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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の愛犬】

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19/90

19.我が家の愛犬は魔法が使える

 ラテール家に戻る馬車の中、無言でアルスにしがみついている妹を一瞥したロアルドは、盛大な溜め息をつく。


「フィー、そんなにしがみついていたらアルスが身動きを取れなくて、かわいそうだろ?」

「…………」


 兄から注意されたフィリアナだが、更にアルスを深く抱きしめ、そのフワフワな毛並みに顔を埋める。対してアルスの方は、そんな不安を募らせているフィリアナの状態を察してか、大人しくその状況を受け入れていた。

 その様子にロアルドが、再び盛大な溜め息をつく。


「フィー……」

「何で……? 何でアルスまで、命を狙われなくちゃいけないの? アルスは……アルスは王家とは関係ないのに!!」


 一瞬だけ顔をあげ、悔しそうに吐き捨てたフィリアナは、再びアルスにしがみつき、イヤイヤをするようにそのフワフワな毛並みに顔を埋める。


「それはさっきリオレス陛下から説明があっただろう? アルスは聖魔獣の中でも特に魔力が高いから、それに見合った魔力を持つアルフレイス殿下しか主に選べないって……。でもアルフレイス殿下の命を狙っている奴らからしたら、殿下がアルスと主従契約を結んでしまうと更に殿下の魔力が上がってしまうから、暗殺が難しくなる。だからその前にまずアルスを……」

「そんなのアルスには関係ない!! アルスは、まだアルフレイス殿下の聖魔獣じゃないもん!! アルスは……アルスはうちの子だもん!!」

「フィー……」


 理不尽な理由で命を狙われてしまっているアルスの状況にフィリアナの怒りが爆発する。だがそれは、ロアルドも同じなのだ。

 しかしフィリアナより年上のロアルドは、現状王家が抱えてしまっている問題に対して、どうしても同情的な考えになってしまう。


 第二王子アルフレイスが命を狙われている状況をとても嫌な視点から考えると、その間は王太子であるセルクレイスの命が狙われる事はないという事なのだ。

 今回、暗殺を目論んでいる前国王の隠し子と思われる人物にとっては、最終的に王子二人が命を落とさなければ自身に王位継承権は回って来ない。その為、王子を暗殺する順番を考えた際、補助魔法に特化した水属性持ちの王太子よりも、攻撃魔法に特化した火属性持ちの第二王子を幼いうちに早めに始末したいという考えなのだろう。


 先程、国王リオレスから、そのような話を聞かされたラテール兄妹だが……。

 瞬時にその状況を受け入れ、対策を練り始めている兄ロアルドと違い、妹のフィリアナは愛犬アルスが本格的な暗殺組織に命を狙われている状況が受け入れられず、その不安とショックから国王リオレスの話が全く耳に入ってこなかった。その為、話し合いの後半時は、涙目になりながら守るようにアルスにしがみついていたのだ……。


 そんな二人は、現在出発時と同じように騎乗したウォレスとカイルに護衛されている馬車に揺られながら、住み慣れた王都のタウンハウスへと帰宅している最中である。ただ出発時と違い、父フィリックスは今後のアルスの護衛強化について王家と対策を練る為、城に残ったのでこの場にはいない。


 万が一、この状態で賊等の襲撃を受けた場合はウォレスとカイルで対応出来る上、その二人以外にも氷属性魔法が扱える御者のハンクと、風属性魔法で護衛も行えるメイドのシシルも兄妹を守る事が出来る為、フィリックスは子供達を先に帰す事にしたのだ。


 何よりもフィリックスは、ロアルドがいるのであれば安全面は問題ないと考えている。何故ならば、この息子は、すでに12歳で宮廷魔導士レベルの地属性魔法を扱えるからだ。

 地属性魔法は防御強化だけでなく、相手を拘束する事にも特化した魔法が多い。更にロアルドは、半年前から父親に連れられ、領地内の魔獣討伐にも何度か参加している為、実戦経験もあった。


 しかし来年からロアルドは、貴族令息達が通う王立アカデミーに入学してしまうので、今までのように困った際は、すぐ兄に泣きつくという事がフィリアナは出来なくなってしまう。その事でもアルスが本格的に命を狙われている今の状況は、フィリアナの不安を大いに煽る。


 その為、馬車内は珍しく兄妹達の重苦しい雰囲気が漂っていた。

 そんな中、ロアルドがある提案をボソリと呟く。


「そんなにアルスの事が心配なら……やっぱり王家に保護して貰った方がいいんじゃないか?」

「兄様っ!!」


 そのロアルドの提案にフィリアナとアルスが、抗議するように大きく反応する。


「だってそれが一番アルスの安全を確保出来る方法だろう!? 来年から僕はアカデミーに入るから、何かあっても今までのようにお前達のもとへは、すぐに駆けつけられなくなる。父上だってアルフレイス殿下の護衛があるから、家にはあまり帰っては来られない……。もしそんな時に奇襲でもかけられたら、アルスを守るどころか、お前や母上も危ない目にあうかも知れないんだぞ!?」

「ウォレスとカインが護ってくれるから大丈夫だもん!! それに私だって水属性魔法で戦えるんだから!!」

「相手は王家直系の血を引いている人間だ。王族の子を妊娠出来た暗殺首謀者の母親は、恐らく魔力が高い高位貴族の可能性が高い。だから今回の首謀者もそれなりに身分が高い人間だと思う。そんな人間が雇った暗殺者だぞ? フィーみたいな子供が敵うわけがないだろう!?」

「そんな事な――――」


 兄に反論しようとしたフィリアナだが……その瞬間、大きな音と共に地面が揺らいだ為、馬車が一瞬止まる。


「な、何? 今の音……」

「雷……が落ちた時の音に似ているけれど、今日は天気が良かったよな……?」


 そう言ってロアルドが、外の様子を確認しようと馬車の扉を開けた瞬間――――。


「あっ! こら、アルス!!」


 その隙間からスルリとアルスが抜け出し、馬車を飛び出す。


「アルス!! ダメッ!!」


 それにつられ、フィリアナまでも馬車を飛びした。


「フィーまで!! 二人とも危ないから戻れ!!」


 兄の叫びにも近い制止の声が聞こえたが、全速力で森の奥に向かって突き進んでいくアルスが心配なフィリアナは、それを振り切り必死でアルスを追いかける。


「待って!! アルス!! 止まって!!」


 はぁはぁ言いながらアルスを追いかけるも俊敏なアルスの姿は、どんどんと小さくなっていく。それでも必死でフィリアナはアルスの後を追ったのだが、アルスが茂みの中をかき分け始めた瞬間、ついに見失ってしまった。


「ど、どうしよう……。アルス、どこ!? アルスゥゥゥー!!」


 先程、アルスが消えた茂みの方へと進み、キョロキョロしながらフィリアナはアルスに呼び掛ける。すると、返事の代わりに何かが破裂するような音が返ってきた。


 その音のした方向に気配を消しながらフィリアナが近づくと、そこには柄の悪そうな五人の男達と対峙しているアルスの姿があった。その緊迫した空気を瞬時に感じ取ったフィリアナは、まず状況を確認しようと息を殺しながら可能な限り近づく。


「クソ!! 何だ、この犬!! 一体、どこから出て来やがった!!」

「おい、見ろよ。この犬、耳と首輪にルビーみたいな宝石をつけているぞ? どこかのお貴族様の飼い犬なんじゃないか?」

「そりゃいい! こいつをとっ捕まえて宝石を頂戴した後、そのお貴族様からたっぷりと身代金を搾り取ってやろうぜ!」


 そんな会話をしていた男の一人が、手にしていた硬そうな木の棒をアルスに向かって振り下ろす。しかしアルスは、その攻撃をヒラリと躱し、その男の腕に思いっきり噛み付いた。


「っ……!! クソっ!! 放せ!! このバカ犬!!」


 噛みつかれた男が痛みを堪えながら、必死にアルスを振り払おうとするが、アルスは執念深く食らいついている。すると、腕から血が滴り始めた男が焦り出す。


「お、おい! 早くこのバカ犬をなんとかしてくれ!! このままじゃ、腕を食い千切られちまう!!」


 たまりかねた男が仲間の男達に助けを求める。

 すると、面白そうにその様子を傍観していた仲間の男の一人が手にしていた何かをアルスに向けながら、面倒そうにぼやき出す。


「まったく……しょうがねぇーな。もう面倒だから、この犬()っちまうか?」


 その状況にフィリアナの顔から一気に血の気が引いた。

 男が手にしていた物は、魔石銃と呼ばれる筒状の護身用武器で、魔法が使えない人間でも、この筒の中に魔石を入れてその引き金を引けば、中の魔石が砕け散る瞬間に筒の先端から魔法が放てるという武器である。かなり高価な武器であり、所持する際は国に使用申請を出さなければ扱う事が出来ない武器なのだが、どう見てもならず者にしか見えないこの男達は、不正に入手した物を申請もせずに使用している様子だ。恐らく今、引き金を引く事に何のためらいもないだろう。


 アルスの方も魔石銃が何なのか理解しているようで、男に噛み付くのをやめて、銃を向けてきた男を睨みつけなが距離をとる。しかし、そんな絶体絶命の状況でもアルスは歯を剥き出し、低い唸り声をあげながら男達を威嚇し続けた。そんな反抗的な態度のアルスに魔石銃を手にしていた男が、その眉間に狙いを定めるように銃を向ける。


「ダメェェェェェェェー!!」


 その瞬間、フィリアナは後先考えずに一気に練り上げた魔力を全力で男達の方へと放った。すると物凄い水圧の水が一瞬で男達を吹っ飛ばし、何人かが木々に激突して意識を失う。その隙にフィリアナはアルスに駆け寄った。


「アルス!! 大丈夫!? 怪我してない!?」


 しゃがみ込んだフィリアナがワシャワシャとアルスの体を撫でまわしていると、アルスの足元に小さなふわふわの毛玉が転がっている事が視界の端に入ってきた。その毛玉の正体を確認しようと更に身をかがめたフィリアナだが……。その時、初めてアルスの背後に何かがある事に気付き、それを目にした瞬間、息を呑む。

 そこには美しい銀の毛並みの狐が、腹部から大量の血を流して横たわっていたのだ。


「――――っ!!」


 あまりの惨状に思わず立ち上がったフィリアナが、両手で口元を押さえながら一歩ほど後退る。

 だが次の瞬間、フィリアナは急に口元を押さえつけられ、後ろから誰かにはがいじめにされた。


「この……クソガキがぁぁぁー!! 舐めた真似しやがって! この犬を殺してお前の両親からたんまり身代金を踏んだくった後、娼館に売り飛ばしてやる!!」


 意識が狐の方にいっていたフィリアナは、男の奇襲への反応が遅れ、あっという間に捕まってしまう。だが、どうにかして逃れようとフィリアナが暴れ出すと、男は羽交い絞めにした状態のままフィリアナの髪を毛が数本抜ける程の力で、思いっきり引っ張り始めた。


「嫌ぁぁぁぁー!! 痛い!! は、離してぇぇぇー!!」


 物凄い痛みと恐怖でフィリアナが絶叫する。

 だが、魔法で吹き飛ばされた怒りからか、男は更にフィリアナの髪を強く引っ張り、自分の方へと引き寄せた。その痛みを抗議するようにフィリアナは、男を睨みつけようと背後を振り返る。だがそこには大きく腕を振りかぶっている男の姿があった。その状況から、自分は今からこの男に全力で殴られると確信したフィリアナが、恐怖でぎゅっと瞳を閉じる。


 だが、男が手を振り下ろそうとした瞬間――――。

 フィリアナの真横を真っ赤な光の玉が、高熱を発しながら物凄い勢いで通り抜けていき、男の顔面を捉えた。


「ぎゃぁぁぁぁぁー!!」


 すると、断末魔のような叫び声を挙げた男の顔面が真っ赤な炎に包まれ、一瞬でフィリアナは解放される。


「だ、誰かぁぁぁー!! 誰か早く……早く火を消してくれぇぇぇぇぇぇー!!」


 顔面を両手で覆いながら、勢いよく地面に転がる男の様子に唖然としていたフィリアナだが、すぐに我に返り、慌てて水属性魔法をその男に放つ。すると、ジュワッという音とともに髪がチリチリになった真っ黒な顔の男が、火傷の激痛から呻きながらピクピクと痙攣した後、そのまま動かなくなった。

 その状況に男が死んでしまったのではとフィリアナは慌てたが、微かに呼吸をしている様子が確認できたので安堵する。


 だが、なぜ急に目の前で男の顔が発火したのかが、分からない……。

 その事を確認しようと、フィリアナは真っ赤な光の球が飛んできた方向へと振り返り、唖然とする。

 そこには……頭上に大人の拳大程の火の玉を四つほど浮かべているアルスが、怒りをむき出しにしながら黒焦げになった男を睨みつけていたのだ。

 その状況に呆然としながらフィリアナが、ゆっくりとアルスの方へと一歩踏み出す。


「ア、アルス……? も、もしかして今、魔法を……」


 するとアルスの頭上に浮かんでいた火の玉が一瞬で消えた。その事にも驚きながら、フィリアナがアルスの目の前にしゃがみ込む。

 だがそれと同時に今度は、アルスの背後の茂みから別の男が飛び出してきて、先程フィリアナの魔法で吹っ飛ばされた際に地面に落としてしまった魔石銃を素早く拾い上げた。


「このクソ犬!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇー!!」


 そう叫んで男がアルスに銃をむけながら引き金に指をかけたのを確認したフィリアナは、無意識にアルスを庇うように思いっきり抱き寄せる。

 同時に自分の死を覚悟し、恐怖からぎゅっと目を閉じた。


 しかし次の瞬間――――。

 男の足元から勢いよく突きでてきた岩の塊が、男の顎を下から見事に跳ね上げる。


「ぐっ……はっ……」


 すると男は、手にしていた魔石銃を取り落としながら、白目を剥いた状態で盛大に後ろに倒れ込んだ。

 その信じられない光景にフィリアナが、アルスを抱え込みながら茫然としていると、耳に馴染んだある人物の声が入って来る。


「フィィィィー!! アルスゥゥゥー!! 無事かぁぁぁー!!」


 最も信頼し安堵を与えてくれるその人物の声を認識した瞬間、フィリアナの瞳からブワリと涙が溢れだす。


「に、兄様ぁぁぁぁぁぁー!!」


 そう叫んだと同時にフィリアナは泣きながら兄の元へと駆け出し、そのまま勢いよく抱き付いた。

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