25.我が家の愛犬は第二王子を煽る
第二王子より友人になって欲しいと登城を要求されてから二週間後―――――。
ラテール伯爵家の兄妹は早速呼び出され、城内にある王族専用のプライベートガーデンにて、本日初の第二王子との友人交流を行っていた。
もちろん、フィリアナの傍らには護衛騎士のようにアルスがビタリと張り付いている。
対して子狐レイは、フィリアナ達がお行儀よくテーブルに着いてしまっている為、遊んでもらえないと瞬時に判断し、庭の散策を始めていた。そんなレイを新たにアルスの護衛の一人となった母ロザリーの遠縁にあたる動物好きのグレイが、見守るように後をついて回っていた。
そんなほのぼのとした様子のレイ達と違い、フィリアナの方は警戒心と緊張で、かなり気張った表情になっていた。しかし、そんな事にはお構いなしの第二王子は、あからさまにフィリアナとの距離を縮めようとグイグイと話しかけてくる。
「それではフィリアナが特に親しいご令嬢は、スウェイン伯爵家のコーデリア嬢とテルト子爵家のミレーユ嬢なんだね」
「はい」
いつの間にか敬称をつけなくなったアルフレイスを更に警戒しながら、フィリアナが淑女の笑みを浮かべながら頷く。すると、今度は兄ロアルドの方にもアルフレイスが話題を振り始めた。
「ちなみにロアルドが親しくしている令息は、誰なんだい?」
「僕ですか? そうですね……。ソルティス伯爵家のレオナルド令息や、カールソン子爵家のルーク令息あたりでしょうか?」
「なるほど。確かソルティス伯爵家は、ラテール伯爵家と領地が隣接していたよね? あとカールソン子爵家は、君達の家の傘下だったかな? どちらも今後、君が交流を深めておいた方が良い家の令息達だね。もしかして、将来的な事を考慮して交流を深めているのかい?」
「まぁ、それもありますが……。二人とも幼少期に参加した茶会で頻繁に顔合わせをする事が多かったので、自然と親しくなったという感じでしょうか? その為、友人というよりも幼馴染という言い方の方が、しっくりくる二人ですかね?」
ロアルドのその話に何故かアルフレイスが、寂しげな笑みを浮かべる。
「幼馴染か……。いいね、そういう友人がいて。僕の場合、物心がついた頃から寝たきりだったから、そういう友人を得る機会なんてなかったよ……」
その第二王子の言葉にフィリアナが、やや同情的な気持ちになる。父フィリックスより聞かされた話では、アルフレイスは生まれた頃から命を狙われ毒殺されかけていた為、二年前までは寝台の上で過ごす事が殆どだったらしい。
その第二王子の状況は、表向きでは生まれつき身体が弱いと言う事になってはいるが……。勘の良い人間は、それは病弱などではなく、度重なる暗殺未遂で体調不良を起こしている事に薄々気づいているだろう。
だが、現状はアルフレイスも成長と共に自衛出来るようになってきた為、最近では自ら刺客を撃退しているようだ。そもそも10歳とはいえ、大人顔負けの策士的な考えが出来るのであれば、毒を盛られそうになっても、すぐに自身で気がついてしまうのでは……と、フィリアナは思ってしまう。
「そういえば、スウェイン伯爵家のコーデリア嬢で思い出したのだけれど……。彼女、最近婚約が決まったよね?」
「えっ?」
「しかも傘下に入っているニールバール侯爵家の令息と」
「ええーっ!?」
その話を聞かされたフィリアナは、一瞬で淑女の仮面をかなぐり捨てるように叫んだ後、顔色を真っ青にさせる。
親友コーデリアが嫁ぐ事になるニールバール侯爵家は、先月フィリアナに突っ掛ってきたエレノーラの家なのだ。つまりコーデリアは、エレノーラの兄と婚約した事になる。
娘のエレノーラがあのように育ってしまったのを放任していた侯爵家なのだから、息子の方も問題があるのではとフィリアナは懸念してしまう。
すると、まるでフィリアナの心の中を覗き込んだようにアルフレイスが、補足をしてきた。
「ちなみにコーデリア嬢と婚約された次期当主のライオネル令息は、彼女よりも五つほど年上だけれど、非常に真面目で優秀らしいから君が心配しているような事にはならないと思うよ?」
「そう……なのですか?」
「うん。ただ……かなりルールや礼儀作法には厳しいようだから、あとはコーデリア嬢次第という部分はあるとは思うけれど」
そのアルフレイスの話にフィリアナは、いくらか安堵する。コーデリアであれば、礼儀作法はもちろんだが、頭の回転も速いので、その令息とは相性は悪くないはずだからだ。ただ、甘やかされて育ったエレノーラの義姉になってしまう状況なので、その部分では心配ではある。
そんな事を考えていたらアルフレイスが、その婚約についての話題を今度はフィリアナにも振ってきた。
「そういえば……フィリアナはまだ婚約者を得ていないんだよね? 現在、気になる令息はいたりするの?」
「いえ、特にそういう方は……」
その第二王子の誘導的な質問内容にフィリアナは、必死で口角を上げて笑みをキープしながら、出来るだけ当たり障りのないような返答をする。だが、自身にとってあまり盛り上げたくない話題だったからか、フィリアナは無意識に第二王子から視線を逸らしてしまう。
そんな微かなフィリアナの反応にアルフレイスはめざとく気づき、何やら企んでいるような笑みをニッコリと浮かべてきた。
「ならば今、君に婚約を申し込む事は可能という事になるよね?」
アルフレイスのその切り返しにフィリアナの口元が、あからさまに引き攣る。
そんな妹のピンチを見兼ねた兄ロアルドは自ら会話に参加し、フィリアナに助け舟を出す。
「妹はまだ9歳なので婚約を交わす事は早すぎるかと。父も同じ考えで、妹が年頃になってから嫁ぎ先を決めたいようです」
「まぁ、娘にデレデレで有名なフィリックスでは、そういう考えになってしまうよね……。でも友人のコーデリア嬢は、フィリアナとは同じ年齢で最近婚約したのだから、この年齢で婚約を交わす事が早すぎるという事はないと思うよ?」
「ですが、妹は同じ年頃のご令嬢方と比べるとかなり精神面で幼い為、もう少し淑女としての教養をしっかり身につけさせてから、嫁ぎ先を検討したいというのが父の意向のようです」
そう言い切ったロアルドは、早くこの話題を終了させようと出されたティーカップに口を付け、敢えて会話を放棄するような意思表示をやんわりと行う。しかし、そんなロアルドの意思表示をアルフレイスは故意に聞き流しただけでなく、更に嫌な内容の提案をしてきた。
「ならば、城で行っている向上心が高いご令嬢向けの淑女教育を受けてみてはどうかな? 義姉上が受けている王太子妃教育と比べると、少し優しい内容ではあるけれど、王族と婚約するご令嬢は必ず受けるほどレベルが高い淑女教育だから、身につけてしまえば将来的にかなりの強みになると思うよ?」
明らかに自身とフィリアナの婚約を視野に入れているような言い回しをしてきた第二王子にフィリアナは、思わず兄に救援要請の意を込めた熱い視線を送る。
そんな妹の要請をロアルドが、やや苦笑混じりの笑みを浮かべながら受け止める。
「お心遣い、大変痛み入ります。ですが、妹は昔から淑女教育があまり好きではないので、そのようなレベルの高い教育では、挫折してしまう可能性が高いのです。その為、まずは伯爵令嬢として最低限の教養とマナーを自宅の教育係によって身につけさせようと両親は考えているようです」
アルフレイスの本格的な婚約者候補から逃れる為とはいえ、淑女教育があまり好きではない事を暴露されたフィリアナが、兄に対してやや不満げに片眉を上げる。だがロアルドは、そんな妹からの視線に気づかないふりをして、無視を決め込んだ。
二人がそんなやり取りをしていると、何故かアルフレイスが困ったような笑みを浮かべてきた。
今日一日を通して、アルフレイスの放つこの『困ったような笑み』が厄介な事を言い出す前触れである事を悟った兄妹は、瞬時に身構える。
すると予想していた通り、アルフレイスが本題を切り出して来た。
「ロアルド、さすが君は世間で優秀だと評判なだけはあるね……。どうやら遠回しな言い方では、僕の要望は伝わらないようだ。ならば、単刀直入に言わせて貰うよ」
第二王子のその切り口に兄妹が揃って、こっそりと息を呑む。
「僕は君の妹のフィリアナとのこんや――――」
そうアルフレイスが口にしかけたと同時にフィリアナの足元で待機していたアルスが、思いっきりその足首に噛みついた。
「痛っ!!」
油断はしていたから、確実に歯形がつく強さで足首を噛まれたアルフレイスが、痛みを訴えるように叫んだ。その状況に一瞬だけ唖然としていた兄妹だが、すぐに我に返り愛犬を第二王子から引き離す。
「こらっ! アルス! やめなさい!!」
「いくら殿下が大目に見てくれるからと言っても、これは流石に不敬になるからな!」
そう叫びながらアルスを引き離しにかかる二人だが、内心では「アルス、よくやった!」と褒め称える。実はこの茶会に参加する前に兄妹と一匹は、ある作戦を立てていたのだ。
それがこの『第二王子が婚約を申し込むような素振りを見せ始めたら、アルスが噛みつき、話を中断させる』という物理回避作戦だ。
しかしそんな兄妹達の勝ち誇ったような心の声が聞こえたのか……アルフレイスは何かを悟ったように盛大にため息をついた後、怖いくらいの美しい笑みを浮かべる。
その第二王子の反応に危機感を抱いた二人は瞬時に「やりすぎた!」と、顔には出さずに心の中で焦り出す。
「なるほどね……。僕がアルスを取引材料に使ったように君らは、僕からの要望を回避する為に物理でアルスをけしかけてくるという訳か……。アルスのやらかしであれば不敬にはならないし、なかなか面白い回避方法を考えたね?」
そう言いながら柔らかな笑みを向けてきたアルフレイスだが……その瞳は一切笑っていない。
明らかに第二王子を怒らせてしまった事を自覚した兄妹は、互いに顔を見合わせた後、恐怖を飲み込むようにごくりと喉の奥を鳴らす。
そんな反応を見せた二人を獲物を捉えたハンターのような視線を向けながら、アルフレイスが優雅に口を開く。
「でも僕は、結構諦めが悪い人間なんだ。そもそも、君らが本気でその姿勢を貫くというのであれば、僕の方も本気を出さないと失礼だよね?」
その言い分に自分達が完全に第二王子に呑まれていることに気づいた兄妹は、その状況から逃避するようにアルフレイスから無意識に視線を逸らす。
しかし、アルフレイスは全く見逃す気はないらしい。
「僕が本格的に社交界デビューをするまで、あと二年。そしてフィリアナがデビューするまでなら、あと四年も猶予がある。それまで二人には、僕とじっくり関係醸成に努めてもらうから覚悟しておいてね?」
満面の笑みでそう宣言した第二王子の言葉を耳にした兄妹達は、まるで蛇に睨まれたカエルのような状態で、アルスを押さえつける体勢のまま言葉を失う事しか出来なかった……。




