表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の番犬】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/90

30.我が家の番犬は淑女限定で紳士的

「アルス……お前、このパターンで王族に対して不敬行為をやらかすのは、何度目だと思っているんだ?」


 冷ややかな視線を愛犬に向けるロアルドは、そう呟いた後に盛大なため息をついた。結局、あの後はクリストファーに噛み付いたアルスが大暴れをした為、セルクレイス達との話し合いは、中断せざるを得ない状態になってしまったのだ……。

 そんな状況を招いた愛犬アルスにフィリアナは苦笑しながら、ボソリと呟く。


「でもある意味、アルスは凄いよね……。第二王子に噛み付いて、国王陛下に飛びかかって、最後には王弟でもある公爵令息に二回も噛み付いたのに何のお咎めもないなんて……」

「フィー、感心している場合じゃないからな? もし今回の事がアルフレイス殿下のお耳に入ったら、この件で責任を問われて、お前との婚約を強引に押し進めてくるかもしれないんだぞ?」


 自身の膝を使って頬杖をつくロアルドは、今回大暴れしたアルスにだけでなく、妹に対しても盛大に呆れ始める。そんな兄の一言でフィリアナは、今更その可能性に気付き、涙目になって焦りだす。


「そ、そんなぁ~!」

「あの殿下なら、そういう事を言い出しかねないからな?」

「うぅー……。そんな事ないって言い返したいけれど、言い返せない……」


 そんな泣き言をこぼし始めたフィリアナにアルスが、慰めるようにふわふわの毛をまとった体を擦りつける。しかしロアルドはアルスにビシッと指をさし、今回の件について猛抗議を始めた。


「大体! 毎回お前が身分の高い人物ばかりに噛みつきまくるから悪いんだぞ!? 現状のアルフレイス殿下とのお茶会だって、元はといえばお前が殿下に容赦なく噛み付いたから、やむを得ず受け入れるしかなかったんだからな!」

「わふっ! わふっ、わふっ、わふ!!」

「何だよ! まさか言い訳でもしているのか!? その前に後先考えずに王族に噛み付いた事を反省しろ!」

「ヴゥー……バウ! バウ、バウ、バウ!!」

「あぁー! お前、今開き直っただろう!? 言っておくけれど怒っているのは、こっちなんだからな!?」


 ロアルドに容赦なく責め立てられ、しばらく不満そうに唸っていたアルスだが……。すぐに開き直り、フンっと鼻を鳴らした。そんなアルスの態度にロアルドは左手で両目を覆い、盛大に項垂れる。


「なんでこいつ、こんなに生意気なんだよ……。フィーも僕もこんなに捻じ曲がった性格はしていないぞ? 犬は飼い主に似るっていうのは嘘なのか……?」

「確かにアルスは、私と兄様とは性格が全然似ていないけれど、兄様の性格が捻じ曲がっていないかどうかは、また別の話だと思う」

「お前……なんでその部分だけ敢えて掘り下げてくるんだよ……。そんな辛辣なつっこみされたら兄様、泣くぞ……?」


 愛犬に軽視され、妹からも辛辣な扱いを受けたロアルドは、更に項垂れた。

 しかし、この時のロアルドの懸念は、取り越し苦労で終わる。


 後日、魔力の使いすぎから回復したアルフレイスに再び呼ばれ、警戒しながらお茶席に挑んだ二人だったが、結局はクリストファーに二度も噛み付いたアルスの話で、アルフレイスに大笑いされるだけで済んだからだ。


 しかしその後の半年間は、フィリアナが社交界デビューをする日まで、アルフレイスはお茶の誘いをし続けた。その為、社交界ではラテール伯爵家の兄妹が第二王子のお気に入りという印象が浸透してしまう。


 同時にアルスの噛みつき騒動を切っ掛けにロアルドとクリストファーの間に友人としての交流が始まり、病弱であまり公の場に顔を出さない公爵令息が、頻繁にラテール伯爵邸を訪れるようにもなっていた。


 すると世間では、フィリアナが王家と公爵家から同時に婚約の申し入れをされているという噂がたってしまう。この状況から、再び多くの令嬢達からの嫌がらせを受けるだろうとある程度、覚悟を決めていたフィリアナだったが、実際はそんな事はなく……。逆にフィリアナに擦り寄ってくる令嬢達が圧倒的に多かった。


 その状況を招いた要因の一つに現在、侯爵令息の婚約者となったコーデリアと親友であるという部分が大きく関係している。以前、フィリアナの事を目の敵にしていたエレノーラの兄と婚約した伯爵令嬢のコーデリアだが、現在では社交界の花と言われるまでの影響力ある令嬢へと変貌を遂げていた。

 その為、フィリアナに嫌がらせをすれば、コーデリアも敵に回すという方程式が若い令嬢達の間で出来上がっていたのだ。


 現状、多くの令嬢達から嫉妬を受けやすい状況であるフィリアナが、嫌がらせも受けずに平穏に過ごせているのは、王太子の婚約者であるルゼリアのお気に入りという部分も大きいが、同じくらい親友のコーデリアの存在も大きいのだ。


 そんなコーデリアは、社交界ではカリスマ的存在に扱われているが、フィリアナとの関係は全く変わっていない。相変わらずの毒舌は健在だが、三年前から第二王子に執着されているフィリアナの事をかなり心配してくれている。


 また同じく親友である子爵令嬢のミレーユもコーデリアと同じようにフィリアナの置かれている状況を気にかけてくれていた。しかし、ミレーユは一年前に辺境領の一部を任されている子爵令息との婚約が決まり、花嫁修行も兼ねて現在はその婚約者の子爵家で暮らしている為、簡単に会う事が出来ない状態である。

 その為、二人はミレーユとは手紙のやり取りで交流をしていた。




 そんないつの間にか周囲の人間に恵まれた環境を得ているフィリアナだが……。

 この日は、その自慢の親友の一人であるコーデリアを自宅に招いて、年頃の令嬢らしく時間を忘れる程のおしゃべりに興じていた。


「それにしても……初めてコーディーがエレノーラ様のお兄様と婚約したって、アルフレイス殿下から聞かされた時は、物凄く心配したのよ? どうしてすぐに教えてくれなかったの?」

「だってフィーに話してしまうと、絶対に心配されると分かっていたから……。それに今のあなたは、第二王子殿下に付きまとわれて、大変そうなのだもの。そんな状況なのにわたくしの事でも心配をかけさせたくなかったの」


 すると、フィリアナが不貞腐れたような表情を浮かべる。


「だからって内緒にされたら、寂しいじゃない!」

「あら、でも私なら、そんな逆境も()ね退けてしまいそうって、フィーはすぐに思ったでしょう?」

「それは……そうだけれど……。でもやっぱり心配になってしまうわ。だって婚約した男性が、あのエレノーラ様のお兄様なのよ!? どうしてもお兄様の方も性格に問題がありそうと疑ってしまうでしょ!?」


 そんなフィリアナの言い分にコーデリアが苦笑する。


「確かにエレノーラ様の性格を知っていると、そう思ってしまうわよね……。でもライオネル様は妹君とは真逆な性格の方なの。むしろ、真面目すぎて生きづらそうっと感じてしまうくらい堅物な方よ」

「ええー!? あのエレノーラ様とご兄妹なのに!?」

「それを言ったら、あなたとロアルド様がご兄妹という事実もわたくしからすれば、かなり信じられない事なのだけれど?」


 揶揄うような笑みを浮かべたコーデリアをフィリアナが、ムッとした表情で睨む。


「それ、どういう意味!?」

「あれだけ落ち着いた物腰で優秀なロアルド様と、感情が豊か過ぎる上に気が強いフィーが血の繋がったご兄妹というのは信じがたい事でしょう?」

「酷い! そもそも兄様は、そこまで優秀じゃないからね!」

「いつもお兄様に助けられてばかりいる癖に……。フィーは何を言っているのかしら?」

「うっ……。否定したいのに否定出来ない……」

「ふふっ! お兄様が優秀な方で本当に良かったわね!」


 そう言って優雅に微笑むコーデリアにフィリアナが恨めしそうな視線を返す。

 すると、つい先程まで中庭でレイと一緒に護衛のグレイに遊んで貰っていたアルスが、フィリアナ達の元へ駆け寄ってきた。


「アルス、どうしたの? もしかしてコーディーにご挨拶しにきたの?」

「わふっ!」


 フィリアナの問いかけにアルスが、尻尾をブンブン振りながら、元気いっぱいに返事をする。すると、普段は凛とした雰囲気をまとっているコーデリアが、珍しく柔らかい笑みを浮かべながらアルスに片手を差し出した。その手にアルスが、お手でもするかのように右前足をポンッと置く。


「アルス様。わざわざご挨拶に来て頂き ありがとうございます」

「わふっ!」


 コーデリアにお礼を言われたアルスは、尻尾をブンブン振りながら何故か誇らしげな様子で一声鳴いた後、何かを期待するようにフィリアナを見上げてきた。そんな熱い視線を向けられたフィリアナは苦笑しながら席を立ち、アルスのすぐ横にしゃがみ込む。


「アルス、偉いね! ちゃんとコーディーに挨拶が出来て」


 そう言ってわしゃわしゃと撫で回すと、更にアルスは激しく尻尾を振りながら両前足をフィリアナの肩に掛け、まるで抱きつくような体勢になる。

 その様子を椅子に座ったまま眺めていたコーデリアは、口元を扇子で隠しながら吹き出した。


「どうやらアルス様はフィーに褒められたくて、わたくしに挨拶をしに来てくださったみたいね?」

「わふっ!」


 まるでそれを肯定するかのようにアルスが一声鳴くと、コーデリアは更に笑いを堪えるように扇子に顔を埋めてしまった。対してフィリアナはスッと立ち上がり、やや呆れ気味な表情をしながら腰に手を当てる。


「もぉ! 折角、褒めてあげたのに! 今のコーディーへの返事で台無しになってしまったじゃない!」

「あら。いいのではなくて? それだけアルス様はフィーの事が大好きという事なのだから。フィーだって悪い気はしないでしょう?」

「確かにそれは……そうなのだけれど……」


 愛犬の利口ぶりを見せびらかしたかったフィリアナだが、当のアルスが単純に『フィリアナに褒められたい』という思いから、そのように振る舞った事があからさま過ぎて、やや複雑な気持ちになってしまう。


 だが、同時にアルスが初対面であるコーデリアにこんなにも友好的な態度を示した事にも驚いていた。何故なら、ラテール家にやって来てからのアルスは、初対面での相手に対しては必ず警戒心を剥き出しにしていたからだ。

 そんな過去を持つアルスなので、今回もコーデリアに対して警戒心を見せ、あまり近寄って来ないと思っていたのだが……。


 予想外な事にコーデリアにはとても友好的で、ロアルドですら滅多にしてもらえない『お手』まで披露する程のサービス精神旺盛な態度である。

 そんなアルスの珍しい態度にフィリアナが、やや白い目を愛犬に向けた。


「アルス……もしかして珍しく愛想がよいのは、コーディーが美少女だから?」


 その質問内容に一瞬だけアルスがビクリと体を強張らせた後、「クーン! クーン!」と否定するようにフィリアナに体を擦り付けてきた。

 その飼い主と愛犬のやり取りを眺めていたコーデリアは、ついに我慢出来なくなり、声をあげて笑い出す。


「ふっ……ふふっ! こ、今度はフィーがわたくしの事で嫉妬かしら? アルス様だけでなく、フィーもアルス様の事が大好き過ぎるのではなくて?」

「だって! 今までアルスがお客様に対して、こんなにお利口さんで接する事なんてなかったのだもの!」

「それは、わたくしがフィーと親友である事をアルス様が理解されているからではなくて? だってアルス様はフィー至上主義なのでしょ? フィーが大事にしたいものは、アルス様も大事にしたいと思ってくださっているのでは?」

「そうかしら? でも今回はコーディーが美少女だから、お行儀よくしているのだと思うのだけれど」

「クーン……」

「あらあら。嫉妬に駆られたフィーが疑うから、アルス様がしょんぼりなさっているわよ?」


 そう言ってフィリアナと同じようにコーデリアも席から立ってしゃがみ込み、アルスを優しく撫で始める。


「そういえば……アルス様は、身の安全を確保される為にラテール伯爵家に保護されているのよね?」

「ええ。でも最近では、私や兄様の方がアルスに守られているようになってしまっているけれど……」


 フィリアナの返しにコーデリアが、怪訝そうな表情を浮かべる。


「それは……どういう事?」

「確かにうちに来たばかりの頃のアルスは魔法が使えなかったから、私と兄様、そしてお父様とお屋敷の護衛魔導士や騎士逹が四六時中守っていたのだけれど……。現状、魔法を使えるようになってからは、アルスは私達どころか、魔力が高すぎるアルフレイス殿下と同等の炎属性魔法が使えてしまうのだもの。だから、最近は奇襲を掛けられるとアルスが、あっという間に魔獣を倒しちゃうの! 凄いでしょ!」


 嬉しそうに語られたフィリアナの愛犬惚気話にコーデリアが、驚きの表情を見せる。


「アルス様は……王族に匹敵する程の高い魔力をお持ちなの?」

「ええ! でもアルフレイス殿下のお話では、アルスは殿下よりも魔力が高いそうよ」

「まあ……そんなに? ならば今はフィー達よりもアルス様の方が護衛のようになっているのではなくて?」

「そうなの! だから今のアルスは、うちでは優秀な護衛犬よ! ねぇー、アルス!」

「わふっ!」


 フィリアナは愛犬をベタ褒めしながらギュッと抱きしめると、アルスは更に勢いよく尻尾をブンブン振りながら、その抱擁を満足げに受ける。

 そんな親友と飼い犬の仲の良い様子を見せつけられたコーデリアが、その微笑ましい光景に脱力するように苦笑した。


「あなた達は本当に仲が良いのね。これではアルス様の本当の飼い主はアルフレイス殿下ではなく、フィーではないかと思ってしまうわ」

「それで間違っていないから! だって実際に私がアルスの飼い主だもの!」

「まぁ! フィーったら!」


 そういって少女達がクスクスと笑い合う。

 しかしこの後、その自慢の火属性魔法をアルスが一切扱えない事態に陥ってしまうなど、この時のフィリアナは夢にも思っていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ