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我が家に子犬がやって来た!  作者: もも野はち助
【我が家の愛犬】

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12/90

12.我が家の愛犬は優秀な護衛犬

 リートフラム城の馬車の停留スペースに着いた二人は、驚いている護衛のウォレスと御者のハンクに馬車から出さないようにとアルスを託した。

 ちなみにメイドのシシルは城内まで二人に同行し、その後は使用人の控室で待機となる。


 正直なところ、普段からアルスの世話をする事が多いシシルに託したいという思いはあったのだが……。護衛のウォレスも普段からアルスへの対応が慣れているので、そこまで問題にはならないだろうと、二人は考えた。

 だが、それでもアルスのやんちゃぶりをよく知っているフィリアナは、再度アルスに釘を刺す。


「アルス、いい? 絶対に……絶っっっっっ対にお城に入っちゃダメだからね⁉︎ もし入ったらアルフレイス殿下に捕まっちゃって、もう二度と私達と一緒に暮らせなくなっちゃうからね!?」

「フィー……。そんな今生の別れみたいな言い方をしなくても……」

「だって! もしアルフレイス殿下に見つかっちゃったら、アルスを返して欲しいって絶対に言われるもん!」

「それは極論過ぎるだろう……」


 断固として第二王子にはアルスを渡したくないという姿勢を見せる妹の手を引きながら、呆れ気味なロアルドは早々に今回参加する茶会会場へと向かう。

 すると、前方からフィリアナと親しい令嬢二名が、大きく手を振って来た。


「フィー! ここよ!」

「フィリアナ様、ロアルド様、お久しぶりでございます」


 フィリアナを愛称で呼んだのは、ラテール伯爵家と同格のスウェイン伯爵家の令嬢コーデリアだ。

 波打つような見事な金髪のコーデリアは、見た目からして勝気で華やかさのある少女である。


 対して丁寧な口調で声を掛けてきたのが、テルト子爵家の令嬢ミレーユだ。

 知的で落ち着いた印象を抱かせるこげ茶色のサラリとした髪に明るい茶色の瞳の少女である。フィリアナの家よりも爵位が下だからか、いつも二人には敬語で話しかけてくる礼儀正しい少女だ。

 二人とも特にフィリアナが仲良くしている令嬢達である。


「コーディー! ミレーユ!」


 フィリアナは二人に応えるように大きく手を振り返した後、隣にいるロアルドをジッと見上げる。


「兄様! コーディー達とお話してきてもいい?」

「いいけれど……もしまた誰かに絡まれそうになったら、すぐに兄様のところに逃げてくるんだぞ?」

「大丈夫だよ! コーディーがいるから何かあったら加勢してくれるし。それに今日は王族の方も参加しているから、大人しくしてくれるんじゃない?」

「どうだか……。とにかく! 意地悪されそうになったら、すぐに兄様のところな!」

「分かったよぉ……」


 そんな会話をしていると、コーデリアとミレーユが二人のもとへやって来た。


「ロアルド様、大丈夫ですわ! もしフィーが絡まれてしまったら、私達がすぐにお知らせ致しますので!」


 コーデリアが胸を張るようにそう宣言すると、その隣にいるミレーユも「ご安心を」と笑顔を浮かべながら、深く頷く。


「確かにしっかり者の二人が一緒なら平気だね。それじゃあ、お言葉に甘えて妹をお任せしようかな? フィー、兄様はあっちにいるレオ達と話しているから、何かあったらすぐに逃げてくるんだぞ?」

「もぉ~! 兄様、心配し過ぎだよ!」

「心配したくもなる! お前はすぐトラブルにまきこまれるだろう!?」

「今日は二人もいるし、平気だよ!」


 兄の言い分に不服そうに反論するフィリアナをコーデリアとミレーユが宥め始める。


「まぁまぁ、フィリアナ様。落ち着いてくださいませ。それだけロアルド様はフィリアナ様の事がご心配なのです」

「あら、そうかしら? 普段のフィーの行いに問題があり過ぎるのだと思うのだけれど」

「コーディー、酷い!」


 そんな賑やかな会話を始めだした小さな淑女達に苦笑を浮かべながら、ロアルドは「じゃあ、また後で」と言って、自分も友人達の塊の方へと向かっていった。

 そんなロアルドの後ろ姿を眺めていたコーデリア達は、感嘆の声をもらす。


「はぁー……ロアルド様、素敵よね~!」

「えっ……?」

「本当に……。まだご婚約者がいらっしゃらないご令息の中では、上位に入られる人気ですものね……」

「ええっ!? 兄様がっ!?」


 あまりの驚き方をするフィリアナにコーデリアは呆れた表情を浮かべ、ミレーユは苦笑する。


「フィー。あなた、セルクレイス殿下の影響で目が肥えすぎではなくて?」

「そ、そんな事ないよ! そもそも兄様の見た目って、そこまで煌びやかではないと思うんだけど……」

「何を言っているの! ロアルド様のあの柔らかい亜麻色のサラリとした髪に澄みきったような淡い水色の瞳が放つ穏やかそうな雰囲気は、今同世代のご令嬢方の間で大人気なのよ!?」


 そう熱弁するコーデリアと、その横で何度も深く頷いているミレーユの様子にフィリアナが衝撃を受ける。

 ちなみに髪と瞳の色に関しては、妹のフィリアナも全く同じ色をしているのだが、そんな事よりも周囲の兄への評価が何故か高過ぎる事にフィリアナは納得がいかない。


「に、兄様が……優しい……? 嘘だよ! だって兄様、私にはたまに意地悪だもん!」


 そのフィリアナの反論に二人が盛大にため息をついた。


「フィー、あなた何を贅沢な事を言っているの? あんなにもあなたの身の安全を気にされて、付きっきりでエスコートをしてくださるお兄様なんて、そうそういらっしゃらないからね!」

「エスコートというより、兄様は私が何かやらかさないか監視しているだけだと思うんだけど……」

「そんな事はございませんわ。ロアルド様はいつもフィリアナ様が嫌がらせをされそうになったら、すぐに駆け付けてくださるではありませんか」

「それも私の為というよりも自分に群がってくるご令嬢達を少しでも減らしたいという思いからだと思う。だって兄様、この間『フィーのお陰で、しつこい令嬢を追い払う理由が出来た!』って喜んでいたし……」


 先日、とある侯爵家のお茶会に兄妹で参加したフィリアナだが、王太子のお気に入りという事で目の敵にされているからか、嫌みを言いながら絡んできた令嬢グループに遭遇したのだ。


 その際、即喧嘩を買って臨戦状態になったフィリアナに気がついた兄ロアルドは、その仲裁に入りながらも兄である自分の存在もかなり不快と感じるのではと主張し、その令嬢達には今後近づかないように気を付けると堂々と宣言していた。


 そんな意中の相手からのやんわりとした雰囲気での完全なる拒絶の姿勢を兄にとられた令嬢達は、自業自得とはいえ涙目で茫然としてしまい、その状況を少し気の毒だなとフィリアナは感じていた。それ以降、彼女達はフィリアナの姿を見かけると逃げるように去っていくようになった。

 その話を知っている二人は、先程のフィリアナの言葉でそんな事もあったなと思い出したのだろう。


「あー……あのロアルド様に好意を抱いていたくせにフィーに嫌がらせをしてきたご令嬢方ね……。全く……何を考えてあのような愚かな行動をなさったのかしら? 意中のお相手の妹君に嫌味など言ってしまったら、嫌われてしまうのは当然の事なのに!」

「恐らく一部の方がフィリアナ様に嫌がらせをされているから、ご自身もやってよいと勘違いなされていたのでしょうね……」


 扇子で口元を隠しながらプリプリと怒りをあらわにするコーデリアと、呆れと嘆きを混ぜ合わせたような困った笑みを浮かべるミレーユ達の様子にフィリアナが苦笑いをする。


 コーデリアは爵位的にフィリアナと同じ位だが、ラテール家よりも歴史の長い由緒ある伯爵家の令嬢だ。その為、早くから淑女教育を受けているので、幼いながらも貴族的な考えがしっかりと身に付いている。


 対してもう一人の友人のミレーユは、曾祖父の代で子爵位を賜った家柄なので、成り上がり貴族と子供達が陰口を叩かれないようにと、両親が早めに淑女教育を開始させたそうだ。


 だが、フィリアナはどちらかと言うと、のびのびと育てられた方なので、たまに二人の考えが大人過ぎてついていけない時がある。

 そのように感受性豊かに育てられているフィリアナの嫌がらせをしてくる令嬢達への対処法は、『売られた喧嘩は必ず買う!』をモットーにしていた。


 そんな淑女とは少し言い難いフィリアナだが、そこがラテール家と同等の家柄の令嬢と、伯爵以下の令嬢達から裏表がなく親みやすいと思われ、慕われていたりする。

 同時に兄ロアルドに憧れを抱く令嬢達にとってもお近づきになりたいという存在に今ではなっている。


 しかし、王太子妃候補を狙っていたやや年上の令嬢達からは、あまりよく思われていない。三年前からラテール家に頻繁にセルクレイスが出入りしていた為、フィリアナが王太子妃としての最有力候補と見られていたという事もあるが、その後フィリアナが切っ掛けで、セルクレイスとルゼリアが出会い婚約してしまったので、その事でフィリアナを恨んでいる令嬢も多いのだ……。


 その代表でもあるのが、二年前までセルクレイスの最有力婚約者候補と言われていたニールバール侯爵家令嬢のエレノーラだ。

 まばゆいブロンドを惜しげもなく盛大に巻き、まだ社交界デビュー前の11歳であるのに王家主催のお茶会には、必ず成人女性達と同じような豪華なドレスで盛大に着飾って参加している。


 まだ幼いという事で、ドレスワンピースで参加しているフィリアナ達と比べ、その無理に大人ぶった華美な装いは、毎回子供向けのお茶会で異彩を放っているのだが……。彼女の取り巻きのような友人令嬢達も同じように夜会などで着るような豪華なドレスで参加させられているので、一塊でいると自分達が周囲から好奇の目を向けられている事に気がつかないらしい。


 そんなフィリアナにとって目の上のたんこぶのようなエレノーラだが、この日もやはり四人ほどの取り巻き令嬢達を引き連れ、嬉々としながら意地の悪い笑みを浮かべてフィリアナの前に現れた。


「あら、フィリアナ様ではございませんか。お久しゅうございます。先月のお茶会ではお姿をお見かけしなかったので、ついにセルクレイス殿下に愛想をつかされたのかと思っておりましたが……。今回、ご参加されていると言うことは、殿下はまだ毛色の珍しい玩具に飽きられていないようですわね?」


 相変わらずの嫌味にフィリアナは、心の中ではうんざりしながらも満面の笑みを浮かべ、それに応える。


「お久しぶりでございます、エレノーラ様。相変わらず、わたくしを見つけられるのがお上手ですね? もしやそれほどわたくしにお会いになりたかったと言うことでしょうか? もしそうであれば大変光栄な事ですわ! ただ……わたくしの方は特にエレノーラ様にはご用はないのですが……」


 わざとらしく困惑した表情をフィリアナが浮かべると、ただでさえきつそうなエレノーラの緑色の瞳が勢いよく釣り上がった。淑女としては微妙なフィリアナだが、社交界でよく飛び交う腹の探り合いのような嫌味の攻防戦は、口から生まれたような兄ロアルドのお陰で得意なのだ。


「あなた……格下の伯爵令嬢のくせに随分と生意気な口の聞き方をなさるのね……。セルクレイス殿下に気に入られているからと、少々調子に乗りすぎではなくて?」

「恐れ入りますが、わたくしを可愛がってくださるのはセルクレイス殿下だけではございません。未来の王太子妃でもあるルゼリアお姉様もですが……。エレノーラ様はお姉様からお茶会のお誘いを受けられた事がございますか? 現状でお声が掛からないとなると、将来的に社交界での立場は、かなり苦しいものになるかと思いますが……。もしよろしければ、わたくしよりルゼリアお姉様に口添えする事も可能ですよ?」


 二年前、フィリアナを吊し上げようとした事で完全にルゼリアに毛嫌いされ、今では犬猿の仲となっているエレノーラにとって、このフィリアナの一言は完全に彼女の自尊心を傷つけるものだった。

 次の瞬間、エレノーラは真っ赤な顔をしながら、フィリアナの右手を強引に掴み、勢いよく引っ張った。


「痛い! 何をなさるの!?」


 無遠慮に力づくで引っ張られた為、フィリアナが抗議の意味を込めて大袈裟に痛がる。

 だがそれが更にエレノーラの苛立ちを増幅させてしまったらしい。


「あなた、伯爵令嬢の分際で生意気すぎるのよ!! 今後社交界で生き残る際、侯爵家に目をつけられる事がどれだけ大変な事か教えて差し上げるわ!!」


 そういって9歳のフィリアナの腕を11歳のエレノーラが力任せにグイグイと引っ張り始める。その状況にコーデリアとミレーユが、慌てて止めに入ろうとした。

 しかしエレノーラは、それを脅迫とも言える言葉で跳ね返す。


「お二人共! たかがご友人一人の為にニールバール侯爵家に刃向かうおつもり!?」


 その言葉にコーデリア達よりもフィリアナが、ビクリと肩を震わせる。

 対してコーデリアは爵位が低いミレーユに何かを耳打ちし、彼女をどこかに向かわせ、自身は一歩前に出る。


「たかが友人? エレノーラ様はご自分の友人の方々に対して、そのような感覚をお持ちなのですか? わたくしにとってフィリアナ嬢は『たかが友人』ではございません! 大切な友です! その友人がこんな乱暴な扱いを受けていれば止めに入るのが当然です!」


 凛とした様子でそう訴えたコーデリアだが、彼女のスウェイン伯爵領はエレノーラのニールバール侯爵領と交易関係で取引が多い。その事に気づいたフィリアナが慌て出す。


「コーディー! 私は大丈夫だから、このまま引いて!」

「フィー! 何を言っているの!? このままじゃ、あなたが酷い目に……」

「私は大丈夫だから!」


 盛大に喧嘩を買ってしまった自分自身にも問題があった事を理解しているフィリアナは、コーデリアが巻き込まれないように踏ん張っていた足の力を緩めた。それと同時にエレノーラの方へ勢いよく引っ張られ、そこで待ち受けていた令嬢達に両脇をガッチリと固められてしまう。


「安心なさって? フィリアナ様には、格上の人間に対しての礼儀作法を指導して差し上げるだけだから。あなたは安心して、このままお茶会を楽しまれるといいわ!」


 意地悪い笑みを浮かべたエレノーラは、自身の取り巻き令嬢達にフィリアナの両肩を組むようにガッチリ固めさせ、側から見れば仲が良さそうな令嬢グループに見られるような雰囲気で、フィリアナを会場から目立たない場所へと誘導し始める。


 その状況に危機感を抱いたコーデリアが、慌ててフィリアナに手を伸ばそうとしたが、そのコーデリアの動きをフィリアナは首を振る事で制止した。

 それは先程、コーデリアがミレーユに兄ロアルドに報告しに行くよう指示を出していた事を察していたからだ。


 ミレーユから報告を受けた兄なら、すぐに助けに来てくれる……。


 それが分かっていたので、敢えてフィリアナは抵抗する事をやめた。

 だが、両腕に絡みついている令嬢二人は、かなり乱暴に腕を引っ張る為、少し腕が痛い。

 その事にやや不満を抱きつつも会場の声が小さくなる人目に付きにくい場所まで連行されたフィリアナは、いきなりエレノーラに後ろから両手で突き飛ばされ、王城のフカフカの芝生の上に四つん這いになるように倒れ込む。


 年下の少女に対し、数人掛かりでこのような行いをしてくるエレノーラに呆れつつも、フィリアナは怖気付く事もなく、キッと彼女達を睨みつけた。

 幼少期から兄に取っ組み合いの喧嘩を自らしかけていたフィリアナにとって、この程度の乱雑な扱いはショックでもなんでもない。


 だが、そんなフィリアナの態度が気に食わなかったのか、エレノーラの表情が一気に憤怒に満ちたものへと変わる。同時に手にしていた扇子を彼女は、フィリアナに向かって振り下ろそうとした。

 その状況に流石のフィリアナも驚き、思わずギュッと目をつぶってしまう。


 しかし、その扇子は彼女達が悲鳴をあげてしまった事で、フィリアナに振り下ろされる事はなかった。

 耳からでしか確認出来ない状況を目視確認しようと、フィリアナがそっと瞳を開くと、なんと目の前には逃げ惑う令嬢達の姿あったのだ。


「嫌ぁぁぁぁぁー!! この犬、何なのよ!! 誰か! 誰か追い払いなさい!!」

「きゃぁぁぁぁー!!  こ、こっちに来ないで!! あっちにいって!!」

「だ、誰かぁぁぁー!! 誰か来てぇぇぇー!!」


 一瞬、何が起こっているのか分からなかったフィリアナが尻もちをついたような体勢で、その阿鼻叫喚な状況に呆然とする。対してパニック状態で逃げ惑う少女達は、いきなり襲ってきた黒と白の毛並みの中型犬の恐怖に泣き叫び出していた。

 そこでやっと彼女達を追い回している存在が何かフィリアナが認識する。


「ア、アルスッ!?」


 しかし、フィリアナの叫びと同時にビリリという景気の良い音が鳴り響く。


「嫌ぁぁぁぁぁぁー!! こ、これ、今日の為に仕立てたばかりのドレスなのにぃぃぃー!!」


 どうやらアルスが思いきりエレノーラのドレスを力任せに噛みちぎったらしい……。

 ショックで泣き叫びながらエレノーラが座り込んでしまうと、今度は他の令嬢達のドレスの裾を目掛けてアルスが突進し始める。


 その惨状にしばらく呆然としてしまったフィリアナだが……。

 慌てて我に返り、その暴走を止めようと大声で叫びながらアルスのもとへと駆け寄る。


「アルスっ!! ダメ!! やめなさいっ!!」


 そして他の令嬢達のドレスの裾にも噛みつこうとしていたアルスを抱きかかえるように押さえ込む。

 すると先程までドレスを引き裂かれ泣き叫んでいたエレノーラが、いつの間にか立ち直り、顔を真っ赤にしながら凄まじい憤怒の形相でフィリアナの前に仁王立ちしていた。


「な、何て事をしてくれたのよ!! このドレスは、今大人気で予約が三年待ちのマダム・レイシーヌの工房で仕立てて貰った最高級のドレスなのよ!? あなたのような格下の伯爵令嬢では、絶対に袖なんて通せない高価なドレスなんだから!!」


 そう叫んだエレノーラは、裾がビリビリに引き裂かれた状態のドレスを着たまま、フィリアナの目の前に一歩足をドカリと踏み出す。


「この事はあなたのお父上のラテール伯爵に断固抗議させて頂きます! そしてあなたの家が傾くくらいのドレスの賠償金を請求するから覚悟なさい!!」


 エレノーラのその通告にフィリアナの顔色が一気に青くなる。

 自分が軽はずみに喧嘩を買ってしまったせいで、家族に多大な迷惑がかかってしまう……。9歳のフィリアナでも、その事がどれだけ大事に発展してしまったのかは理解出来た。

 そんなフィリアナは、罪悪感から涙で視界が歪み出す。


 だが、今回フィリアナを守る為にやりすぎてしまったアルスの方は、未だに彼女達を威嚇するように低い唸り声を上げながら、目の前に立ちはだかっていた。

 もはや一触即発な状況……。

 しかし、その状況を一瞬で鎮めるかのように初めて耳にする落ち着いた声が、全員の耳に入る。


「それは大変申し訳ない……。エレノーラ嬢のドレスの賠償は、リートフラム王家が責任を持って支払うよ」


 その声の主が誰なのか、すぐに察してしまったフィリアナの顔色が、ますます青くなる。

 対してエレノーラ達は、その声の主の容姿を目にした瞬間、一気に顔を赤らめた。そんな反応を見せるエレノーラ達と違い、フィリアナは恐る恐るゆっくりと自身の後ろに佇んでいるらしいその声の持ち主の姿を確認しようと振り返る。


 すると、そこには少し癖のある艶やかな黒髪に初夏の青空のような澄み切った水色の瞳をしたなんとも端正な顔立ちの美少年が、父フィリックスと兄ロアルドを傍に控えさせながら、困った様な笑みを浮かべて立っていた。

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