの王子スマイルへと。すぐに戻った。


「なるほど。父親のフィリックスの名を出してくるとは、なかなか上手い回避方法だね。どうやら今回は兄である君が、アルス以上にフィリアナの番犬に徹するのかな? ならば仕方がないね。でもね、フィリアナ。今日は最低でも一曲は僕と踊って貰うから、心の準備はしておいてね?」


 念を押すように更に笑みを深めたアルフレイスにダンスの申し込みを宣言されたフィリアナは、小さな声で「はい……」と了承するしかなかった。

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