18.我が家の愛犬は王位継承争いに巻き込まれている
※今回お話の展開上、物凄く胸糞な人間(作中ではすでに死亡)の話があります。
そういうキャラクターへ過度に怒りを募らせてしまう方は、ご注意ください。
また、そのキャラクターは作者が作った実在しない空想上の人物です。
そちらもご理解の上、今回のお話お読み頂くようお願いいたします。
国王リオレスから王位継承に関する信じられない経緯を聞かされたフィリアナとロアルドは、驚きのあまり口をポカンと開けたまま、固まってしまった。
そんな二人に今まで静観していたセルクレイスが、ニッコリと笑みを浮かべながら声をかける。
「もしかして二人とも……今、僕と同じプラチナブロンドの髪色をした弟のアルの姿を想像してしまったかい?」
すると、二人は同時にビクリと肩を震わせた後、気まずそうにセルクレイスから目を逸らす。その二人の反応にセルクレイスが苦笑した。
「まぁ、あのような話を聞かされたら、思わず想像はしてしまうよね……。もし今、王太子が命を落としたら王位継承権は誰に移るかって」
そう笑顔で語るセルクレイスにますます二人が、気まずくなる。
先程の国王リオレスが語ったリートフラム王家の特殊な王位継承の流れに現在の王族一家を当てはめると、セルクレイスは確実に次の王位を継ぐ身であり、更に今回初めて明かされた三属性目の魔法が扱えると言うことだ。
大精霊から受け継いだ力を代々王家が維持する為、このような王位継承方法をとってきた事は、理解出来る。だが、何故王位継承者が稀有な三属性魔法を使える事を秘密裏にしているかが、よく分からなかない。
その事が気になったロアルドが、質問しようと口を開きかける。だが、その前にセルクレイスの方が先にその理由を説明しだした。
「ちなみに僕が扱える魔法の属性は、公表している風と水属性の他にもう一つ……」
そこでセルクレイスは、敢えて言葉を止める。
「王位を継承する者が必ず受け継ぐ、光属性魔法だ」
その事実にフィリアナ達は、更に驚く。
光属性魔法は、1000年程前に存在していた幻の属性魔法と言われている。
その主な効果は、広範囲による防御結界を張れる事と、闇属性以外の全ての属性魔法の打ち消しだ。国防強化には、かなり貴重な能力となる為、リートフラム王家は躍起になってその貴重な光属性魔法の継承に代々務めてきたのだろう。
だが、あまりにも複雑な流れの王位継承方法なので、二人は一度セルクレイスの話をそれぞれの頭の中でを整理する。
まず初代国王夫妻の直系の血筋の者は、必ず二属性魔法持ちで生まれる。
そして第一子に関しては、その二属性だけでなく、死後は大精霊となった初代王妃と同じ白金の髪色と、今は失われたと言われている光属性魔法を受け継いで生まれてくるらしい。
更に第一子が子を成さないまま死亡した場合、もっとも血縁が近い者に白金の髪色と光属性魔法が移行し、今後はその者が次期王位継承者となる。
この話を今のリートフラム王家の面々で例えると……。
現在、国内で貴重な二属性魔法を使える人間は 国王リオレスと王弟クレオス、そしてリオレスの息子である王太子セルクレイスと第二王子アルフレイスの四人となる。
そして国王リオレスの第一子であるセルクレイスは、次期王位継承者の証であるプラチナブロンドの髪と三属性目の光属性魔法を受け継いではいるが、もしセルクレイスが子を成さずに若死にすれば、それらは瞬時に第二子であるアルフレイスに移行するという事だ。
しかし、アルフレイスは現在王位継承権を持っているセルクレイス以上にその命を狙われている。ここで疑問となってくるのが、もしアルフレイスが暗殺などで命を落とし、その後セルクレイスまで子を成さぬまま命を落とした場合、王位継承権は一体誰に移行するのか……という部分だ。
その状況で真っ先に思い浮かぶのが、この国唯一の公爵であり、王弟でもあるクレオス・ルケルハイトである。だが、公爵はすでに妻帯者であり、一男一女と子を儲けている。
すなわち、もし王太子と第二王子が命を落とせば、王位継承権は白金の髪と光属性魔法と共にルケルハイト公爵家の嫡男に移行するという事だ。その瞬間、ロアルドとフィリアナは現国王と王弟による王位継承権争いによって、王子達の命が狙われているのではという考えに至ってしまう。
すると、あまりにも分かりやすい想像をしているラテール兄妹の様子に国王と王太子が、同時に吹き出した。
「大丈夫だよ。クレオス叔父上が王位継承権を欲する事は、まずないから……。なんせあの人は、20年前に王族の身分を捨てて隣国に出奔しようとしていたほど、自身に流れるリートフラム王家の血を毛嫌いしているからね……。まぁ、それは父上も同じなのだけれど」
セルクレイスのその話にロアルドとフィリアナは、思わず国王リオレスに目を向ける。するとリオレスが、何とも気まずそうに笑みを返してきた。
「二人はこの国の歴史については、すでに学んでいると思うが……。今から20年程前に私と弟が、どのようにして前王を退位させたか知っているかな?」
そう確認された兄妹はどう返答してよいか困り果て、二人同時にテーブルの上に視線を落とす。
20年前、王太子だったリオレスは、弟と当時の宰相と共に謀反に近い形で実父である前国王を退位させ、僅か18歳で即位したという経緯がある。
では何故、まだ18歳の成人したばかりの青年と当時14歳だったその弟は、実の父親を王座から引きずりおろし、王座を奪うような無茶な行動に踏み切ったのか……。
それは長き歴史を持つリートフラム国史上、前王オルスト・リートフラムが歴代きっての暴君だったからだ。
だが、その話題を現国王であるリオレスに面と向って口にする事は、やや憚られる。そんな気まずい空気を放ち始めたラテール兄妹にリオレスが苦笑した。
「二人共、しっかりとこの国の歴史について学んでいるようだな」
そう言ってリオレスは、一瞬だけ柔らかい表情を浮かべた。しかし、その表情は何かに耐えるような苦し気なものへと変化する。
「だが、君らが教えられたリートフラム国の暗黒時代の状況は、ほんの一部でしかない……。実際はもっと多くの貴族達が貶められた挙句、理不尽に命を奪われ、全国民が重税により極限まで苦しめられた酷い状況だったのだ……」
そう言ってリオレスは、頭痛を堪えるように眉間を軽く摘まみながら俯いてしまった。
そんな悲痛な表情を浮かべた国王の様子にフィリアナとロアルドが気を張り詰める。
そして先程から実父である前国王オルストをリオレスが一度も『父』と呼んでいない事にフィリアナは、気付いてしまった。それだけリオレスの中では、オルストという人間は父とは思いたくもない人間という存在なのだろう。
フィリアナの年頃で学ぶ歴史学の教材では、その暗黒時代の状況が子供には刺激が強すぎるとの事で、少しだけ緩和された内容に変更されている。しかしロアルドや王太子セルクレイスが使っている歴史学の教材には、その暴君の悪行が事細かに記されているのだ。その為、前王オルストは実際にその時代を過ごした世代だけでなく、その後に誕生した若い世代にも歴代で最も卑劣で凶悪な暴君として、その名が浸透している。
そんな前王オルストだが、現状ではすでに死亡しており、その死に際もなかなか壮絶なものだった。息子二人によって王位から引きずり下ろされたオルストは、処分が決まるまで二ヶ月間ほど、王族の罪人を拘束するための塔に幽閉されていた。
だが、その間にオルストは国王時代に寵愛していた高級娼婦の一人を秘密裏に塔に招き入れたらしい。しかしその翌日、オルストは短剣のような刃物で数十か所以上刺され、寝台の上に全裸で仰向けになっている状態で発見されたのだ……。
当時、前国王殺しの調査は一応されたが、容疑者の一人であった高級娼婦は王の誘いを断っており、別の娼婦がその塔に送り込まれたらしい。しかし、結局その人物を特定する事は出来ず、王家も罪人である前国王の死に無駄な調査経費を出したくなかったのか、早々に調査を打ち切った為、未だに犯人は不明のままである。
その後、オルストの死体は王家の墓ではなく、罪人用の墓地へと埋葬されたが、その墓には今でも怒りをぶつけにくる者達が多く、墓標は形すらなくなるほど破壊され、放置状態なのはこの国では有名な話だ。
それ程まで多くの民に恨みを抱かれていた前王オルストだが、彼が王として君臨していたのは20年も前の事なので、まだ生まれてもいなかったフィリアナ達にとっては、あまり現実味のない存在という認識だ。
しかし、この後リオレスから放たれた言葉によって、暴君オルストのその認識は大きく変わる事になる。
「現状、私の息子のアルフレイスとそこのアルスが命を狙われてしまっている経緯は、恐らく前国王であった暴君オルストが30年以上前に行った卑劣な蛮行が引き金となっている可能性が高い。その経緯説明をしたいのだが……。ロアルド君はともかく、まだ幼いフィリアナ嬢には、あまり聞かせたくない内容である為、一時退席を……」
「構いません。娘はすでにそのような危険性が女性にはあるという事を理解しております」
どうしても子供……特に少女に聞かせるには適切でない内容である為、リオレスがフィリアナに配慮しようとしたのだが、それをフィリアナの父であるフィリックスは辞退する。その父親らしからぬフィリックスの判断にリオレスが、怪訝そうな表情で片眉をあげた。
「いや、しかし……。大人の女性でも耳を塞ぎたくなるような酷い内容であるのだぞ?」
「娘には女性に不埒な真似を行う輩が存在している事は、すでに教育済です。その撃退法を護身術として、娘には徹底的に教育しております」
「お前……その教育は9歳児に対して、少し早すぎないか?」
「娘は世間的に愛らしいと思われやすい容姿をしております。早々に不埒な輩を警戒する意識は、持たせた方がよいかと思ったのですが?」
「お前、相当な親バカだろう……」
ラテール家の教育方針にやや懸念を抱きつつも、国王リオレスはあまり子供には聞かせたくない前王の愚行を渋々語り始めた。
「まず前王オルストに関してだが、今から20年前まで贅の限りを尽くし、多くの貴族や国民の命を奪った暴君というのは、君達も歴史学で学んだと思う。だが、この男の罪は、それだけではない。この男は、王后でもあった母親を毒殺し、その後自身の妻……つまり私の母である前王妃まで手に掛けている」
リオレスのその物騒な話にフィリアナはビクリと肩を震わせる。
だがロアルドの方は、年齢的に前国王の蛮行について歴史学で学んでいた為、大袈裟な反応はしなかった。
暴君オルストの非道な行いについては、思春期未満の子供にはあまり聞かせたくない内容のものが多く、フィリアナの年齢では『自分が楽しむ為に国民に重税を掛け、国全体を貧困に追い込んだ愚王』という教え方しかされていないのだ。
だが10代半ばくらいからは、オルストが行った非道な行いが具体的に書かれた教材に変わる。その中で特に興味を持たれやすいのが、母親と妻殺しの罪と、謀反の疑いを掛けた貴族達の皆殺し。特に城勤めの女性達を手当たり次第手籠にしていたという話は、耳を塞ぎたくなるような程の酷い内容ばかりである。
だが、オルストが行った女性に対する非道な行為の一番の被害者だった人物が、国王リオレスと王弟クレオスを出産した前王妃セレンティアだった。
前王オルストが即位したのは15歳の頃で、またその経緯も母である王后が息子可愛さに早く王位を継がせたいと、夫である先々代国王を毒殺するという信じられない流れで行われた。
その後、二人は七年間程、国税を湯水のように使って豪遊していた為、オルストには妻どころか婚約者さえいない状態だった。
しかし、そんな王后も急速にエスカレートしていく息子の暴君ぶりに付いていけなくなり、口を出しすぎて夫と同じように最愛の息子に毒殺されてしまう……。唯一、暴君を止める権限を持っていた王后がいなくなってしまった後は、もう誰もオルストを止める事など出来なかった。
そんな時である。
当時、侯爵令嬢であった後の王妃セレンティアの美しく可憐な姿が、ある夜会で暴君オルストの目に留まってしまったのは……。
だが、当時のセレンティアには挙式間近の婚約者がいた。
しかしオルストは、自分に一切なびかないセレンティアを手に入れる為、その婚約者一家を人質に取るような卑劣な手段に出る。憐れなセレンティアは、その日の内にオルストに手籠めにされ、数日間監禁された挙句、リオレスを孕まされ、その後は正妃として無理矢理オルストと婚姻を結ばされたのだ……。
そんなセレンティアは『悲劇の王妃』と呼ばれてはいるが、実際はとても気丈な女性で、オルストには生涯心を許す事はなく、常に夫に対して嫌悪を抱く姿勢を貫いていたらしい。
同時に息子であるリオレス達には、けして父親と同じ道を歩まぬようにと、厳しい教育と共に母としての愛情を惜しみなく注いでいた為、国母としての印象も根強く浸透している。
だが、それはリオレスが11歳の頃までの話である。
ある晩、セレンティアは寝室のバルコニーから転落し、命を落としてしまったのだ。
「母はとても気丈で勇敢な女性だった……。婚約者の家を守る為に己を犠牲にし、その後は何度もあの男から屈辱的な行為を強要されながらも、精神面では最後まで拒絶を貫き通し、その一方で必死に国税を守る事に力を注ぎながら、私達には道を踏み外さぬよう厳しさと同時にたくさんの愛情を注いでくれた。だが、そんな母の勇敢さは裏目に出てしまう。あの男は、自分を全く受け入れようとしない母に対する怒りで瞬間的に我を忘れ、母をバルコニーから突き落としたのだ……」
そのリオレスの話にロアルドとフィリアナが、同時に唇を噛み締める。
暴君に見初められた悲劇の王妃は最後まで戦い抜いたのだが、それは彼女が命を落とす事で勝利する形となってしまったのだ。
「母を失ったあの男はその後、酷く荒れ出し、以前以上に城で働く女性達に手当たり次第乱暴を働くようになった……。その為、一時期あの男の側使いの女性を敢えて男性相手を生業としている高級娼婦にした事もある……。だが、あの男は母の面影を求めているのか、決まって未婚の身持ちがしっかりした清純な女性ばかりを狙った。恐らくあの男は、一時的な怒りに囚われ、勢いで母を殺めてしまったのだろう。それだけ母は、あの男に酷い執着愛を抱かれ続けていたのだと思う。だが、母の代わりになれる女性は、現れなかったようだ……」
そう語った国王リオレスは、そこで一度話を止め、悔しそうに顔を歪ませる。
恐らく王弟クレオスもこの頃の出来事がトラウマとして深く刻み込まれているのだろう。その為、リオレスが即位した直後、自国を捨てて隣国へ出奔しようとしていたようだが、それを兄であるリオレスは国の式典等には一切参加しなくてもよいという条件で、クレオスをこの国に引き留め、陰で自分を支えてこの国を立て直す為に協力して欲しいと懇願したそうだ。
このリオレスの話でのオルストいう人物は、まだ9歳のフィリアナには女性に酷い暴力をふるい、平然と命を奪う暴君という認識にしか聞こえなかった。だが、11歳のロアルドの方は、この暴君が女性に対して権力を悪用し凌辱行為を行っていた事を理解出来る年齢である。
その為、今の話からある問題点にロアルドは気づいてしまう。
「あの……リオレス陛下、今のお話で気になる点があるのですが……」
ロアルドが遠慮がちに手を挙げ、質問しようとすると、リオレスが苦笑する。
「君が懸念している事は、あの愚王が王家の子種を軽はずみにまき散らしていた事ではないかな?」
今から質問しようとしていた内容を正確に言い当てられてしまったロアルドが驚きの表情を浮かべるが、すぐに深く頷く。
すると、リオレスが盛大なため息をついた後、その質問に答え始めた。
「確かにあの男は愚か者ではあったが、流石にそこには少なからず配慮はしていたらしい。そもそも膨大な魔力を持つリートフラム王家の子を宿すには、相手側もそれなりの魔力を持つ女性でなければ、その子種を受けとめる事は出来ないからな。だが、その特性を悪用するようにあの愚王は、魔力が低い男爵家や平民の女性ばかりを狙い、卑劣な行為に及んでいたのだ……」
そう話すリオレスの表情は、今日一番の険しいものだった。
当時まだ子供の領域であったとはいえ、もっと早くその現状に気付いていれば、被害に遭ってしまった女性達を王太子だった自分なら、いくらか救えたかもしれないという後悔が今でも国王の中には燻っているのだろう。
同時にこの話から、暴君オルストがかなり狡猾で嗜虐的な人間性だった事も窺える。
自身の子を孕める女性は、高い魔力を持つ者のみ。
すなわち、それは魔力の低い女性を相手に選べば、子を孕ませてしまうリスクは回避できるという事だ。本来は、次世代へ着実に大精霊の力を繋げる事に特化したリートフラム王家のその特徴は、この暴君に悪用され、多くの女性達が絶望の淵に叩き落とされる事態を招いてしまったのだ……。
だが、現状第二王子アルフレイスが命を狙われている状況を考えると、オルストのその卑劣で狡猾極まりない避妊対策は完璧ではなかったのだろう。
その事を決定づけるようにリオレスがゆっくりと口を開く。
「だがあの愚王は、その狡猾な避妊法すら徹底する事は出来なかったらしい。どうやら、あの男の血を引く人間が、我々以外にも確実に存在しているようだ」
リオレスのその話にラテール兄妹とアルスが、一斉に国王に視線を向ける。
すると、リオレスは重苦しそうにその続きを口にする。
「第二王子アルフレイスとその聖魔獣候補であるアルスの暗殺を企てている首謀者は、弟クレオスよりも王位継承権が高いリートフラム王家直系の血を引く者の可能性が非常に高い。すなわち……私と弟の間には、少なくとも一人は異母兄弟が存在しているという事になる」
その瞬間、自分達の愛犬が王族の継承権争いに巻き込まれている事を実感したラテール兄妹は、青白い顔色をしながら、足元で茫然とした様子のアルスにゆっくりと視線を滑らせた。
今回、回想のみに登場した前国王ですが、かなり気分を害された方が多いかと思います。
ですが、お話の展開上どうしても必要なエピソードでした……。
その為、前国王に対しての怒りや、その歪んだ経緯の個人的な分析のみの内容でコメントをされたくなる方がいるかと思います……。
ですが、作者的には作品内でそこまで掘り下げる必要性のない人物な為、そのようなコメントを頂いても返信に困惑してしまいますので、出来ればお控え頂けると助かります。
どうか前国王については、空想上のお話内での設定の一つという認識で、お話を傍観するような感覚でお読み頂くようお願い申し上げます。




