17.我が家の愛犬は王家に愛されている
「兄様……」
何となく予想はしていたが、改めて国王から本格的にアルスが命を狙われているという事実を聞かされたフィリアナは、不安から涙目になり、兄ロアルドを縋るように見上げる。
するとロアルドが眉尻を下げ、困ったような笑みを返してきた。
「そんな顔するなよ……。そもそも今日の僕達は、アルスの警護をもっと強化した方がいいという話し合いをする為に集まったんだぞ? 今後は更に王家がアルスの警護を強化してくれるはずだから、アルスは大丈夫だ」
「うん……」
兄に諭され、頷きはしたフィリアナだが、内心は不安が募る一方だった。そんなフィリアナの反応に国王リオレスが、やや困惑気味な笑みを浮かべ、話しかけてきた。
「すまない……。フィリアナ嬢の不安を煽るつもりはなかったのだが……。ただ、アルスがラテール家に匿われている事が露見してしまった今、更に守りを固めなければならないのが現状だ」
そう言ってリオレスは、勝手にフィリアナ達に付いてきてしまった挙げ句、騒ぎを起こて目立つ行動をしてしまったアルスをチラリと一瞥する。だが、アルスは素知らぬ顔をするようにリオレスから目を逸らす。そんな反省の色を全く見せないアルスの態度に呆れ、盛大にため息をついたリオレスは、気を取り直して話を再開する。
「とりあえず現時点では今後も今まで通り、ラテール伯爵家にてアルスは保護してもらう。ラテール伯爵邸であれば城内と違い、規模的にも警備はしやすい上に領内で護衛業務に特化した魔法騎士や魔導士達の育成に力を入れているだけあって、優れた護衛要員も多い為、安全性では城内よりも高いはずだ」
どうやら国王リオレスは、このままラテール伯爵家にアルスを預ける事が最善策だと考えているらしい。そんな国王から絶大な信頼を得ている現ラテール伯爵家の家長である父フィリックスだが、実はまだリオレスが王太子だった頃に通っていた王立アカデミー時代からの学友でもあった。
その際、リオレスは代々優秀な地属性魔法の使い手を輩出しているラテール家の跡取りでもあるフィリックスが、かなりの防御魔法の使い手である事を認識しており、その数年後、自身の息子のアルフレイスが命を狙われている状況が発覚した際、すぐに護衛の依頼をしてきたそうだ。
だが、当時のフィリックスは家督を継いだばかりで、領地の管理をしなければならならなかった為、国王からの依頼を一度断っていた。そもそもラテール伯爵家は、領内に防御魔法をメインで学べる魔法学校や騎士団を多く持ち、毎年優秀な魔導士や護衛騎士を王家や辺境領、そして魔獣被害の多い地域に派遣や斡旋を行う事で領内を活性化させていた。
だが、それらを担う次期当主のフィリックス自らが、第二王子の護衛に就いてしまうと、家業でもある各地に優秀な護衛要員を采配する業務が疎かになってしまう。その為、第二王子の護衛と両立は出来ないという結論に至ったそうだ。
しかし当時生まれたばかりのアルフレイスは、すでに暗殺者に命を狙われ、何度も襲撃を受けていた。そんな状況下であった為、当時のリオレスは息子の守りに警備を強化するか、国内の守りをしっかり行うかで、かなり葛藤したそうだ。
だがその問題は、フィリックスの弟二名が協力を名乗り出てくれたお陰で解決する。兄フィリックスが第二王子の警護で王都に滞在している期間、自分達が領地管理を協力して行うと、二人から申し出があったのだ。
元々ラテール伯爵家の三兄弟は仲が良く、三人ともアカデミー時代に長兄の友人であるリオレスとも交流があった為、当時リオレスの苦境を耳にしたフィリックスの弟二人は、すぐに協力を申し出てくれたのだ。
そのような経緯で、ラテール伯爵一家はロアルドが2歳の頃に王都のタウンハウスに移り住み、今でもそこを拠点として暮らしている。
その為、王都移住後に生まれたフィリアナにとっては、本来の住まいであるラテール領の本邸は、もはや別邸という感覚となっており、住み慣れたタウンハウスの方が本邸だと思い込んでいる。
そんなラテール伯爵家を巻き込んでまで、国王リオレスは次男アルフレイスの安全面に対して、徹底的にこだわった。だが、現状は二番目の息子だけでなく、将来的にその聖魔獣候補であるアルスも何故か命を狙われている。
それらの状況から、ロアルドは第二王子アルフレイスとアルスには、まだ聞かされていない重大な秘密があるのでは……と勘繰っていた。その真意を確かめる為、敢えてアルスの警備体制にロアルドが意見し始める。
「陛下、発言をお許し頂けますでしょうか?」
「構わない。何かな? ロアルド君」
「今後のアルスの警護に関してですが……。確かに我が家は、領内で育成した優秀な魔道士が多いので、万が一刺客の襲撃を受けてもそれなりに対処出来るかと思います。ですが……刺客側にアルスを我が家で匿っている事を知られてしまった以上、やはり城内で匿う方が確実にアルスを守りきれると思うのですが」
ロアルドにとっては、国王の真意を確認する為にカマをかけた発言だったが、その発言を言葉通り真に受けてしまった妹のフィリアナが、抗議するようにガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。
「兄様っ!!」
同時にアルスも物凄い勢いで体を起こした後、ロアルドの方に駆け寄り、抗議するように両前足を膝にかけてロアルドを吠えつけてきた。するとロアルドが、駆け寄ってきたアルスの両前足を掴み、その青みがかった薄灰色のアルスの瞳をじっと見据えるように顔を覗き込む。
「フィーとアルスの気持ちは、よく分かる。僕だって、アルスと離れて暮らすのは嫌だ。もうお前は、僕達にとって大切な家族の一員なのだから……。だけど、もしアルスが襲撃されるような事があった際、うちで守りきれるかは分からない。だったら、お城で厳重に守って貰った方が安全だろう?」
まるで言い聞かすようにアルスを諭したロアルドだが、今度は国王リオレスを中心に今、話し合いに参加している全員を見回すように視線を向ける。
「でも何故か陛下は、城内よりも我が家でアルスを匿う方が安全だと主張なさっている。それだけうちの警備体制を信頼してくださっている事は光栄な事だとは思うのだけれど……。それでも僕は、お城でアルスを護衛した方が安全性は高いと思うんだ」
そう主張したロアルドは、敢えて最後にリオレスの方へと視線を合わせる。そんなまだ子供らしさを残している少年令息の主張を聞いたリオレスは、やや困惑するように笑みを浮かべた後、フィリックスに視線を向けた。
「フィリックス、そなたの息子は、どうやら父親の性質を色濃く受け継ぎ過ぎているようなのだが?」
「そうでしょうか。息子は私以上に頭の回転が速く、更に上を行く策士ですよ?」
「なるほど。それはかなり手強そうだな……」
そんなやりとりをフィリックスとしたリオレスは、楽しそうにクッと喉の奥を鳴らした後、ロアルドを真っ直ぐ見据える。すると、流石のロアルドも国の最高権力者にじっと見つめられ、硬直してしまった。
そんなロアルドを試すようにリオレスは、美しい弧を口元に浮かべる。
「ロアルド君。私は回りくどい言い方は、あまり好まない。もし確認したい事があるのならば単刀直入にその事を口にして欲しい」
国王相手にカマをかけてしまった事を見抜かれたロアルドが、一瞬だけビクリと肩を震わせた。だが、すぐに持ち直し、ずっと気になっていた事を質問する。
「不躾な真似をしてしまい、大変失礼致しました……。では遠慮なく、質問させて頂きます。まず一番気になっている事ですが……何故アルフレイス殿下は、そこまでお命を狙われているのでしょうか?」
兄の口から発せられた質問内容を耳にしたフィリアナも思わず、国王リオレスに視線を向ける。その疑問は、フィリアナもずっと気になっていた事だったからだ。
そもそも命を狙われるのであれば、第二王子アルフレイスではなく、すでに立太の儀を済ませている王太子セルクレイスの方である。だが、アルフレイスは何故か王位継承権を得ているセルクレイス以上に生まれた頃から命を狙われている様子だ。
その状況がずっと引っかかっていたロアルドは、そこにアルスが命を狙われてしまう要因があるのでは……と考えていたのだ。
まだ12歳になったばかりのロアルドが、その考えに至っている事に気づいたリオレスは、盛大にため息をつき、ジロリとフィリックスを見やる。
「フィリックス……。お前は息子にまで己の策士的な部分を伝授したのか?」
「まさか。これは息子が生まれ持った性質です」
「全く……。ラテール家の男共は皆、優秀だが食えん奴ばかりだな」
そうフィリックスに愚痴をこぼしたリオレスは、再びロアルドに向き直る。
「ロアルド君。君がそのような疑問を抱いた事は当然だと思う。だが、その理由を私が君達に話すには、君達の方にもある程度の覚悟を決めて貰わなければならない……。それでもアルフレイスが命を狙われている理由を聞きたいかな?」
リオレスのその言葉にロアルドとフィリアナが、同時に体をこわばらせる。それはこれからリオレスが口にしようとしている内容が、王家に関する機密事項扱いとなる内容だという事を意味しているからだ。すなわちリオレスは、二人にその秘密を一生守りきる覚悟はあるのかと、確認しているのだ。
すると、ロアルドがしばらく考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「僕は……それでも知りたいです。そこにアルスが命を狙われてしまう原因があるのであれば」
王族に対して一歩も引かず、真っ直ぐな目をしながら覚悟を決めてきた少年にリオレスが満足そうに口と元を緩める。すると、同じように国王から目線を向けられたフィリアナも兄同様に覚悟を決める。
「私も知りたいです! アルスを守る為に!」
すると、何故かリオレスは、今にも泣き出しそうな笑みをフィリアナに返してきた。
「どうやらアルスはこの三年間、君ら兄妹にはかなり大切に扱われてきたようだな。全く、悪タレ犬の分際で何と図々しいのだ……。お前のその神経の太さは、もはや賞賛ものだぞ?」
そうこぼした国王だが、表情は何故か今日一番の優しげな笑みをアルスに向けていた。だが、そんな国王に対してアルスは、小言を言われた事を抗議するかのようにバウバウと吠え返す。すると、リオレスがやや呆れ気味な笑みを浮かべながら片手をあげて、アルスを制するように静かにさせた。
そしてその後、何かを決意したようにリオレスが深く息を吸い込む。
「今から私が話す内容はリートフラム王家にとって、かなり重大な機密事項に当たる。くれぐれも他言せぬよう君らには約束してもらいたい」
再度、公言しないよう念を押してきたリオレスにロアルドとフィリアナが、同意するように深く頷く。すると二人の意思を改めて確認したリオレスが、ゆっくりとその王家の機密事項について話し始めた。
「まず我がリートフラム王家での王位継承者は、代々白金の髪を持つ者と決まっている。それは、その髪色を持つ者に初代王妃でもあった大精霊の力が受け継がれているからだ」
そのリオレスの話にロアルドとフィリアナが同時に首を傾げる。
その道理で言えば、やはり命を狙われるのは見事なプラチナブロンドの髪を持つ王太子セルクレイスという事になるからだ。
だが、そんな兄妹の頭の中を読み取み取るようにリオレスは、その疑問点である特殊な王位継承方法の隠されている部分について話し始める。
「尚、白金の髪を持つ者が子を成す前に死亡した場合、その髪色と大精霊から受け継いだ三属性魔法を扱える能力は、まだその力を一度も受け継いだ事のない、死亡した者と最も血縁の近い者へと必然的に譲渡される」
新たに発覚した王家の持つ能力の存在と、あまりにも複雑すぎるリートフラム王家の王位継承権が移行する過程に頭がこんがらがった二人は、すぐにその状況を想像出来なかった為、一度自身の頭の中でその説明内容を反復し、情報を整理する。
すると二人の頭の中に何故か一箇所だけ見た目が大きく変化したある人物の姿が浮かび上がってきた。
その人物は、漆黒から見事なプラチナブロンドに髪色を変化させた第二王子アルフレイスの姿だった。




